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はじめに
 世界のシーレーンの現状、および保安上の問題を国レベル、またはグローバルレベルで論じる上で、地球表面の2/3以上を網羅するシーレーンの問題が、なぜ単に船舶や積荷の日常の運行という問題だけではあり得ないのか。統計だけに惑わされず、本質をよく理解することが大切である。
 
 グローバル経済の大動脈として、シーレーンはグローバリゼーションの恩恵を世界の隅々まで配分する役割を担っている。地球上の隅々まで到達しているという意味において、これは間違いなくインターネットを連想させる。この10年間、インターネットは世界中の注目を集めたグローバリゼーションという現象の中核として位置づけられ、やや大げさとも言える扱いを受けてきたようであるが(そしてこの現象は21世紀に入ってもしばらくは続きそうであるが)、日常生活へのインパクトという意味において本当の改革をもたらしたのは海上輸送のグローバリゼーションである。
 
 グローバルな視野から眺めると、インターネットは依然として小企業の規模を脱していない。なぜならインターネット利用者は米国の人口よりも少なく、アフリカ大陸全体から電話をかき集めてもマンハッタンの電話台数にもおよばないからである。これとは対照的に、地球上の全ての人々が日常的に恩恵を受けているごく一般的で、かつ簡単な「コミュニケーション」技術が存在する。その技術は、電話やスーパーマーケットから遠く離れた地域でも必ず何らかの形で人々の生活と密接に関わっている。それがコンテナ輸送である。この地球上でコンテナで運ばれてきた物資と日常的に接していない人はほとんどいないはずである。
 
 コンテナ輸送が市民生活におよぼしたインパクトについて、Paul Fisher氏はDaily Telegraph紙の社説で次のように雄弁に語っている。
 
 1955年にコンテナによる輸送が導入されて以来、国際貿易はグローバル経済の2倍以上の速さで成長を続けてきた。コンテナによって流通が効率化し、物品の小売り価格に占める海上輸送経費の割合が劇的に低下した結果、自由貿易に新たな潮流が芽生えた。人々の生活様式を本当に変容させたのは情報経済ではない。本当の変化をもたらしたのは海上経済の加速である。確かにコンピュータの登場は過去の手法からの脱却を加速させた。しかし、原動力はあくまでも製品の安価な海上輸送である。
 
 最新の海上運輸の巨大システムについては、プリント基板上の電子回路の仕組みと同じ程度しか一般には知られていない。コンテナはインターネットのWeb空間と物理的にも多くの類似点があるため、この他にもいくつかの比較が成り立つ。まず、コンテナ輸送では物資は規格化されたパッケージに梱包されて運ばれる。これはインターネットのメッセージに相当する。コンピュータではデータは半角1,500文字の情報パケット単位でやり取りされるが、段ボールに梱包された部品や消費者向けに梱包された最終製品は、さらに長さ6メートルのユニット(TEUとも呼ばれる)に積み込まれる。効率的なグローバルネットワークを通じて多種多様なコンテンツが大量かつ安価に輸送されるようになったという点で、コンテナとインターネットは一致している。1
 今日、世界のシーレーンで起きているさまざまな変化については、19世紀末にすでにその概要が記されていた。これはU.S. Naval War Collegeの著名な教授であったRear Admiral Alfred Thayer Mahan氏が海軍力と地政学に関する講義用として1896年に作成したテキストThe Influence of Sea Power Upoin Historyの中で述べられている。当然の事ながら、当時と現在では海洋輸送も地政学も確かに劇的な変容を遂げている。しかし、彼が投げかけたメッセージ -- すなわち国防政策の方向性を打ち出す際に、国家の繁栄と国際的地位の鍵を握るのは世界のシーレーンで、これを確保することは必要不可欠であるというメッセージは世紀を越えて今日も生き続けている。








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