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毎日新聞朝刊 2000年6月16日
社説 朝鮮半島の新時代 東アジアの変化に対処を
 
 ◇日朝交渉は原則踏まえて
 14日、平壌で署名された南北朝鮮首脳による共同宣言は、朝鮮半島に新時代を開くものだ。
 韓国の金大中(キムデジュン)大統領と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正日(キムジョンイル)総書記による歴史的合意を歓迎し、朝鮮半島での本格的な平和共存の定着を望みたい。
 南北共同宣言は、朝鮮半島の分断状況を前提に構築されていた周辺国の安全保障政策にも、長期的な視野での見直しを迫ることになった。南北と周辺国が緊密な協調態勢を維持し、緊張緩和と平和の定着に努力すべきである。7月の九州・沖縄サミット(主要国首脳会議)での論議も重要だ。
 5項目からなる南北共同宣言は、「南と北が(中略)統一を志向していく」ことを確認した。これは韓国側の連合制提案と北朝鮮側の連邦制提案に「共通性」があると確認したものだ。
 ◇「統一への志向」で合意
 朝鮮半島では第二次大戦終結後、分断の歴史が続いてきた。
 南北両政府が首脳会談を通じて、「統一への志向」をいかなる形であれ実現する意思を表明した意義は、きわめて大きい。周辺国が長期的視点に立ち、安全保障の国際的枠組みを再調整する必要性が出てきたのも、ここに理由がある。
 共同宣言は「統一問題を(中略)自主的に解決していく」ことを再確認した。
 1972年の南北共同声明で、「自主的統一」「平和的統一」「民族大団結」が確認された。当時から「自主的統一」は、北朝鮮側による在韓米軍撤退の主張とからんで、頻繁に言及されてきた。
 スパイ容疑で逮捕された後も政治的転向を拒否している北朝鮮出身の「非転向長期囚」問題解決も、共同宣言に盛り込まれた。「北朝鮮主導の合意」として、韓国内では論議を呼びそうな項目だ。
 南北両首脳間の対話は始まったばかりだ。他の前例がそうであったように突然、対話が中断してしまう恐れはある。
 しかし、周辺国の予測を超えて南北関係が急進展する可能性も、今回は否定できない。朝鮮半島の新局面は、正確には予測しにくい。金大統領の任期はあと2年半ある。金総書記としても、この時期を逃さないだろう。
 南北共同宣言は、20世紀末の朝鮮半島の歴史に「転換点」として記録されるに違いない。
 8月15日には、南北離散家族の相互訪問が実現する。高齢化した離散家族の再会の願いをできるだけ多くかなえてほしい。
 金総書記は金大統領の要請に応えて、ソウル訪問の意向を表明した。その時期は「適切な時期」としている。ソウル訪問の時期を、駆け引きの道具にしてはならない。平壌会談の成果を踏み固めるべく、金大統領との再会を果たしてほしい。
 南北共同宣言は、北朝鮮による核・ミサイル開発問題について言及しなかった。核・ミサイル開発の中止は、周辺国との関係改善のために最低限の義務である。金総書記はそのことを明確にしてほしい。
 南北首脳の対話が急進展した場合、在韓米軍問題がクローズアップされそうだ。
 その際には、在日米軍を含め極東での米軍プレゼンス論議や日米安保のあり方にも影響を与えることが予想される。韓国政府は今後とも、米国や日本など友好国の理解と信頼を得るために、綿密な協議を怠るべきではない。
 歴史的な南北首脳会談の開催とタイミングを合わせるように、北朝鮮と周辺国との関係も、動きが激しくなった。
 ◇周辺国の協調態勢作れ
 金総書記は5月下旬、北京を非公式訪問した。名実ともに北朝鮮の最高指導者になって以来、初の外国訪問だ。中韓国交樹立後、やや疎遠な関係が続いていた中朝関係は、正常化の軌道に乗り、中国は南北両政府とのパイプを確保した。
 ロシアのプーチン大統領が7月、平壌を初訪問する。
 プーチン大統領とクリントン米大統領は最近、モスクワで行った会談で米本土ミサイル防衛(NMD)構想をめぐって意見が対立した。米構想は、北朝鮮による弾道ミサイル開発計画を「仮想敵」にしている。南北の統一志向が本格化すれば、NMD論議にも一石を投ずるだろう。
 朝鮮半島では約1世紀前、ロシア、清、日本が覇権を争った。朝鮮戦争(50〜53年)は米中を巻き込んだ内戦だった。朝鮮半島情勢が急激に動くとき、周辺国は協調し、誤解と紛争の拡大を防がなければならない。これは苦い歴史の教訓である。
 日朝正常化交渉という重要懸案を抱えている日本政府は、南北共同宣言の意味を正確に把握し、適切に対処すべきだ。
 4月上旬、平壌で再開された日朝正常化交渉で、北朝鮮側は「日本の過去の過ちに対する謝罪と補償」を要求した。
 日本側は過去の問題とともに「日朝間の懸案の解決が必要だ」として、日本人拉致(らち)などに幅広く言及した。
 南北朝鮮の合意達成によって、「日朝も乗り遅れるな」という声が高まるかもしれない。韓国側には北朝鮮との経済交流に日本資本の参加を期待する声が少なくない。
 日本政府の態度はきわめて合理的である。支持したい。原則的な態度を堅持し、日朝交渉に臨むよう要望する。
■写真説明 歴史的な南北合意は韓国の金大中大統領(右)と北朝鮮の金正日総書記の握手で始まった=13日、AP
 
 
 
 
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