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解剖学実習を終えて
 佐藤 弘隆
 「おじいちゃん……。」
 初めて、ご遺体と対面した時、亡くなった祖父を思いだした。容姿は違っても、目の前には、今年の二月に急死した祖父と同じようなご遺体が横たわっていた。知らずと目頭が熱くなり、つらい思いが込み上げた。その頃、まだ祖父の死を乗り越えていなかった私には、ご遺体との対面は、少々刺激が強かった。私は医学を志した時から、解剖には興味があった。人間の体のしくみを知りたい。心臓とか肺とか、臓器ってどんなものだろう、という素朴な疑問を抱いていた。しかし、いざご遺体の前に立った時、そんなことよりも、「この方はどうして亡くなったのだろうか、この方の家族はどういう思いで遺体を提供してくれたのだろうか。」ということを考えていた。それから、私は実習にとりかかるためにピンセットをにぎった。初日は何か無我夢中に実習していた。
 実習が進むにつれて、驚きの連続だった。想像していたよりも人間の体は、複雑で、なおかつ無駄がなく、合理的な構造をしていた。自分が解剖した所で、一番驚いたのは、上肢の解剖だった。手の平(掌)の中にある腱が、肘の所までつながっていて、肘にある筋をひっぱると指が動くのである。極めて難しい構造ではないけれども、単純に、「動く」ことに驚き感動した。そして、何よりも身にしみて感じたことは、実習が終わりの時期になると、何となくイメージとして、頭の中に人間の構造が思い浮かぶことである。皮膚や筋肉、血管、神経、内臓、関節、靭帯、骨など、以前はバラバラに感じたものが、一つになっていく気がした。今となっては、いろいろと解剖してしまったご遺体も、目をつぶってイメージすると、一つの体、一つの生命と感じる。まぎれもなく血液が全身を駆けめぐり、筋肉が躍動し、神経が刺激を伝導し、心臓の鼓動が鳴り響く、一人の人間であったことを感じる。
 私は、この解剖実習を通して、人体の構造もさることながら、人間のすばらしさを学んだ気がする。上手く言葉には表現できないが、実習する指先から、人の命の重さと大切さ、それ以外の何かが伝わってきた気がする。今では、私は祖父の死も受け入れることができていた。
 最後に、私達の解剖実習に協力して下さった、ご遺体とその家族の方々、本当にありがとうございました。








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