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解剖学実習を終えて
 滝川 春奈
 将来医者になることを心に誓った時から、解剖学実習は私にとって、避けることのできない医学への第一関門だった。実習が始まる前は、自分に一人の人間を解剖する資格がはたしてあるのだろうか、と不安で一杯だった。ご遺体の方も、かつては喜び笑い、悲しみながら生きぬいてきた人生があり、そしてご遺族や友人の方々の心の中ではまだ生き続けているのだと思うと、解剖をすることへの責任感の重さがひしひしと感じられた。
 半年間の実習を終えて、今では私の頭の中には人体の精密な構造図ができあがっている。これは本や図・写真だけの勉強では、あり得なかったことだろう。予習をする時、次々とでてくる部位の名称にとまどいその立体的位置や複雑な走向が理解できないことはしばしばであったが、実習を終えてみると、その構造も名称もすっかり頭の中に入っていた。あらためて自分の目で本物を実際に見ることの大切さを実感したと思う。
 実習や予習もつらかったが、何よりも一番大変だったのは、同じ班の中での人間関係ではなかっただろうか。週3回半日を共に過ごしただけに、「予習をしていない」「実習をやらない」「一人で実習を進めてしまう」など各自様々な不満をもっていたはずだ。もちろん私にもそのような不満はあったし、またさんざん仲間に対し迷惑をかけてもきた。しかしこのような密度の濃い時間を過ごすことで、相手を思いやることの大切さ、一人では何もできないのだということを思いしらされた。将来医師となって患者さんと接する時、またチームワークが求められる現代医療の現場では、相手とのコミュニケーションは欠くことのできないものである。相手のことを考え自己の行動に責任をもつ、あたり前のことかもしれないが、改ためてそれを実行することの難しさ、大切さを感じた。
 「亡くなった後の出会い」というのも不思議な感じがするが、今回の出会いは、私の人生において最も忘れられない大切な出会いの一つとなった。今後私達は医学の第二、第三の関門をくぐり抜けて医師を目指していくことになるだろうが、今回の実習で得た経験をもとに、日々努力を続けていきたいと思う。そして献体をして下さった方々とそのことを心よく承諾して下さったご遺族の方々に心から感謝を申しあげたい。








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