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人体解剖学実習を終えて
 河島 裕美
 私たちの解剖学実習は、九月二十八日の「解剖体諸霊位供養法会並びに御遺骨お渡し式」、および「納骨式」に参加することから始まりました。夏の終わりのまだ暑い日差しの中、喪服に身を包んで供養法会に参列させていただき、献体して下さったご本人とご家族の方々に心から感謝して、学ばせていただくのだという謙虚な気持ちと、これからの実習に真摯に取り組んでいかなければ申し訳ない、という気持ちで一杯になりました。
 実習が始まってからも、このことを忘れずに念頭に置いて毎回の黙をして実習に臨みました。親からは、もし同じ道に進むのなら、人体解剖学実習を楽しみにしていなさい。人生観が変わるから、と常に聞いていたのですが、実際に実習が始まり御遺体を前にした時は、生を失い我々の前に横たわるこの御遺体が、かつては私と同じように話をし、食事をし、行動し、感情をもって生活しておられたということが全く信じられず、大きな衝撃を覚えました。自分も他の生命体もいずれ生を失ってしまうことが実感され、生あるものの尊さ、貴重さ、そして命の尊厳に触れて心打たれ、身の引き締まる思いを禁じ得ませんでした。
 解剖学実習では恐ろしいほどの緊張感と、歯学生としての使命感に精神を集中させて解剖にあたりました。藤田恒太郎先生著の「人体解剖学」によると、解剖は広い意味では生物体の正常な形態と構造を研究する学問である、とあります。さらに解剖学は医学の基礎知識を提供するだけでなく、それ自体が生命科学の最も重要な一部門をなすものである、とあります。この生命科学を学ぶことにより、生あるものは何者にも換え難いものであると感じ、自分としては精一杯生きてみよう、そして他の生命に対しては、自然に思いやりややさしさをもつことができるのではないか、と実感し、心から感謝しました。
 この貴重な解剖学実習の体験は、将来歯科医師として患者さんに接するときに大いに役立つものと確信いたします。これからは何事にも真摯に全力を傾注して、歯学を専攻する学生の本分をわきまえ、真剣に学んでいきたいと思います。








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