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2.中国のミサイル実験の合法性
 次に、海洋の軍事演習と武器テストで海空交通に重大な影響を与えた問題の例として、1995年7月8月及び翌1996年3月の台湾周辺でのミサイル実験の合法性を概観する。
 
 金門島(Quemoy)は中国大陸沿岸にあるが、1949年から台湾の支配下にある。その南60マイルのChou Shan島で1994年9月と10月に、中国人民解放軍が、空陸海三軍の合同演習を行なった。又、1995年7月21日から26日の間には台湾の北方約85マイルの区域に一連の核弾頭装備可能で移動式の弾道弾ミサイルのテストとして6回撃ち込んだ。同年8月15日と25日にも、第2回目のミサイルのテストを繰り返した。11月の台湾で最初の民選総統選挙直前に、台湾侵攻を想定した陸海空合同の大規模な上陸演習を敢行した。翌年3月9日には陸対陸誘導弾道弾ミサイルM−9三発、一発は基隆近くの着弾予定区域(splash zone)に、二発は、高雄(Kaohsiung)西の着弾予定区域に、を発射した。3月13日に4発目のミサイルが高雄近くの着弾予定区域に撃ち込まれ、3月12日から20日にかけて台湾海峡南部で2,390平方マイルに亘って軍需品補給演習(live ammunitions war games)を実行した。3月18日から25日にか けては、中国沖の台湾支配下の二島、馬祖島(Matsu)とWuchuの間を中国軍が軍需品補給演習(ammunition exercises)を実行した。3月23日には総統選挙が終って、李登輝氏が初代民選総統に選ばれた。その二日後に、中国は軍事演習の完了の声明を出した。この演習の規模は、台湾の一時的封鎖に匹敵するとも評されたものであった(Yan-huei Song, China's Missile Test in the Taiwan Strait,23, Marine Policy, 1999, pp.82-83)。
 
 一国が海上で武器の実験を行なう際には、それが引き起こす恐れのある損害の危険を避ける為に必要な全ての手段を執る必要がある。輻輳した航路、漁場、航空路或いは大都市に近い海面を実験場に指定する例は少ない。実験武器には実弾ではなく、疑似砲弾を装着しなければならず、実験に先立って実験の場所、規模及び継続時間を正しく公知しなければならない。更に重要なのは、実験の目的で、武器の効果や正確性を試すものでなければならない。
 
 中国が、曾て南太平洋で行なったICBMミサイル実験は、公海上での合法な試験の一例と見られるが、これでも日本により問題とされた。公海で日本の漁民が持つ漁業の自由を犯すというのである。
 
 ここで取り上げる問題の中国のミサイル実験は、公海における武器実験を行なう要件を部分的には充たしている。例えば、公の予告(public notice)をした事、発射時刻を午前一 時にした事、弾頭が模擬のものである事等である。しかし、合理性の基準を充たしていない為に国際法に違反している。第一に、中国の指定した二つの着弾予定区域の場所について、合法と支持する事は難しい。中国は1995年の7月と8月の2回に亘って東支那海で実験を行なっているが、着弾予定区域から台湾北岸までの距離は54海里(100キロ)強であったが、1996年3月のテストの時には東支那海の着弾予定区域と台湾との距離が僅かに19.02 海里(35.19キロ)しかなかった。台湾海峡南端の着弾予定区域と台湾南岸 との距離は28海里(51.8キロ)しかなかった。単に海岸と近いだけではなく、台湾の主要都市、港、航路、航空路線、漁場及び石油掘削地点とも近かったのである。1996年3月5日には台湾の国営石油会社は、着弾予定区域から12キロしか離れておらず、高雄からも近い油井の掘削停止と全従業員79名の引き揚げを決定した。高雄も基隆も漁港且つ海港でもある為に、台湾の沿岸漁業と海運は多大な影響を受けた。更にその上にこれらの二つの着弾予定区域は、原子力発電所3ヶ所に近く、核惨事を 引き起こす危険も大きかった。第1号Chinshanは海岸から25キロで基隆に近く第2号も基隆に近い。第3号Hengchunは高雄に近い。中国は1995年7月のミサイル実験で、発射した6発の内1発は、目標地点から実に320キロも逸れたとの報告がある。この様に、実験には正確さを欠いている為に、或いは大惨事になりかねなかった。
 
 もっと重大な事には、中国のこの実験の本来の目的がミサイルの有効性さ正確さを発達させたり立証する事にはなくて、中国の要求を台湾が受け入れなければ武力を行使するという威嚇をする事にあった点である。香港で発行されている「Sing Tao Jih Pao紙」は中国のミサイル実験の予告の一日後で次の様な記事を載せた:
 
「本土の軍[中国人民解放軍]は台湾の独立を止めさせる為には軍事的手段を執る決心をしている(is to determined to take military means)。……その理由は李登輝(Li Ten-hui )が絶えず中国を挑発し、分裂主義に踏み込んだからである。…家の中に狼を呼び込み(inviting a wolf into the house)、合衆国に頼んで空母ミニッツを台湾海峡を通過して貰い、その武力を中国に見せ付けて貰っている。…空母ミニッツの台湾海峡通過は重大な挑発行為である。空母ミニッツが台湾海峡に来たからには、中共軍は戦争を戦い抜く準備をしなければならない。」
 
 ミサイル実験の始まった1996年3月8日に中国紙に再び、このミサイル実験が台湾を軍事的に封鎖(blockade militarily)する中国の試み(attempt)であると報じた。この記事は、将来の軍事演習では着弾予定区域の数が増やされ…(台湾)全島に海空の緊密な封鎖が形成されるという軍事専門家の見解を紹介している。1996年3月5日と9日に中国中央軍事拡大委員会が開かれ、ミサイル実験の目的を「台湾独立を抑制し、中国の国内問題である台湾問題に外国軍が関わる事に警告を発する事にあると定義した」。従ってミサイル実験が、台湾に対する武力の行使の準備であり、武力による威嚇である事に疑いはない(Yan-huei Song, China's Missile Test in the Taiwan Strait, 23, Marine Policy, 1999, pp.97-9 9)。
 
 1952年10月の国連事務総長の「侵略の定義問題に関する報告」は武力による威嚇の如何について: 
 
 「これは、一国がその意志を他国に強制する(force)為に、当該他国に対して武力を行使す ると威嚇するときに起こる。この威嚇の最も典型的な形は最後通牒であって、通牒が発せられた相手国に対して出された要求を受け入れる期限が与えられ、要求を拒否した場合には、宣戦布告が行なわれると通告される。しかし、武力行使の威嚇が、此れ程粗野に且つ露骨に行なわれるとは限らない。時々、隠蔽された(veiled)威嚇が行なわれ、極めて効果的であるのに、発見が困難な事がある」。
 
 台湾が法律上の(de jure)国民国家であれば、中国が国連憲章を侵犯した事に間違いはな い。中国は国連憲章第二条四項の禁止の拘束を受ける。国連総会決議第2936は「全ての形態における武力の行使と威嚇を否定(renunciation)」しているが、中国のミサイル実験は、この宣言にも反する。
 
 中国の見解では勿論ミサイル実験は、国際法に反する事はなく、領土保全を図る為のものとされる。台湾は中国の一部であり、台湾問題は、中国の国内問題とされる。
 
 合衆国や西洋の国々は、中国の根拠に与(くみ)しはしないと思われる。ロンドンのタイムズ紙は、1996年3月19日の記事で:
 
 「中国の台湾脅迫は海洋法を踏みにじり、米中合意に違反している。平和的手段のみによる統一を目指す一つの中国政策の追求を約したのが米中合意だからである。又1979年の米台関係法の下で、西太平洋地域の平和と安全に対する脅威と見做される。台湾の地位とは無関係に、台湾が内政問題だとする中国の主張は、危険でナンセンスである。中国の主張の見掛上の根拠は、台湾が法的に独立国でないから、統一目標に…邁進しなければならないという事である。しかし、台湾の経済に打撃を与える恣意的な目的の為に、部分的封鎖をする違法性阻却事由にはならない。増してや台湾史上最初の民主的な総統選挙を妨害する理由にはならない」と述べている(Yan-huei Song, China's Missile Test in the Taiwan Strait, 23, Marine Policy, 1999, p.99)。








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