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読売新聞朝刊 1988年1月16日
社説 国際テロから五輪を守る道は
 
 韓国当局が大韓航空機事件の捜査結果を発表した。「蜂谷真由美」と「蜂谷真一」は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の工作員で、ソウル五輪の韓国単独開催と参加申請妨害のため、大韓航空旅客機を爆破せよとの金正日書記の指令に従ったという。
 そんなことがあっていいものか。金書記と言えば、父金日成主席の後継者として、北朝鮮のナンバー2の地位にあり、「親愛なる指導者同志」と呼ばれている人物である。
 その一国の指導者が政治的動機から、旅客機を爆破させ、何の関係もない乗客、乗員の生命を奪うテロを指令したとは・・・・・・。真実とすれば、度し難い非人道的行為である。犯行集団を除いて、怒りを覚えない人はあるまい。できれば、真実であってほしくない。
 だが、韓国当局の発表は、捜査結果に自信を持ってのことだろう。国際共同捜査受け入れの用意も表明している。米国務省も、事件と北朝鮮を結びつける「相当な証拠があった」としている。
 問題は物証だろう。機体も出ていない。韓国当局は「真由美」の供述だけでなく、事件解明の証拠を明示する必要があろう。真相究明の努力をさらに望みたい。
 同時に、事件の処理を政治宣伝にからめることなく冷静にしてほしい。
 犠牲者遺族の痛ましい心情は、いくら同情してもしきれない。韓国民の怒りも十分理解できる。だが、実力行動で、朝鮮半島に一層重大な危機を引き起こすことは避けたい。ラングーン事件の時の韓国側の自制が評価されたことを想起したい。
 朝鮮半島のやり切れない現実は、韓国の利益が北朝鮮の不利益である、あるいはその逆の構造である。この構造を見直す発想の転換を図る努力が求められている。
 北朝鮮の関与が真実なら、その目的は達成されなかった。北朝鮮の友好国である中ソを含め、ソウル五輪には史上最多の国々の参加が確定した。ソウル五輪妨害が犯行集団の動機とすれば、ソウル五輪を成功させることこそ、彼らへの最大の罰である。
 テロ集団にその目的を断念させるためにも、五輪の安全開催を図る一層の努力が必要である。中ソを含めた国際協力があってよい。わが国も積極的に協力すべきである。
 テロの防止は極めて難しい。各国とも空港や国境で銃器、爆発物、不審者に対する監視を強化している。だが大韓機の事件で、爆発物が簡単に機内に持ち込まれたように、水際の監視にも限度がある。
 この社会からテロ行為を根絶するためには、関係当局の的確な情報収集と執拗(しつよう)な追及のほかに、暴力を憎む市民の自覚も求められる。他人の安全に無関心になることは、テロリストの思うつぼである。
 テロリズムは、最小のコストで最大の政治的目的を達成しようとするものである。対話のルールを無視する卑劣な暴挙は、絶対許せない市民の敵である。
 わが国も隣国の事件に無関心ではいられない。特に捜査当局は、日本旅券が偽造され、それが国際テロの道具に使われたことを重視しなければならない。出入国管理という国家法益に対する侵害でもある。
 当局が韓国側に捜査協力を要請し、偽造ルートを徹底的に究明することを望む。
 
 
 
 
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