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毎日新聞朝刊 2002年9月18日
日朝首脳会談 全体主義、なお強固か 逆戻りの恐れも
 
 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の首都平壌で開かれた日朝首脳会談で、両国間の国交正常化交渉の再開が決まった。発表された死亡者リストの異常な多さなど、なお不透明な部分は多く、日本側のわだかまりは強く残った。それでも、拉致事件を正式に謝罪したとされる金正日総書記の行動の裏には、国際社会から孤立し、追い詰められた北朝鮮の現実が透けて見える。【外信部編集委員・石郷岡建】
 これまでの対日関係の歴史を見れば、拉致事件を素直に認め、金総書記自ら謝罪の立場を示した北朝鮮の今回の行動は異例なことといってよい。背景には、北朝鮮の政治・経済・社会情勢の悪化に加え、ブッシュ米政権から「悪の枢軸」と呼ばれ、軍事的にも圧力をかけられ、行き場のない袋小路状況に追いこまれたことがある。
 第二次大戦後、東アジアでは北朝鮮、中国、ソ連の社会主義圏と日本、韓国、米国の資本主義圏の二つのブロックの対立が朝鮮半島の38度線を境に展開された。外交関係はもちろん、相互の国家間交流もほとんどなかった。
 しかし、中国は改革・開放をスローガンに市場経済導入をはかり、いまや世界貿易機関(WTO)のメンバーとなった。ソ連はロシアと名前を変え、反テロ連合では米国の同盟国でさえある。世界は大きく変わっている。
 しかし、北朝鮮は周辺諸国が市場経済を導入し、社会主義路線から離脱するなかで、ひとり取り残された。将来への経済見通しもなく、ただ、必死に生き残り策を探しているのが実態だ。
 今回の首脳会談を通じ、北朝鮮は、外交的には、日本との関係を改善し、北朝鮮との対話促進政策を展開する韓国と改革政策を歓迎・支持する中露の3国を呼びこみ、ブッシュ政権への対抗策を推し進める方針とみられる。将来的には、南北朝鮮、米中、日露の2+2+2の東アジア安全保障協議の枠組みがスタートする可能性もある。
 なりふり構わない北朝鮮の姿には、戦後半世紀続いた社会主義全体主義国家・北朝鮮の解体および東アジアの一角に取り残された冷戦構造の終わりを予感させるものがある。
 とはいっても、北朝鮮の金正日政権がスムーズに全体主義国家の解体を進めるとは思われない。今年7月に始まった経済改革も、改革・開放政治というよりは、崩れ始めた軍事国家・北朝鮮を維持するための苦肉の策という色彩が強い。
 一方、北朝鮮を「悪の枢軸」国家と呼んだブッシュ政権は、北朝鮮の改革ではなく、体制の転換を望み、民主国家の構築を求めている。この要求を北朝鮮がどこまで受け入れるか、疑問は多い。
 金正日総書記自身、自ら政権の座を降りる可能性は極めて少なく、現在進める経済改革および外交政策が行き詰まった場合、鎖国国家へと逆戻りし、軍事的強硬策へと戻る号令をかける可能性も否定できない。
 日本にとっては、北朝鮮を核とする東アジアの混乱と不安定は避けねばならない絶対命題だ。しかし、北朝鮮との関係改善は、外交・経済的に、金正日政権の延命策につながりかねない。そして、米国の対北朝鮮政策と衝突する可能性を秘めることにもなる。
 日朝間の国交正常化の交渉が始まるが、両国関係はなおイバラの道を歩むといわざるを得ない。
 ◇拉致事件、「特殊機関の妄動」−−金総書記、青瓦台襲撃と同じ処理
 【平壌・澤田克己】北朝鮮の金正日総書記は「特殊機関の一部が妄動主義、英雄主義に走った」ことを拉致事件の原因として説明した。これは、北朝鮮の武装工作員が青瓦台(韓国大統領官邸)を襲撃しようとして失敗した68年の事件と同じ処理方法だ。
 当時、北朝鮮を指導していた故金日成(キムイルソン)主席は72年5月、朴正煕(パクチョンヒ)韓国大統領(当時)の密使として訪朝した韓国の李厚洛(イフラク)中央情報部長に対し、「たいへん申し訳ない事件だった。我々内部に生じた左翼妄動分子が行ったことであり、決して私の意思や、党の意思ではない」と語っている。北朝鮮としては、絶対不可侵の最高指導者の体面を保つための、ぎりぎりの手段であり、今回も同じ手を使って対外政策を進展させようと図ったといえる。
□写真説明 金日成主席誕生90周年と朝鮮人民軍創建70周年を祝う閲兵式で答礼する金正日総書記=平壌で4月25日、朝鮮通信
 
 
 
 
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