第一部 欧州・韓国造船摩擦の経過
欧州における韓国造船業への非難は、韓国造船業が大幅な設備拡張を実施した1990年代半ばに遡るが、これが通商問題として顕在化を始めたのは1999年に入ってからである。昨年度の調査において、1999年初から2001年2月までの主要な欧州における動きを時系列的に整理したが、本報告では、2001年以降の動きを整理した。
1.1 1999年〜2000年の経過の概要
欧州委員会(EC)は、欧州造船業界からの強い要請を背景に、1999年半ばからEUとしての本格的なアクションを開始した。EU造船助成規則に基づく産業閣僚理事会への報告という形で、韓国の造船問題を公式のテーブルに乗せ、WTO提訴への域内手続きである貿易障壁規則(Trade Barrier Regulation :TBR)に基づく通商措置に訴える姿勢を示すことで、韓国に圧力をかけた。
これが功を奏し、1999年末には韓国との二国間協議が開始された。3回目の協議を経て、2000年4月に韓国の経営破綻造船所への商業ベースにのらない政府支援の禁止、船価改善努力、コスト割れ受注の防止などを盛り込んだ合意文書が仮署名された。しかしながら、船価の回復ははかばかしくなく、早速、同合意文書に基づく二国間協議が開始されたが、「積み上げコストとの比較」船価モニタリングを主張する欧州に対し、韓国は「直近の市場価格との比較」を主張して譲らず、船価改善を目指した協議は不調に終わった。
欧州造船業界は、協議不調を受けて、2000年10月に、韓国政府による自国造船業への公的支援に対するTBR提訴をECに提出し、12月にECによるTBR調査が開始された。
WTO提訴を圧力とした協議で、歩み寄りを見せた韓国であったが、業界にとっての現実的な問題である船価改善で意見の対立が解けず、EUはシナリオどおり、WTO提訴へ向けた動きを始めることとなった。
1.2 2001年以降
ECによるTBR調査が行われる中、韓国造船業界は、マスコミを通じた正当性主張や、欧州のシップブローカーによる韓国造船業擁護などのキャンペーンを展開した。
ECは、5月にWTO協定に反する造船助成が行われていたとする第1次のTBR調査結果を取りまとめ、WTO提訴及びWTO手続きの間、韓国の不公正慣行からEU造船業を保護するための暫定的な船価助成措置をとるとする方針を決定し、WTO提訴に入る姿勢を鮮明にした。
表1.1 欧州韓国造船摩擦の経過(2001年以降)
年月 |
事項 |
2001年 |
1月 |
欧州大手シップブローカーTBR提訴の利害関係者として登録 |
R・S・Platou、Clarkson、Fearnleys、O-J Libaek、Simpson Spence & Young らの大手シップブローカーがTBR提訴の利害関係者として欧州委員会(EC)に登録。韓国造船業擁護の姿勢を見せる。 |
2月 |
ラミー欧州委員訪韓 |
造船問題で韓国政府高官と会談するも、不調。 |
3月 |
欧州シップブローカーがTBR調査の中止を呼びかけ |
Fearnleys、低船価の原因は、過剰建造能力やウォン安等であり、韓国の造船助成ではないとの分析を公表し、TBR調査を中止すべきと指摘。 |
EC、韓国においてTBR現地調査実施 |
韓国政府、金融機関、造船業界に対する現地調査実施。 |
4月 |
韓国造船工業会(KSA)プレス発表 |
Drewry Shipping Consultants 及びSilberston 教授によるレポートを公表し、EU造船工業会協議会(CESA)のTBR提訴は根拠のないものと発表。 |
5月 |
欧州委員会(EC)「第4次造船市場報告書」を採択
2000年半ばにわずかな船価改善が見られたが、その後この傾向は続いておらず、また、低船価を正当とする韓国の説明に説得性はなく、受注船価は14〜16%のコスト割れとなっていると指摘。 |
CESAプレス発表 |
第4次造船市場報告を支持するとともに、韓国に対抗するためのEU造船業の保護措置を早急に講じるよう要請。 |
EC、TBR調査結果(第1次)を内部報告 |
大宇のワークアウト、漢拏重工及び大東造船の破産手続き、大宇に対する租税特別措置制限法及びワークアウトにおけるスピンオフ促進税制の適用はWTO協定の相殺措置の対象となる補助金に該当し、また韓国輸出入銀行の輸出補助制度は同協定の禁止輸出補助金に該当する可能性があり、また、これらによりEU造船業が貿易上の悪影響・損害を被っていると結論。二国間協議で解決できない場合WTO提訴を行うよう勧告。なお、韓国輸出入銀行の輸出補助制度については調査を継続。 |
EC、韓国造船問題への対応方針を決定 |
TBR調査の結果、韓国でWTO協定に反する造船助成行われていたとし、6月30日までに二国間協議で解決できない場合、WTO提訴及び韓国の不公正慣行から欧州造船業を保護する暫定措置(暫定助成措置)をとることを産業閣僚理事会に諮ることを決定。 |
EU産業閣僚理事会 |
ECの対応方針を支持。ただし、暫定助成措置についてはWTO提訴開始まで、公表しないと決定。 |
第1回EU・韓国二国間船価協議 |
船価の改善策について協議を行うも、合意に至らず。 |
6月 |
第2回EU・韓国二国間船価協議 |
船価改善策について協議不調に終わる。 |
7月 |
EU外相理事会 |
韓国のWTO提訴については、加盟国の支持が得られたものの、暫定助成措置について加盟国で意見が割れ、議論持越しとなる。 |
EC、TBR調査結果(第2次)を内部報告 |
韓国輸出入銀行の建造資金引渡し前融資及び前受金返還保証が、WTO協定の禁止輸出補助金に該当すると結論。二国間協議で解決できない場合WTO提訴を行うよう勧告。 |
EC、暫定造船助成規則案を採択 |
韓国の造船不公正慣行からEU造船業を保護するため、WTO提訴手続き中に適用する船価助成案(助成率最大14%)を採択。 |
10月 |
EU外相理事会 |
暫定助成措置について加盟国の意見の収束は見られず、再度議論持越しとなる。 |
第10回四極造船首脳会議 |
造船市況悪化の懸念を確認し、業況改善のため、正常な市場のメカニズムを通じて、現在の需給不均衡への対処方策を検討することを決定。 |
11月 |
欧州議会、暫定造船助成規則案を可決 |
EU閣僚理事会から協議を受けていた暫定造船助成規則案可決。なお、助成対象船種の追加、助成終了期限の延長意見を閣僚理事会に提出。 |
12月 |
EU産業閣僚理事会 |
暫定助成措置について加盟国の意見の収束は見られず、議論は2002年に持越しとなる。 |
CESAプレス発表 |
閣僚理事会での政策決定遅延に失望を表明するとともに、早急な対応を要請。 |
CESA、ECにLNG船に関する追加TBR調査を要請 |
LNG船に関する損害の調査を実施するようECに要請 |
2002年 |
1月 |
EU産業担当リーカネン委員、CESAレセプションでLNG船追加TBR調査の3月終了を示唆 |
2月 |
KSA、LNG船追加TBR調査に関する意見を発表 |
大手弁護士事務所を起用してまとめたレポートで、問題とされている韓国の助成とEU造船業の業況の間には何の因果関係もないと主張。 |
これを受けて、WTO提訴回避を目指し、船価改善策を探る二国間協議が再度開催されたが、約15%の船価改善を求めたEUに対し、韓国は7〜8%を主張し、交渉は決裂に終わり、EU閣僚理事会によるWTO提訴・暫定助成措置の決定を待つばかりとなった。
しかしながら、WTO提訴についてはEU加盟国内で意見の一致が見られたものの、暫定助成措置の導入をめぐってEU域内の意見が二分した。大手造船業を抱え、造船業保護に積極的なイタリア、スペイン、ドイツなどは暫定助成措置の導入を求めているが、暫定助成措置によるEU域内の競争条件の歪曲化を問題視するオランダ、英国、デンマーク、スウェーデン、フィンランドが反対を示している。これらの国々は、各国の産業助成に関する基本政策や財源の違いから生じる助成強度の差異が域内の競争を歪めること、韓国と競合する大手造船所が助成を獲得することで、中小造船所が助成なしでしのぎを削っている特殊船等のニッチな市場への進出のアドバンテージとなりうることなどを問題視している。
7月、10月、12月と三度、閣僚理事会に諮られながら、特定多数決(各国の投票に異なる重みを持たせた多数決方式)を得る賛成が集まらず、継続審議で議論先送りとなっている。
ECは、時間のかかるWTO手続き中の造船業保護をWTO提訴とパッケージとする方針を堅持しており、暫定助成措置を巡る域内の意見調整がWTO提訴の前提条件となっている。
現在の情勢で特定多数決の鍵を握る国はフランスで、現在の助成規則案では対象外とされているLNG船が対象に含められるならば暫定助成措置を支持するとしている。暫定助成措置の対象とするためには、TBR調査においてEU造船業が損害を被っていることを立証する必要があるため、現在、調査結果の見直しがECにおいて行われている。
TBR提訴から1年以上が経過したにもかかわらず、未だ結論を見ないことに対し、EU造船業界は苛立ちを示し、早急な問題解決を呼びかけている。
韓国の造船政策是正を求めたアクションが、皮肉にもEU域内の助成をめぐる対立で足踏みの状態となっている。この状態を打開するためには、暫定助成措置をめぐる意見調整の収束かWTO提訴と暫定助成措置の切り離しが必要であるが、現在までのところ前者に関する努力が続けられている。