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不可解なわが国の対応
 このような中で不可解なのは世界で6番目の広大な排他的経済水域を有するわが国の対応である。国連海洋法会議の審議時の熱のこもった対応とは対照的に、1990年代になって国連海洋法条約が新しい国際海洋秩序として現実のものとなろうした肝心の時期に、わが国はその発展基盤が海洋にあることを忘れ、この条約の意義を見失っていたかのように見える。
 
 わが国は1996年に批准書を寄託し95番目の締約国となったが、この時わが国は、海洋政策の策定や海洋基本法の制定、さらには海洋の総合的管理を推進するための行政機構の整備などこの条約に照らして必要であり、多くの国が講じている対策を、ほとんど行なっていない。このような海洋軽視の対応は現在まで続いており、諸外国の対応との間に大きな格差が生じている。
 
 この条約の施行時に制定した「排他的経済水域及び大陸棚に関する法律」にしても、わが国の排他的経済水域および大陸棚内における天然資源の開発等の条約の定める活動について、また、それらの水域におけるわが国の公務員の職務執行およびこれを妨げる行為については、「わが国の法令を適用する」と単に定めたのみである。EEZ及び大陸棚は、領域主権とは異なる新制度であり、また、未だ概念が厳密に固まっているとはいえない制度を国際的に適用するであるから、そこにどのような法制度を適用するかは明確にしておくべきである。
 
 さらに、沿岸域は、海陸一体となった独自の自然的・社会的環境を持つ区域と認識し、総合的沿岸域管理を行なうのが今や世界の常識である。国土保全からスタートした日本の海岸管理は、このような海陸を一体として管理する体系としては不十分である。有明海や諌早湾の問題を繰り返さないような沿岸域管理の仕組みを作る必要がある。
 
 また、海洋国で経済・技術大国であるわが国に取って、海洋に関する国際的な協議、国際協力、技術移転などは本来、主動的な役割を発揮すべき分野である。国際的にも、この分野で日本がリーダーシップを発揮することへの期待は大きい。しかし、わが国は海洋関係行政が依然として縦割りで海洋主管省庁がないこともあって、近年盛んに開催される国連、APEC、東アジア地域などの海洋関係の協議や国際会議にわが国政府関係者が出席しないことが多く、関係国や国際社会の期待を裏切っている。
海洋政策を国家政策の重要課題に
 今年は、国連海洋法条約採択から20年目、リオの地球サミットから10年目の節目の年、8月末から南アのヨハネスブルグで世界サミット(WSSD)が開催される。このための準備会合が昨年から分野毎、地域毎にも世界のあちこちで開かれている。わが国も環境開発問題には積極的な取組みを見せてはいるが、その中に海洋という視点はなく、こと海洋・沿岸域に関しては準備会合への欠席や縦割り的対応を含めてその取組みは極めて弱く、日本の存在感は希薄である。
 
 そもそも日本は、造船・海運・水産・科学技術など多くの個別分野で世界のトップ水準にある。しかしながら、長年にわたるこのような縦割りの取組みがかえって仇になって、近年国連海洋法条約やアジェンダ21が提示している海洋問題への総合的な取組みが出来ていないところに大きな問題を抱えている。2001年の中央省庁再編においても、アジェンダ21などの求めている海洋・沿岸域とその資源の総合的管理と持続可能な開発のための行政機構の整備は全く無視され、海洋行政は依然として総合的な海洋政策の立案・調整役が不在のまま、各省庁が従来の縦割り行政で対応出来る問題にだけ対応しているのが実情である。
 
 四方を海に囲まれたわが国が、海から様々な恩恵を受けていることは、多種多様な海の幸を食する日本人の食生活や貿易立国により驚異的な発展を遂げたわが国経済などを思い浮かべるだけで、自ずから明らかである。特に、地球規模の交易が空前の発達を遂げた21世紀には、世界の海が産する生物資源、鉱物資源とこれらを大量輸送する海上交通をはじめとして海洋に対する依存度はますます高まる。海洋はわが国の発展の基盤である。
 
 わが国は、近年の海洋軽視の態度を反省し、今こそ海洋政策を国家政策の中でも重要な課題と位置づけ、新しい海洋管理の理念のもとに海洋政策を策定し、その推進体制を整えるとともに、海洋分野で国際的なリーダーシップを発揮すべく世界サミットその他の国際協議に積極的に臨むべきである。このまま推移するならばわが国は世界的な規模で進行している海洋の取組みから取り残され、その発展基盤を失うことは必至である。
終わりに
 日本財団は、近年の海洋問題の重要性に着目して有識者からなる海洋管理研究会を設置し、2年間にわたって諸外国の海洋政策の研究、内外の海洋関係機関との意見交換、研究者、行政・メディア関係者などによる研究セミナーの開催などを行ない、わが国の海洋政策のあり方について研究してきた。さらに、昨年末には400名を超える研究者、政策・行政担当者、民間海洋関係者、メディア関係者等に海洋政策に関するアンケート調査を実施してわが国の海洋政策のあり方を探った。この「21世紀におけるわが国の海洋政策に関する提言」は、その研究成果を取り纏めたものである。
 広範にわたる海洋の問題のすべてをカバーするものではなく、また、必ずしも問題を十分に掘り下げ得たものとはなっていない憾みはあるが、海洋国日本の発展を願う真摯な気持ちをこの提言からお汲み取りいただければ幸いである。この提言が、総合的な海洋の管理に向けてのわが国の取組みに一石を投じることが出来れば望外の喜びである。
 
 おりから科学技術・学術審議会海洋開発分科会ではわが国の海洋政策について審議中である。同分科会は、もともと総理大臣の諮問機関である海洋開発審議会が中央省庁の再編成にともない、文部科学省の審議会の海洋開発分科会に改組されたものである。上述してきたような海洋・沿岸域の総合的な管理と持続可能な開発・利用を論じる場のあり方としては時代の流れに逆行するものであり、海洋審議会のような組織を総理大臣の諮問機関として設置することを提言したところではあるが、いずれにせよ久しぶりの海洋政策の審議であり、時宜に適している。わが国がおかれている現下の状況を十分に踏まえて、海洋国日本にふさわしい海洋政策の答申を期待したい。
 
 最後に、本提言の作成に当たっては、栗林忠男前慶応大学法学部教授・法学部長を委員長とする海洋管理研究会委員の先生方をはじめ内外の数多くの方々にご教示、ご協力をいただいた。この機会を借りて厚くお礼を申し上げたい。特に、今年2月急逝されたOcean Governance(海洋の総合的管理)の提唱者であり、国際海洋研究所(IOI)の創立者のエリザベス・マン・ボルゲーゼさんには、2000年7月の日本財団主催海洋管理研究セミナーで基調講演をしていただいたのをはじめとして様々な機会にご教示をいただいた。ここに改めてご冥福をお祈り申し上げる。
日本財団常務理事 寺島紘士








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