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エピローグ
 フェルナン・ブローデルは、その著「地中海」で、地中海を形作った様々な主体、地理、気象・風土、民族・文化、政治、文明、経済・通商、資源、戦争、といったものについて、それぞれに特有の時間尺度に当てはめて分析し、それらの変化の周期の重なりが織り成した結果としての地中海の「歴史」を描き出している。歴史を回顧し将来を展望する場合、同じ時間尺度を用いることは必ずしも適当ではない。海洋世界については、海運は20年くらいの単位で動き、安全保障環境は50年ほどの間隔で変化し、国際関係の推移もほぼそれに応じ、その間、国家の海軍・海洋戦略は20年くらいで変化しているように思われる。国家の海洋観の変化といったものを見るには、200年くらいのスパンが必要だろう。海洋世界のパラダイムは500年から1000年のレンジで変化している。海洋を巡る問題の本質を探り、その解決策を講じる場合、主体、客体、環境、背景など、問題に関わるすべてを変数として捉え、それぞれの変動の時間尺度を見積り、それら周期がどのような波形を創り、あるいは同調するかを見極める必要があるだろう。
 
 1274年、1279年、1281年、1298年、1492年、1498年、1890年、1945年、1994年と並べた年数列を見て、何を思い浮かべるであろうか。1274年は「文永の役」があり、その年、マルコ・ポーロが元の大都に辿り着く。1279年は南宗が滅亡し、元がその水軍を手に入れる。1281年はその南宗の水軍を主体として「弘安の役」が起きている。マルコポーロが海路イタリアに戻り、ほぼ20年後の1298年に「東方見聞録」が世に出る。それから200年後の1492年に、「東方見聞録」に魅せられたコロンブスがアメリカ大陸に至り、1498年にはヴァスコ・ダ・ガマがインド洋航路を啓き、大航海時代を迎える。「自由の海洋世界」が始り、その400年後の1890年にマハンが「海上権力史論」を著し、シーパワーの概念が認識され、450年後に海上における最大の覇権争いであった太平洋戦争が終結し、500年後の1994年、国連海洋法条約が発効し「管理の海洋世界」となった。1274年から10年程の脅威は元の拡張によってもたらされ、それが200年後に大航海時代を促し、それから400年後にシーパワーの意義が海洋国家共通の認識となり、その50年後に日本は新たな形の戦争に加わることになった。
 
 海洋の安全保障の在り方については、「冷戦の50年間」や「自由の海洋世界の500年」に縛られることなく、人類と海洋とのダイナミックな関わりの歴史の流れ中で叡智を巡らすことが必要であろう。








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