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解剖学実習を終えて
 三好 雄二
 初めて解剖学実習室に入った時のことは今でもよく覚えています。大学に入学してから初めて経験する栃木での秋の季節のころ。その日は学園祭が終わって一週間くらい後だったと思います。一時間ほどの講義を教室で受けてから大学の一階の奥まったところにある実習室に同級の友人達と雑談をしながらぞろぞろと入りました。実を言うと講義での先生のお話やそのときの友人たちとの会話は全く思い出すことが出来ません。多分、実習のことだけで頭がいっぱいで、とても緊張していたのでしょう。幸いにも親戚が健在であった為、私はこれまでにご遺体を直接見たり、触れる機会がありませんでした。まさに私にとって実習室でご遺体とお会いすることは未知との遭遇だったのです。そんな中、不安に思ったり緊張したりしない方がおかしい。
 実習室は非常に簡素な白色で統一された部屋でした。中にあるのは大型のテレビスクリーンとメモ用の黒板、ビニールに包まれたご遺体をのせたシルバーの担架が三台、他には、洗い場、学生用の長机が三つ、防腐用のアルコールを貯めている大きな貯水槽、解剖用具を入れた棚がおいてあるだけでした。その日、焼香をあげた後自分の担当するご遺体と対面しました。それはとても不思議な体験でした。ご遺体の手を握ると今にも握り返してきそうな錯覚にとらわれました。そこに横たわっている老人は決して動くこともないと分かっているのに。人の「死」を初めて経験したのがこの瞬間でした。
 それから九ヶ月間もの間、この実習室の中で私は人の生死について悩み、人体の複雑な構造を理解する為に悪戦苦闘し、解剖というある種の肉体労働に痛めつけられることになったのでした。
 解剖は一般に思われているように遺体を切り刻むような行為ではありません。確かに、解剖にはメスや、骨を切断する為の鋸などを使用しますが、むやみやたらに切り刻むわけではありません。いかに綺麗に、明確に人体の構造を剖出することが出来るかを考えながらメスやピンセットを使ってご遺体を解剖させていただきました。また、その過程で得られる経験や知識は決して教科書などの字面では理解することの出来ないものです。しかし、自分の勉強について振り返ると実習の前後で勉強が不十分で解剖が上手くいかないと自責の念にさいなまされました。
 実習が進むにつれて私は解剖学にまさしく文字通り、のめり込んでいきました。人体の構造は非常に不思議で、とても巧妙に出来ています。関節の固定や動きを可能にしている筋肉のつき方や最も発達した構造をもつ感覚器の構造には驚かされるばかりでした。血管の走行ひとつとっても実によく出来ている。勉強すればするほど人体の構造には驚かされるばかりです。人体の構造について機械論的な立場から論じられることがありますが、私はその巧妙に出来た構造を動かし、維持している生命の神秘と素晴らしさに畏怖の念を感じるばかりです。
 「解剖学実習」とは医学・医道を志す者にとっては決して免れることの出来ない一種の儀式だったのではないかと解剖学実習を終えた今、考えています。献体して頂いたご遺体を医学生が解剖するとき、学生は生命への畏怖を実感し、人体の解剖学的知識を得ることによって自らの知的好奇心を満たすと共に献体をして頂いた方々、そして社会に対して医学を志すものとして責任を負うのではないかと思います。医学生が医師となって、病気に苦しむ人々に出会い、その治療と予防のために貢献したとき、初めて医学の進歩と教育のために献体してくださった方々への責任が果たせるのではないでしょうか。だからこそ、医学は「医学人道」であり「忘己利他」の精神が大切なのだと思います。そして、その責任を果たすために、日々努力し続けなくてはならないのだと思います。
 解剖学実習は昨年の十一月上旬から始まり、今年の六月上旬に終了しました。正規の授業数は、一一六時間。授業外にも、週末などの空き時間に解剖学実習室に足を運んだことが少なからずあったことを考えると、ほぼ二五〇時間をご遺体と共有したことになります。この間に本当に多くのことを学ばせて頂きました。献体をしていただいた方々への感謝の念でいっぱいです。本当にありがとうございました。








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