(5) 底質環境(項目番号:物循−5)
(A) 調査趣旨
分解能力を超えた負荷が底層に蓄積し、底質の悪化や低酸素の要因となることから、底質は物質循環の指標となりうる。しかしながら、全国の底質を経年的に評価できるような既存の資料は、現在のところ簡単に入手することは困難である。
(B) 使用データ
対象海湾において現地調査を行い、データを取得する。
(C) 調査手法
(i) 調査器具
底質の調査は、採泥器(
生態−2参照)を用いて行う。1地点につき、少なくとも0.1m
2は底質試料を採取するようにする。
(ii) 調査地点
調査地点の設定は、海湾の規模にもよるが、少なくとも湾奥・湾央・湾口の3地点は行うようにする。一般的に、代表的な内湾では、湾口の潮通しのよい地点などでは砂質中心の底質となり、湾奥に近づくにつれて泥分が増加する傾向にある。従って、砂質中心のところと泥質中心のところとできるだけ多くの環境を抽出して地点を設定することが望ましい。
(iii) 調査時期
成層化して、底層の直上が貧酸素化し、嫌気的条件になっている可能性がある夏季(6月〜9月)に1回行うようにする。
(D) 調査結果の評価手法
「海の健康度」の評価基準は以下のよう設定する。
・底質の臭い及び色調に異常がないこと。
・生物がいること。
(i) 底質サンプルの臭気
硫化水素臭などは、底質が嫌気的環境になっていることが原因であり、一方、無臭は物質循環が正常に行われている証拠である。
(ii) 色調の違い
調査地点における本来の底質が呈しているべき表層の色調と、表層から数センチほどの内部の色調が異なる場合、一見、表面の物質循環は正常に機能しているように見えるが、内部では嫌気的環境になっている。
(iii) 生物の生息
有害物質が蓄積したり、貧酸素状態になって底質が悪化すると、生物の生息が困難となる。
これらの3つのポイントをチェックすることにより、評価を行う(表II-9)。ひとつでもあてはまる項目があれば、二次診断を行う。
表II-9 底質の一次評価チェックシート
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項目 |
評価基準 |
チェック欄 |
[1] |
臭気 |
硫化水素臭や、その他不快な臭いがする |
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[2] |
色調 |
表層は酸化層だが、底質を少し掘り返してみると、黒色の嫌気層が出てくる |
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表層そのものが、黒光りしたタール様の色調を呈している |
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[3] |
生物 |
多毛類・貧毛類のみの構成で、ほんのわずかしかみられない |
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生物がほとんどいない |
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生物が全くいない |
  |
(E) 注意点
底質の一次評価では、砂質も泥質も同じ評価基準を用いる。
臭いで判断することは、明確な基準を決めにくいので、調査を実施する人によって多少の誤差が生じてしまうことが考えられる。しかし、人間の嗅覚で明らかにおかしいと感じたときは×をつけるようにする。
(6) 底層水の溶存酸素濃度(項目番号:物循−6)
(A) 調査趣旨
本項目は
【生態系の安定性】においても評価項目とされているが、底層水の溶存酸素濃度は生態系における生物の生息環境を制限するのみでなく、
【物質循環の円滑さ】という視点からも分解機能が円滑に機能しているかどうかの指標としても重要となる。
(B) 使用データ
公共用水域水質測定結果および各自治体が実施している浅海定線調査を使用する。
公共用水域水質測定結果とは、水質汚濁防止法により義務付けられた自治体の公共用水域の水質調査であり、その公表も義務付けられているものである。調査対象の水質項目は多岐にわたり非常に多いが、同じ観測点では鉛直方向の観測層数が少ない。原則として月に1回程度実施されている。
浅海定線調査は、各自治体の水産部局において実施されている漁況海況予報事業の一部であり、沿岸域の定点観測を実施しているものである。調査項目は水温・塩分等であるが、一部DO等の実施も行われている。鉛直方向の観測層数が多いことが特徴であり、各自治体により実施頻度は異なるが、概ね月に1〜2回実施されている。
(C) 調査手法
公共用水域水質測定結果では上層・中層・下層という分類の仕方で調査を実施しているが、調査点の水深条件などにより全ての調査地点で全ての層の観測結果があるわけではない。ここでは、下層のデータのみを対象としてデータの整理を行う。一方、浅海定線データは、水温・塩分については、鉛直方向に細かく観測層をとっており、県によっては、水温・塩分以外の項目についても多層に観測を行っている。浅海定線データを用いる場合は最下層のデータを対象として整理を行う。
調査手法としては、溶存酸素濃度の全湾平均値を算定しその経年変化を把握するとともに、貧酸素水塊がどの程度の広がりをもって存在しているかを評価することが必要であり、貧酸素水塊が海湾の面積に占める割合を算定する。ただし、ここでは次式に示す手法で簡易的に貧酸素水塊が占める割合を算定するものとする。
【生態系の安定性】の面での検討項目の際は貧酸素の定義を生物の生息が危ぶまれる3ml/Lとして貧酸素比率を算定したが、ここではこれに加えて無酸素比率(Oml/L)の割合を算定する。ただし、分析の定量限界値が0.5mg/Lであるのでここではこの値を用いる。
(D) 調査結果の評価方法
夏季の底層においては頻繁に貧酸素水塊の発生は認められる。貧酸素水塊においても長期や広範囲に生じれば非常な問題となるが、無酸素水塊の場合は貧酸素水塊よりも深刻な状況をもたらす。そこで、「海の健康度」の評価基準は以下のよう設定する。
無酸素比率が0であること。(無酸素水塊が出現していないこと。)
(E) 調査結果の事例
図II-21には底層における無酸素比率の経年変化を示す。東京湾、伊勢湾および三河湾では夏季に無酸素水塊が発生していることがわかる。東京湾ではその割合は10〜20%程度であり、伊勢・三河湾では50%を超える年も見られる。
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図II-21 底層における無酸素比率(定量限界値以下のサンプルの割合%)
(7) 底生系魚介類の漁獲推移(項目番号:物循−7)
(A) 調査趣旨
漁獲という行為は、放置していれば海に溜まっていく負荷のうちの水産生物を人為的に取り除く行為で、海湾の物質循環の一経路である除去機能を表す指標となりうる。
(B) 使用データ
農林水産統計年報
作成機関: |
農林水産省続計情報部 |
入手方法: |
社団法人全国農林統計協会連合会へ注文する。 |
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社団法人全国農林統計協会連合会 |
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〒153-0064 東京都目黒区下目黒3-9-13 |
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TEL03-3495-6761 FAX03-3495-6762 |
使用データ: |
漁業地区別魚種別漁獲量 |
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(漁業地区別あるいは魚種別のデータがない場合がある) |
(C) 調査手法
使用データは最近10年間の農林水産統計の魚種別漁獲量である。
【生態系の安定性】の“生態−1 分類群毎の漁獲割合の推移”と同様に最近10年間の平均値と最近3年間の平均値を整理し、分類群毎に比較する。比較する分類群は、底生系魚介類とし、底魚、底生生物及び貝類とする。これは、浮魚は外海の資源変動に大きく左右され海湾の健康状態をみるためには不適当であるためである。底魚、底生生物及び貝類の分類は表II-10
表II-10 底生系魚介類(底魚、底生生物、貝類)の分類
底魚 |
上記、浮魚を除く魚類で同様に遠洋・沖合漁業で漁獲されるマグロ類やカジキ類は除外している。ヒラメ類やタイ類など。 |
底生生物 |
エビ類、カニ類、タコ類、イカ類、ウニ類やその他の水産動物。 |
貝類 |
アワビ類、サザエ類、ハマグリ類、アサリ類 |
(D) 調査結果の評価方法
「海の健康度」の評価基準は以下のよう設定する。
最近10年間の平均漁獲量と最近3年間の平均漁獲量を比較して、20%以上変化してないこと。
(E) 調査結果の事例
図II-22には底生系魚介類の漁獲高の推移を示した。これを見ると、東京湾、周防灘および有明海で漁獲高が激減しており、底生系からの物質の除去機能が阻害されていることが示唆される。またこれらの海湾ではいずれも貝類が著しく減少していることが見て取れる。
一方、伊勢湾と大阪湾の漁獲高は安定しているか微増している。
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図II-22 底生系魚介類の漁獲高の推移