Bタイプ(正面全下屋付平入町家型)
切妻あるいは入母屋造桟瓦葺き平入で、大壁造漆喰塗り。主屋前面全てに1間半から半間の下屋を下ろす。坪庭はない。
伝統的町家Bタイプ 清水強家
Cタイプ(妻入町家型)
切妻あるいは入母屋造桟瓦葺き妻入で、真壁造。
伝統的町家Cタイプ 渕上家
Dタイプ
A〜Cタイプ以外のもの、つまり日本の伝統的町家ではないもの。明らかに戦後の建物、附属屋、さらに洋風建築がこの分類に入る。
Aタイプは規模の大きな町家に多く見られる形式で、調査地区内157軒のうち13軒あった。小規模な町家でも主屋が平入で上手に坪庭や門・塀をコンパクトに設けるものもこれに含んでいる。屋根形式が切妻造または入母屋造の違いは区別せず、平入であることに重点をおいた。
Bタイプは同じく平入で、上手の坪庭や門・塀を持たず、前面全てに一体の下屋が付く。下屋の深さは半間と浅いものがほとんどで、桁行規模は大きなものから小さなものまでさまざまである。26軒あった。
Cタイプは、A・Bタイプとは異なり妻入のものである。このタイプに大壁造漆喰い仕上げの建物はなく、すべて真壁であった。13軒あった。
Dタイプは、A・B・Cのタイプに当てはまらないもの、つまり伝統的町家ではないものである。
ただ、明治時代から昭和初期に盛んに建築された洋風建築もこのなかに含む。調査地区で洋風建築は1軒あった。洋風建築は、伝統的町家を考察する場合、比較できる同一の情報が少ないため、別にDタイプとした。しかしバラエティに富んだ特徴的な町なみを構成する要素として洋風建築は島原の顔のひとつといえる。
実測調査をおこなった家々
実測調査候補物件は、Dを除外しA・B・Cいずれかのタイプに属す町家、あるいは外観調査からある程度建築年代を推測しながら江戸時代、明治・大正時代、昭和初期の年代ごとを代表するような町家を選んだ。このなかで住民との調整ができて実測調査をした町家は14軒である。実測調査では、平面図、断面図、配置図、痕跡図などの図面を作成し、写真撮影、聞取り調査をおこなった。
このうち棟札・普請帳により年代が判明した町家は7軒、伝承により判明した町家が2棟あった。実測調査をおこなった町家は次の図表2のとおりである。
図表2 実測調査町屋一覧表
実測番号(台帳番号) |
建物名称〈屋号〉 |
所在地 |
年代(西暦) |
年代根拠 |
[1](91) |
宮崎康久家住宅の下手 |
白土町 |
大正6年(1917) |
棟札 |
[2](93) |
(資)山崎本店酒造場倉庫〈小松屋〉 |
白土町 |
弘化5年(1848) |
棟札
普請帳 |
[3](17) |
西川俊治家住宅くあめや〉 |
白土町 |
明治42年(1909) |
棟札
位牌 |
[4](20) |
本田亘家住宅〈塩屋〉 |
白土町 |
明治14年(1881) |
棟札 |
[5](99) |
本田智家住宅 |
白土町 |
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[6](118) |
樋口正郎家住宅 |
加美町 |
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[7](120) |
星野國盛家住宅 |
桜町 |
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[8](51) |
中山公家住宅の上手 |
桜町 |
明治18年(1885) |
棟札 |
[9](67) |
猪原金物店(猪原信明家) |
上の町 |
万延2年(1861) |
棟札 |
[10](140) |
ギャラリー絃燈舎 |
上の町 |
大正8年(1919) |
伝承
棟札 |
[11](141) |
清水強家住宅 |
中町 |
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[12](72) |
中野金物店(中埜昭利家) |
上の町 |
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[13](78) |
宮崎商店(宮崎祐一家)の下手 |
上の町 |
明治39年(1906) |
棟札 |
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同上 上手 |
上の町 |
昭和6年(1931) |
伝承 |
[14](155) |
保里川茂治家住宅〈平戸屋〉 |
上の町 |
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*西川俊治家とギャラリー絃燈舎は棟札はあるが建築年代の記がない。