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毎日新聞朝刊 1988年1月16日
「北朝鮮の爆破テロ」断定
大韓機事件の真由美は金賢姫で金正日北朝鮮書記の指示と自供
 
 【ソウル十五日永守良孝特派員】昨年十一月二十九日、バグダッド発アブダビ経由ソウル行き大韓航空機858便ボーイング707機(乗員、乗客百十五人)がアンダマン海上空で墜落した事件で、韓国の国家安全企画部治安本部、検察当局の合同捜査本部は十五日午前「ソウル五輪を妨害するために北韓(北朝鮮)の金正日(書記)の指示に基づいて行われた爆破テロである」と発表、昨年十二月十五日バーレーン当局から韓国に身柄を引き渡された「蜂谷真由美」と、自殺した「蜂谷真一」について「ともに高度のテロ訓練を受けた北韓労働党中央委調査部所属工作員であり、『真一』が主犯」と断定した。「真由美」自身、同日午前、記者会見場に現れて犯行を認め「亡くなった方々の家族にすまない」と涙を流した。これによりラングーンの全斗煥(チョン・ドゥホァン)大統領暗殺未逐事件(一九八三年)に続き北朝鮮による計画的なテロであることはほぼ立証された形になり、北朝鮮は国際的に強い批判を受けるとともに、ソウル・オリンピックも控え南北関係は緊張を強いられることになろう。
 安全企画部の発表はソウル市内の安企部別館に内外記者団を集めて午前九時から始まった。旧韓国中央情報部(KCIA)の安企部内が公開されるのは異例中の異例。
 発表によると、今回の墜落事件は日本人に偽装した「蜂谷真一」と「蜂谷真由美」によって実行されたが、彼らは党中央委調査部に属する「金勝一」(キム・スンイル)(70)と「金賢姫」(キム・ヒョンヒ)(25)で、ともに永年の間、テロ工作用に訓練された特殊要員。
 二人は昨年十月七日、中央委調査部長を通じて金正日党書記が直接書いた指令書(親筆指令書)を受け取り大韓航空の爆破を命じられた。指令内容は1)党は南朝鮮側の“二つの朝鮮”策動とオリンピック単独開催策動を防ぐために、大韓航空機一機を爆破することに決定した2)時期的に重要な今回の計画は世界すべての国家のオリンピック参加意思に冷水をあびせることにあり、南朝鮮カイライ政権は致命的打撃を受けるだろう3)必ず成功させ、絶対に秘密を守れ−−というものだった、という。
 指令後約一カ月間、平壌の「東北里招待所」での特殊爆破訓練のあとテロ計画の詳細な命令を受けた。
 十一月十二日、最終指令を受けた際、金賢姫は、金正日書記の写真の前で「誓いの文」を朗読。“成功”を誓った、という。「誓いの文」は1)全国が社会主義建設にわきかえっており、南朝鮮革命の波が高まっている。敵たちの“二つの朝鮮”策動がいよいよ悪らつになっている条件下で戦闘任務を受け、敵の中に入る2)親愛なる指導者同志(金正日書記のこと)の高い権威と威信を守り戦う−−というものだった。
 この後、二人は同日平壌の順安空港を出発。この際、金賢姫は北朝鮮の「金玉花」名義の旅券を持ち、外交官旅券を持つ崔課長ともう一人の崔という指導員も同行、モスクワを経て十三日ブダペストに到着した。
 ここで北朝鮮大使館職員の案内で市内アジトに六日間待機、十八日、北朝鮮大使館の乗用車でウィーンに行く途中、北朝鮮の旅券を返し、「蜂谷真由美」名義の偽造旅券を受け取った。
 ウィーンではパークリングホテルで五日間宿泊。この間、金勝一がオーストリア航空で、大韓航空858便に搭乗するために、ウィーン−ベオグラード−バグダッド−アブダビ−バーレーン行きの航空券を購入し、二十日には、アリタリア航空で、任務終了後に帰還するためにアブダビ−アンマン−ローマ行きの逃亡用の航空券を購入した。
 十一月二十三日午後、オーストリア航空便でウィーンを出発、午後三時半ごろユーゴのベオグラードに到着しメトロポリタンホテルに宿泊。二十七日午後七時ごろ、別途、列車でベオグラードに到着した崔課長から、日本製の携帯ラジオの中にセットした時限爆弾と、酒瓶に入れた液体爆弾を受け取り、二十八日夜バグダッド発アブダビ経由ソウル行きの大韓航空858便に搭乗した。
 金賢姫がビニール製ショッピングバッグの中に時限爆弾を入れ、座席の上の手荷物棚に入れ、アブダビでそのまま降りた。爆弾は九時間後に爆発するようにセットされており、二十九日午後二時(韓国時間)ごろ、アンダマン海上で空中爆発を起こした、という。
 発表によれば、韓国政府と大韓航空側は事件発生直後からテロによる空中爆発の疑いがある、としてアラブ首長国連邦駐在大使館と大韓航空支社に緊急指示し、アブダビ空港で降りた十五人の外国人搭乗者名簿を確認したところ、姓の書かれていない二人の入国カードを発見、日本側の協力で、二人が偽造旅券であることを確認。この段階で北朝鮮によるテロにほぼ間違いない、との心証を固め、バーレーン側に身柄引き渡しを要請した。
 十二月十五日、韓国に移送された金賢姫は中国語と日本語で簡単な供述に応じ、中国黒竜江省生まれの「百翠恵で広州に住んでいた」などと自供したが、供述に矛盾があり、北朝鮮の人間であることは間違いないと判断。韓国のテレビを見せたり、車に乗せてソウル市内を案内するなど“軟化”を待った。十二月二十三日、金賢姫は突然、女性捜査員の胸にとりすがり、「オンニ、ミアネ」(お姉さん、ごめん)と韓国語を初めて使い、泣き出し、事件の全容を自供したという。
 
 言葉など訓練の日本人女性
 
 連続“蒸発”と関連捜査 公安当局
 
 大韓航空機事件で犯行を自供した金賢姫について、韓国捜査当局は「五十六年四月から五十八年三月まで、平壌で日本人女子工作員から日本人化教育を受けていた」と発表した。日本の公安当局はこの発表を重視、五十三年七月から八月にかけて、新潟、福井、鹿児島県内で相次いで男女カップルが蒸発し、「北朝鮮の工作機関によるら致の疑いがある」と調べた事件との関連の捜査を始めた。
 カップル蒸発事件は、五十三年七月七日夜、福井県小浜市で、同市に住む女性店員(当時二十三歳)が婚約者とともに蒸発▽同年七月三十一日夕、新潟県柏崎市で、同市の女性化粧品販売員(当時二十二歳)が恋人とともに蒸発▽同年八月十二日夕、鹿児島県日置郡吹上町のキャンプ場で、鹿児島市池之上町の女性会社員(当時二十四歳)が恋人と蒸発――の三件。
 各県警など公安当局は、何者かがら致したと断定。遺留品や他の若い男女二人のら致未遂事件などから北朝鮮の工作機関による犯行の疑いがあるとして捜査していた。
 韓国の捜査当局は賢姫が日本人化教育を受けた女性について「日本で家族とともにら致した三十一歳の女性。金正日(書記)の恩恵で生きるようになり、名前を恩恵(ウネ)と変えた」としている。
 
 
 
 
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