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IV. 二次検査
 「海の健康診断」における二次検査は、一次検査で“不健康”と評価された場合に、本当にその項目について対象海湾が不健康であるのか調査する再検査と、やはり不健康であると診断された場合の原因究明を目的とした精密検査から構成される。
 これらの調査は、現地調査・化学分析等を含む専門的知識および技術を必要とする項目が含まれるため、調査計画の立案および実施については、各方面の有識者もしくは調査設備を有する専門家の協力を得ることが望ましい。
1. 再検査
1.1 生態系の安定性を示す項目
1.1.1 分類群毎の漁獲割合の推移(生態−1:生物組成をみる項目)
 構成比を変化させた分類群に含まれる魚種毎の漁獲高推移から、構成比を変化させるに至った魚種を特定し、以下の条件に該当するかどうか調査を行う。条件に該当しなかった場合は、“不健康”として、精密検査に進む。
(1) 浮遊系魚種
 浮魚類については、対象魚種の生活史を調べ、海湾内で再生産する種か、成魚の段階で外海から移入する種かを特定する。外海から移入する種の場合は、海湾内の環境変動より、移入量の変動の方が漁獲高に大きく影響すると考えられる。その他の生物の漁獲高が大きく変動しておらず、海湾内の生態系の安定性に大きな影響を及ぼしているとは考えにくい場合は、“健康”と診断する。
(2) 底生系魚種
 他の生物の漁獲高が大きく変動しておらず、底生系の魚種の漁獲高のみが増加している場合は、生態系の安定性に大きな影響はないと考えられるので、“健康”と診断する。
(3) 海藻類
 他の生物の漁獲高が大きく変動しておらず、採藻類の漁獲高のみが増加している場合は、生態系の安定性に大きな影響はないと考えられるので、“健康”と診断する。
 
1.1.2 生物の出現状況(生態−2:生物組成をみる項目)
 生物の生息状況を把握するための一次検査は、目視で確認できるくらいのサイズの大きな生物を抽出してあり、あくまでも簡便法である。そこで、不健康であると診断された場において、専門家による現地調査を実施し、定量的に生物量を把握する(定量調査:コードラート、サーバーネット等を用いる)。調査時期は、より詳しい生物生息状況を把握するために4季、少なくとも夏季・冬季の2季に行うことが望ましい。調査地点や調査範囲は基本的に一次検査に準ずるものとし、例えばその調査範囲内の30cm×30cmという一定の面積に生息している生物を採取し、種の同定と個体数・湿重量を測定する。逃げ足の速い甲殻類などの生物は、一定の面積にどのくらい生息しているかを細かく把握することは難しいため、目視観察によっておおよその生息個体数を調べる(定性調査)。検査方法は一次検査で用いた生物チェックシートを再度用い、判定方法も一次検査に準ずる(生物チェックシートに記載された生物が生息していること)。評価基準を満たさない場合は、精密検査に進む。
 
1.1.3 藻場・干潟面積の推移(生態−3:生息空間をみる項目)
 一次検査で収集したデータを用いて二つのパラメータを算出し、海湾における消失藻場・干潟面積の影響の大きさを評価する。この評価値が小さい場合は、対象海湾に対する消失藻場・干潟の影響は小さいとし、この項目については“健康”であると診断する。
(1) 消失干潟の海湾全域に対する影響割合
 手法としては、一次検査で収集したデータを用いて藻場・干潟面積を整理しその推移を把握した上で、消失する藻場・干潟面積を次式のような割合として算定する。
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 1945年からの消失藻場・干潟面積の1945年における藻場・干潟面積に対する割合を(a)、一方、消失藻場・干潟面積の全湾面積に対する割合を(b)とすれば、(a)は海湾の中における干潟が有する機能の減少割合を、(b)は全湾に対する影響の大きさの割合を示している。再検査では(b)の値を用いて判断を行う。
 図IV-1には、一次検査の調査事例で用いた海湾の(a)、(b)の算定結果を示す。(a)から消失干潟面積の干潟面積に対する割合は大阪湾が最も大きく東京湾がそれに次ぐ。両湾とも1945年に比較して、およそ80%以上の干潟が消失している。(b)から大阪湾の消失干潟は全湾に対しては約0.1%足らずであり、もともと干潟面積が少ない海湾であることもわかる。一方で、東京湾では、全湾面積に対しておよそ8%の面積の干潟が消失していて最も大きい。さらに有明海は干潟面積に対しては20%程度の消失であるものの、全湾面積に対しては3%程度が消失しており、もともと干潟面積が大きい海湾で干潟の消失率は小さくとも全湾でみると広大な面積の干潟が消失していることがわかる。
 ここでは、消失干潟面積の全湾面積に対する割合(b)の値が1%未満ならば“健康”と診断す る。
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図IV-1 1945年からの消失干潟面積の干潟面積に対する割合(a)、全湾面積に対する割合(b)
(2) 消失藻場の海湾全域に対する影響割合
 同様に図IV-2には、1978年からの消失藻場面積の1978年における藻場面積に対する割合(a)、および消失藻場面積の全湾面積に対する割合(b)を示す。
 (a)から消失藻場面積の藻場面積に対する割合は大阪湾が最も大きく三河湾、有明海がそれに次ぎ、その大きさは、20〜30%程度である。また(b)からは、全湾に対する消失藻場面積は三河湾が最も大きく、有明海がそれに次いでいる。
 ここでは、消失藻場面積の全湾面積に対する割合(b)の値が0.1%未満ならば“健康”と診断する。
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図IV-2 1978年からの消失藻場面積の藻場面積に対する割合(a)、全湾面積に対する割合(b)
1.1.4 海岸線延長の推移(生態−4:生息空間をみる項目)
 この項目は生物の生息空間を評価するものなので、ある程度沿岸域の人工化が進行していても、生物組成項目(生態−1、生態−2)が健康であると診断されていれば“健康”であると診断する。
 
1.1.5 有害物質(生態−5:生息環境をみる項目)
 一次検査で調査対象とした5年間で基準値や判断値を越えた項目に対して、是正措置が施され、その後3年以上の間、基準値もしくは判断値を下回っている場合には、回復過程にあると判断して、精密検査は行わない。
 
1.1.6 底層水の溶存酸素濃度(生態−6:生息環境をみる項目)
(1) 貧酸素化の面積比率
 一次検査ではサンプル数で評価を行ったが、実際には調査地点の偏りにより正確な評価がなされていない恐れがあるため、貧酸素化の面積比率(貧酸素比率)を求め、再評価する。貧酸素化の面積比率が50%を下回るようであれば、この項目に関しては“健康”であると診断する。しかし、面積比率が50%を越えた場合は、“不健康”であるとし、精密検査を行う。
(2) 貧酸素水塊の継続期間
 上記の貧酸素比率は空間的な広がりを評価する項目であるが、貧酸素がどのぐらいの期間継続して生じているかも評価しておく必要がある。そこで、1年間のうちに上記の貧酸素比率が50%を超える月数を計数する。計数結果例を図IV-3に示す。
 この例から、東京湾では継続的に夏季を中心とした3ヶ月程度は貧酸素比率が50%を超えていることがわかる。1970年代後半から1980年代前半にかけては一時的に貧酸素水塊が現れる月数が減っているが近年はまた増加傾向を示している。
 伊勢・三河湾も継続的に3ヶ月程度は貧酸素比率が50%を超えており、1985、1986年は、貧酸素比率50%を超える期間が半年を越えている。
 大阪湾は、東京湾および伊勢・三河湾に比較して、貧酸素水塊が現れる期間は少ない。また1990年代に入ってからは改善されている傾向が見られる。
 周防灘および有明海は、貧酸素率が50%を超えることはほとんどない。
 ここでは、貧酸素率が50%を越える月数が1年間のうち2ヶ月以下で、生物組成項目(生態−1、生態−2)が“健康”であると診断されている場合は、“健康”であると診断することにする。
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図IV-3 1年間のうち貧酸素比率が50%を超える月数
図中のグラフで数字がない年は欠測年を示し、( )内の数字は12ヶ月のデータが揃わない年を示す。
 








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