第4章 フィリピン政府の海事産業政策の概要
4-1 造船業に対する政府の政策
4-1-1 Maritime Industry Authority(MARINA)
MARINAは新造・修繕を含む海事産業の規制と育成のために運輸通信省の外庁として設立された政府機関である。本機関の造船業に対する規制及び監督機能は、船舶建造、船舶修繕、洋上修理、舟艇建造、解撤事業者の認可におけるガイドラインを規定している行政命令第95号、新造・修繕ヤードの運営を規定している大統領令第1059号、フィリピン籍船やフィリピンで登録された船舶の修繕にあたりMARINAに登録された国内造船所の利用を義務付ける大統領令第1221号に基づくものである。
これらの法令に基づいて、MARINAは船舶建造及び修繕事業者に対するライセンスの発行や更新、事業者の事前資格調査、年次検査の実施、建造・改変・仕様変更のための設計図や仕様の承認、船舶の定期検査、フィリピン籍船の修繕が国内造船所で実施されているか監督することなどの業務を遂行している。
国内造船業にとって最優先事項は国内の新造需要を喚起し、修繕やメンテナンスのための設備能力を補強し、国内造船所の既存設備や技術を増強することである。国家開発における同産業の重要性を考慮して、同分野の発展を加速するため、MARINAはフィリピンを東アジア地域における主要な造船・修繕センターへと変換することを目的に、中期開発計画を策定した。目的達成のために、MARINAは関連する民間企業とともに以下のような方針を打ち出している。
・ 造船業の成長と持続的発展に寄与する政策と法令の発令を通じて政府主導で進める。
・ 現在及び将来必要とされる海事産業の需要に見合った海事産業パークの開発を促進する。
・ 海外投資家への投資優遇を通じて国内造船事業者との合弁事業を奨励する。
・ 産業全体に対する包括的な奨励プログラムを提供する。
・ 資金提供者に対する有利な環境を整備する。
・ 鉄鋼・製鉄業などサポート産業の発展を促進する。
・ 研究開発のための技術能力を高める。
・ 包括的な市場開拓プログラムや情報ネットワークを確立する。
4-1-2 投資委員会(Board of Investments : BOI)
投資委員会は、自ら策定した投資優先計画に含まれる内航及び外航海運(船舶の傭船を除く)を含む海運会社や造船所の近代化など船舶の効率的運用に必要となる設備に対し、優遇措置を提供することにより投資を規制・促進することに責任を持つ。
投資優先計画では、投資委員会に登録された船舶の購入や付随するスペアパーツ・機器類の輸入に際し、輸入税が免除されている。また設備拡張や近代化を企てる造船所は、所得税免除や税額控除、課税所得の減免等を含む優遇措置を享受することができる。
4-2 内航海運政策
フィリピンでは2000年を目処に新興工業経済国家(NIES)の仲間入りを目指して経済・社会改革を進めているが、その一貫としてMARINAでは海運業振興のため以下のような施策を講じている。
4-2-1 規制緩和及び自由化
同国の内航海運は、1936年に制定された「Public Service Act」によって公共輸送手段に指定されて以来、厳格な政府の監視のもとに免許規制や運賃決定が行われてきたが、現在次のような規制緩和により競争原理を導入し、その活性化が図られているところである。
・独占航路の他社への開放
・弾力的航路運営の容認
・運賃体系の見直し
・海外から船舶取得に係る船型・船齢制限の撤廃
・海事行政の簡素化・迅速化
4-2-2 税制・財務優遇措置
1987年以降、舶用機械、スペアパーツや貨物取り扱い設備に対する輸入税の免税措置は、投資委員会(BOI)により管理されている投資優先計画(IPP)に基づいて内航海運業にも適用されるようになった。表2-17のとおり、1990年から98年までの間に内航海運会社による159隻の中古船取得に投資優先計画の適用が承認され、96年までに取得された船舶の構成は一般貨物船が33.5%、RORO船が25.3%、タンカーが11.6%を占めている。
表2-17 投資優先計画の適用により取得された船舶の推移
年度 |
隻数 |
平均船齢 |
総トン数(GRT) |
購入金額(US$) |
1990 |
12 |
18.5 |
5,300 |
24,804,000 |
1991 |
22 |
16.0 |
27,064 |
17,102,000 |
1992 |
23 |
18.4 |
70,812 |
51,528,000 |
1993 |
21 |
14.8 |
50,477 |
49,485,000 |
1994 |
25 |
11.2 |
39,548 |
44,010,000 |
1995 |
19 |
12.9 |
30,159 |
38,911,000 |
1996 |
24 |
10.6 |
51,529 |
72,383,400 |
1997 |
12 |
12.3 |
3,388 |
9,671,866 |
1998 (1〜6) |
1 |
1.0 |
145 |
1,150,000 |
総計 |
159 |
14.06 |
278,423 |
309,045,266 |
出所:MARINA(Maritime Industry Authority)
残念ながらこの投資優先計画の適用は1999年12月末で終了することとなったが、この優遇措置を補完する意味で、1995年よりフィリピン内航海運近代化計画に対してOECFの円借款資金が導入されることとなり、第1期事業規模の150億円は内航海運会社による船舶建造や中古船購入でほぼ使い果たされ、事業規模200億円の第2期円借款の交渉が進行中である。第2期では特に地方周辺部で利用されている木造船をFRP船に代替することに焦点があてられている。
4-2-3 航行安全面の強化策
フィリピン政府は海難事故が多発している内航海運における安全面の改善にも力を注いでいる。このため政府は船舶の安全性向上、船員の技能レベル向上、航海機器の整備に焦点をあてて、船級協会による認定基準の整備、フィリピン商業海事法の見直しと改正、船員の資格制度導入と教育機関の質的向上を目指すとともに、海事安全改善計画に基づいて18次円借款事業として資金が拠出されたことにより、マニラ−セブ航路における灯台、航路標識の復旧などが行われている。
4-3 造船業関連団体及び協会
4-3-1 フィリピン造船・修繕事業者協会(Philippine Shipbuilders & Repairers Association : PHILSAR)
フィリピン造船・修繕事業者協会は、国内造船・修理業の育成のために結成された組織で、同協会は、会員企業間の緊密な協力関係を維持発展させるための研究会の開催、海運及び造船業に関する情報収集及び会員企業への配布、フィリピン政府機関への政策提言、海外の団体との協調的国際関係の樹立などの活動を通じて、造船業全般、とりわけその会員企業の発展に寄与することを目的としている。
4-3-2 フィリピン航海技師協会(Philippine Association of Naval Architects & Marine Engineers : PANAME)
フィリピン航海技師協会は、航海技師の専門職としての位置付けを高め、また、造船および修繕の方法を近代化するスキームを提案するために設立された。協会ではさらに、航海中の人命や財産の安全、海洋環境の保護を促進するための現実的な基準の策定についての調査も行っている。協会の目的は、政府および海事業界との協力の上、海事保全トレーニングプログラムを策定し、業界の安全意識を高めることにある。
4-3-3 フィリピン船舶登録局(Philippine Register of Shipping : PRS)
フィリピン船舶登録局は、あらゆる種類の船舶や構造物(Contrivances)の設計、建造および検査に関する規則・基準を制定、開発、管理する部門である。船舶登録局では、定期的および特別調査、PRS分類による船舶の証明書の発行および失効日のチェック、他の海事関連政府機関の業績評価などをフィリピン政府あるいは外国政府の許可によって実施する。
4-4 造船業界の展望
4-4-1 造船部門の開発
政府は船舶のスクラップ&ビルト、船舶建造融資計画、内航船近代化計画等のプログラムを積極的に推進することで、新造需要と船舶解撤の能力が徐々に増大することを期待している。短期的なビジョンでは、5,000GTまでの小型船の建造に焦点があてられ、その後50,000GTクラスの中型船建造が可能な能力の増強を図る。
4-4-2 修繕事業に対する需要増大
船舶修繕に対する需要は今後益々増えることが期待される。東アジア地域における海運活動の増大とともに、特に老齢化しつつある内航・外航船舶に対する修繕需要が増大するであろう。しかし、中国における修繕能力が急激に伸びており、競争は激しくなると考えられる。
4-4-3 外国の技術援助プログラムと外国投資の機会増大
「フィリピン2000」の計画に沿って、造船業発展に向けた新たなアプローチが試みられている。造船業の発展を加速することで、海外造船事業者との合弁事業や技術提携が促進され、最新造船技術の取得が可能となる。既にMARINAには、海外からの投資案件が数件寄せられている。
4-4-4 船舶研究開発センターの設置
造船業の発展には最新技術と生産性向上が不可欠である。運航システムや機器の不足、国内造船所の建造・修理能力の低さ、舶用機器や熟練された船員・造船技術者の不足などの問題は、恒常的な最新技術の導入と人的資源の訓練を通じて解決されうる。政府は船舶や舟艇の設計基準の開発を進めており、その中でも最優先の分野は現在フェリーや漁船で利用されている木製船体をアルミやFRPなどの素材に転換するための設計技術の開発である。
4-4-5 造船部門の優遇助成策
前述のように、国内で資材を調達できないことは、フィリピン造船業界の抱える問題となっているが、それに対応する1つの方策として、国内造船所に対する舶用機械、機器類、資材、部品の輸入関税免除、付加価値税の免除、税額控除期間の供与などの優遇措置をとっている。