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毎日新聞朝刊 2000年8月10日
社説 日朝交渉 拉致疑惑解決は外せない
 
 今月21日から日本と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との第10回国交正常化交渉が東京で始まる。
 4月に平壌で行われた第9回交渉では北朝鮮側が「過去の清算」を最優先する立場を鮮明にしたのに対し日本側は、日本人の拉致(らち)疑惑の解明を主張し、交渉は入り口でこう着状態に陥った。
 その後、6月には金大中(キムデジュン)大統領と金正日(キムジョンイル)総書記との南北首脳会談が行われ、さらに7月下旬には初の日朝外相会談がバンコクで実現した。 朝鮮半島における緊張緩和の動きがスピーディーに展開されている中で、それが日朝交渉にどんな影響を与えるのか、とくに7件10人と言われる拉致疑惑の解決にどうつながっていくのか、残された家族だけでなく国民も期待感を込めてこの点を注視しているのではないだろうか。
 そうした中で、拉致疑惑に関して首をかしげるような発言が一人の政治家の口から飛び出した。
 日朝友好議員連盟の新会長に就任した自民党の中山正暉氏が8日の記者会見で「国交を正常化させ(日朝両国が)関係を深くしていったら、おのずからそういう問題は明らかになっていくのではないか。拉致を前提に置くと何も進展しなくなってしまう。その辺の呼吸は微妙だ」と語ったのだ。
 その意味するところは、拉致疑惑の解決を日朝国交正常化交渉の前提条件とはしない方がいい、それよりも国交を先に結び両国の交流を進めていく中で真相を究明していく、というものだ。
 中山氏の発言は、議連としての正式な方針ではなく、会長個人の見解を披露したもののようだが、とても賛成できる内容ではない。中山氏の論に従えば、拉致疑惑を棚上げすることになりかねない。
 私たちは、日本人拉致疑惑について早期の解決を求めてきた。人権侵害であるばかりでなく国の主権にかかわる問題だと考えるからだ。
 日本政府も拉致疑惑の解決を最優先課題とし、日朝外相会談で河野洋平外相は、拉致疑惑や北朝鮮のミサイル・核開発問題を念頭に「我々には懸念している問題がある」と、間接的な表現ながら日本政府の原則を伝えた。
 日朝正常化は、北東アジアの平和と安定を確かなものにするという意味からも大いに進めるべきだと考える。しかし、その場合に大事なのは、日本としての原則は守るべきだということだ。それは国会議員が議連を作ったりして実施する、いわゆる「補完外交」にもあてはまる。
 議員による補完外交が、政府の外交方針や路線を後押しするものであれば問題はない。しかし、そこから踏み外れたものであれば、かえって事態を混乱させてしまいかねない。それどころか「日本は原則を放棄した」との誤ったメッセージを相手に送ってしまい、それが交渉の阻害要因となる可能性もある。
 最近、日露平和条約締結問題に関して自民党の野中広務幹事長が示した「北方領土切り離し論」も、これと似たケースだ。
 北朝鮮に関しては、かつて自民党の金丸信氏(故人)らが日本の外交方針から外れ、「戦後の償い」を北朝鮮に約束し、大問題になったことがあった。
 バスに乗り遅れるな式に事を急いで方向を見誤ってはならない。
 
 
 
 
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