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伊那谷における養蜂
岩崎 靖
 
 南アルプスと中央アルプスにはさまれた伊那谷は、谷の中央部を天竜川が南へ流れ下り、日本最大の断層、中央構造線が南アルプスの山中に一直線の谷を刻んでいる。人々の交流は、天竜川や山脈によって阻まれ、そのことが、伊那谷にニホンミツバチの多彩な養蜂文化を育くむ要因となった。
 現在、標高二七〇メートルの照葉樹林帯から標高一、一〇〇メートルの夏緑樹林帯にかけて、約四百名の養蜂家が千五百群を超えるニホンミツバチを飼育している。この標高差も、伊那谷に、その土地の自然環境を活かした多様な養蜂形態を生じさせる要因となっている。
 伊那谷では、おもに山間地の集落でニホンミツバチが飼育されている。図[1]は、その集落を示したものである。図中の★は、飼育者が集中している集落を表す。この★が密集している地域が、伊那谷におけるニホンミツバチ飼育の中心地である。
[1]伊那谷におけるニホンミツバチの飼育地
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◎三つの文化圏◎
 伊那谷の複雑な地形は、地域ごとに独特な養蜂形態を生み出した。その特徴は巣箱の設置方法にもっとも良く表れている。伊那谷では、縦型の巣箱を家の壁や樹木にとりつける「壁掛け型」([2])、縦型の巣箱を地面や架台に置く「縦置き型」([3])、横型の巣箱を地面や架台に置く「横置き型」([4][5][6])の三つに大別できる。
[2]壁掛け型II型(清内路村上清内路)一階と二階の軒下の外壁に、巣箱が取り付けられている。
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[3]縦置き型IV型(天龍村十久保)
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[4]横置き型V型(長谷村市野瀬)
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[5]横置き型VI型(大鹿村釜沢)
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[6]横置き型VII型(大鹿村儀内路)
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 さらに、巣箱の素材にも注目して細分すると、伊那谷からI型からVII型までの巣箱を認めることができる(検索表)。
 「壁掛け型」「縦置き型」「横置き型」の巣箱は、それぞれが面としての広がりを持って分布し、独自の文化圏を形成している([7])。伊那谷は、その地理的な条件から、人々の交流する地域とルートが限定されてきた。それぞれの型の巣箱は、ちょうど人々が交流する範囲と重なりあうように広がっている。他地域との交流が乏しかったため、それぞれの地域に独自の養蜂形態が伝承されているのである。三つの文化圏は、次のような地域から構成されている。
〈一〉壁掛け型文化圏 天竜川右岸の下伊那郡の西部山地。清内路村・阿智村・浪合村・阿南町新野および和合地区・天龍村神原地区
〈二〉縦置き型文化圏 天竜川左岸の下伊那郡南部の低地。泰阜村・天龍村平岡地区・南信濃村和田地区
〈三〉横置き型文化圏 中央構造線沿いの伊那谷東部山地。高遠町・長谷村・大鹿村・上村・南信濃村池口地区
伊那谷にみられる巣箱の検索表
I 果箱を縦にして利用する
1 家の壁や樹木にとりつける「壁掛け型」
i 自然木の丸太を利用する・・・I型
ii 板で箱を作る・・・II型
2 地面に直接置くか、または台の上に置く「縦置き型」
i 自然木の丸太を利用する・・・III型
ii 板で箱を作る・・・IV型
II 巣箱を横にして利用する「横置き型」
1 自然木の丸太を利用する・・・V型
2 板を利用する
i 板で桶を作る・・・VI型
ii 板で箱を作る・・・VII型








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