◎生活空間としての路地◎
ヒューマンスケールでできた都市改造以前からの街路は、まさに路地ということができるだろう。こうした路地に一歩足を踏み入れると、厦門の人々の生活をかいま見ることができる。
頭上を見上げると、洗濯物が風になびいている。そして、振り売りの独特な声が聞こえてくる。振り売りは、竹で編んだ二つの大きな籠に新鮮な野菜や果物をつめ、天秤棒で担いでいる。彼らは両肩を使いながら実に巧みに、そして軽快に路地をすり抜けていく。起伏に富んだ厦門の地形、狭い路地が彼らに天秤棒を使わせているのである。(写[9][10])
写真[9]路地に干された洗濯物…
幅二〜三メートルほどの改造以前の街路では、街路上に物干し竿や洗濯ひもを掛け渡し、洗濯物を干している。
写真[10]階段をのぼる振り売り…
厦門では振り売りが大活躍する。新鮮な野菜や果実を籠一杯に詰め込み、巧みに路地を徘徊する。
振り売りたちの目当ては当然、住人である。熱い日中こそ人影はまばらだが、夕方ともなると住人たちは路地に涼みにでてくる。路地に各々が小さなテーブルや椅子を出し、くつろぐ。快適な戸外に人が集まるのである。
戸外の生活空間を彩るのはお茶セットである。福建省といえば烏龍茶で有名だ。なかでも、厦門の人たちは鉄観音を好んで飲む。小さな急須に小さな猪口。熱くて濃いお茶をいれて飲む。気怠い厦門の気候から解放される。世間話にも花が咲く。そして、やってくる振り売りたちを冷やかす。(図[10]写[11])
図[10]お茶セット…
厦門の人は本当にお茶をよく飲む。お茶の入れ方は、まず急須に茶葉をたっぷりと入れ、熱湯を注ぐ。一杯目は飲まずに、すぐに流す。この時に、この湯で猪口を洗う。すぐに二杯目のお湯を急須に注ぎ、茶葉が開くのを待ってから猪口にお茶をつぐ。熱くて、濃いお茶はまるでエスプレッソだ。
写真[11]住民とやりとりする振り売り…
街路で涼んでいた住民も振り売りが来ると、彼らの商品を品定め。
路地にある雑貨店はコミュニティの中心を形づくる。狭い店内には所狭しと日用品やら食料品がずらりと並ぶ。店内には座る場所もなく、街路には覆いがかけられている。ここで店番をし、食事をし、休憩をとる。そしてなにより、この空間は近隣住民に開放された空間なのである。店先に置かれたテレビは近隣住民に娯楽を提供している。(図[11])
図[11]路上にあふれだす生活の風景…
この街路はかつて厦門の近郊を結ぶ主要な街路であり、街屋が並ぶ。階段が多く、自転車もかえって足手まといになる。現在でも歩行を中心とした生活が息づいているのである。なかでも、雑貨店は近隣住民の利用が絶えない。夜になると、勤め人が家の前にテーブルを出し、ビールを飲んでいる姿も見られる。
このようにヒューマンスケールでできた近代以前の街路には、住んでいる人たちの生活があふれだしている。住人が生活空間の延長として使うセミパブリックな空間になっているのである。人々の視線が常にあることによって、治安が保たれてもいるだろう。また、よそ者にとって入りにくい空間になっているのである。路地は住民の生活に欠かせない空間なのだ。そして、生活空間の延長として人々が積極的に外部空間を使うことによって、都市空間の質が高められているともいえるだろう。