4-6 今後の鉄道整備の基本的な方向
社会・経済の動向をふまえた上で、交通・鉄道輸送の課題を「利用者から見た課題」「事業者から見た課題」「社会的に見た課題」の3つの視点から整理し、近畿圏および地区別の現状と課題、過去の答申の検証、委員意見、並びに大きな流れである環境問題の顕在化、高齢化社会の到来等を踏まえ、今後の近畿圏の鉄道整備の基本的な方向を検討した。
(1) 交通を取り巻く社会・経済の背景
a) 人口動向(人口総数)
・ これまで右肩上がりで上昇してきた我が国の人口は2007年をピークに減少を始めることが予想される。
・ 近畿の常住人口は緩やかな増加傾向にあるが、伸び率は低下傾向にある。(人口分布・年齢構成)
・ 住宅立地の郊外化・通勤時間の拡大が進む反面、都心回帰の傾向もあり、人口分布に変化が見られる。
・ 高齢化率の上昇、若年人口比率の減少がみられ、年々少子高齢化の方向へ推移している。
b) 経済動向
・ 近畿圏の産業(商工業)は、近畿の地盤沈下による活力の低下や消費低迷により減少傾向にある。
・ 近畿圏の観光入込客数は増加傾向にある。
・ 近畿圏の地方公共団体の歳入額は平成7年をピークに落ち込んでおり、公共投資が圧迫される要因となっている。
c) 社会動向
・ 近畿圏においては関西国際空港、関西文化学術研究都市、大阪ベイエリア開発などをはじめとした大規模プロジェクトが順調に進捗しており、それに伴う鉄道をはじめとした交通基盤施設の整備がなされている。今後も近畿圏における大規模・広域プロジェクトに対応した交通基盤整備を推進し、近畿圏の都市の魅力を高める必要がある。
・ 近畿圏においては近年の経済の低迷により国内的にかつ国際的に見ても地盤沈下が著しいものとなっており、近畿圏の魅力と国際競争力を高め、豊かで快適な、経済活力にも満ちあふれた都市に再生することが求められている。具体的には、災害に対する脆弱性、交通渋滞などの「負の遺産」の解消とともに、交通基盤や情報基盤の整備など21世紀の新しい都市創造を進める「都市再生」の取り組みが求められている。
・ 国民の生活が豊かになるとともに、自動車保有率の上昇が顕著に表れ、交通手段分担も郊外部を中心に自動車交通主体へと変化している。
・ 自動車利用率の上昇の背景には、「ドアツードアで行ける」「早く行ける」「快適である」といった利便性の高さが挙げられ、交通に対する市民のニーズが質的向上を求めるものとなっている。
・ 自動車からの排ガス(二酸化炭素、窒素酸化物など)の増加は生活環境や地球環境に悪影響を及ぼす。地球温暖化が深刻な問題となっており、二酸化炭素の削減は国際的な要請となっている。また、自動車交通量の削減や沿道における大気汚染・騒音・振動への対策により、良好な生活環境を保つことが求められている。
・ 情報化の進展に伴い、就業形態に変化がおこるものと思われる。その変化の一形態として、SOHOの増加などにより通勤需要に影響が及ぶことが予想される。
・ ITSに代表される情報化を活用した交通システムの開発が進められており、鉄道においてもスルッとKANSAIやJスルーカードの導入により、利便性の向上が図られている。さらに、ICカードを利用した汎用電子乗車券の開発など、新たな技術の進展が見られる。
(2) 主体別に見た課題
a) 社会的に見た課題
○環境への対応
・ 自家用車への転換により、道路交通混雑や地球環境のさらなる悪化が懸念される。このため環境負荷の少ない公共交通への誘導を推進していく必要がある。
○都市機能の強化
・ 都心からのアクセス性=人口集中地区においても鉄道不便地域が未だ存在しており、これらの地域における公共交通サービスの充実を図り近畿圏の均衡ある発展に寄与する必要がある。
・ 広域アクセス=他の圏域との広域的な流動を円滑にするため、伊丹空港、新幹線駅等へのアクセスの向上を検討する必要がある。関西空港については近畿圏の各方面からの広域的なアクセス利便性も重要である。
・ 住宅立地の郊外化やニュータウン型の宅地開発と連携した公共交通サービスの向上が必要である。
・ 一方で、都市再生型の宅地開発などにより、都心への人口回帰も予想され、その中には都市の充実した医療施設や買い物利便性を目的とした高齢者が多く含まれると考えられるため、バリアフリーな公共交通サービスの提供及びまちづくりが必要である。
・ 災害時における代替性の高い交通システムとするためには、拠点間を複数のルートで連結する多重なネットワークを整備することに加え、異なる耐災特性を持つ多様な交通基盤を組み合わせ、それらの相互の結節性を確保する必要がある。
○社会経済の活性化の支援
・ 近畿圏は、経済・文化等、首都圏とならび独自の国際的、全国的な中枢機能を担うべく、大阪市、京都市、神戸市といった既存の3大都市核の機能強化を図るとともに、さらに臨海部、学研都市など新旧の複数の核を有機的に連携する交通基盤の充実が必要である。
・ 近畿の経済の立て直しを図るため、効率性の高い交通基盤の充実を図りながら、交流の活発化を促し、各プロジェクトをはじめとする産業活動の活性化に寄与することが必要である。
・ 近畿の観光入込客は増加傾向にあり、また、USJなどの新たな観光スポットも開発されていることから、広域交通施設と観光地、及び観光地間を連絡する交通施設を充実して、より多くの観光客を集客し、近畿の経済活動を活性化させることが必要である。
・ 近畿には国際的に見ても貴重な歴史・文化遺産が点在しており、これらを活用した観光ルートの創設などを通じて、近畿の特色を活かしたネットワークづくりが必要である。
○既存ストックの有効活用
・ 混雑緩和のために整備が行われた代替路線の機能が十分に発揮されないなど、これまで行われた鉄道への投資効果が必ずしも発揮されていないため、既存ストックの改良もしくは有効活用を図り、機能の向上を図る必要がある。
b) 利用者から見た課題
○鉄道の質的サービス向上
・ 近畿圏における鉄道サービスについては、古くから鉄道事業者間で競争関係にあったため、特に混雑率や優等列車の表定速度等に関しては東京圏に比べて比較的良質な鉄道サービスがなされている。しかしながら、多様化するニーズに応えるため、以下の事項について、さらなる質的向上を図る必要がある。
・ 快適性=輸送力増強や需要減少に伴い、主要区間における鉄道混雑率は、10号答申の目標水準である150%を下回っているが、一部区間では未だこれを上回るものもあり、また、列車種別毎や列車別に見ると目標水準を大きく超えているものもあるため、よりきめ細かな輸送計画に基づく輸送サービスの改善が課題である。
・ 速達性=地下鉄を中心として表定速度が遅い路線があり、また郊外路線においても特にピーク時において、表定速度の低くなる路線がある。駅での配線の見直しや退避線の整備などの線路容量の拡大等により、ピーク時においても高い速達性を確保する必要がある。
・ 定時性=鉄道は他の交通機関に比較しても定時性、信頼性の高い交通機関であるが、事故等による遅延が起きれば利用者に及ぶ影響も大きなものとなる。退避線の整備や効率の良い運転計画等により、定時性及び信頼性の高い鉄道網の構築が望まれる。
・ 価値観や生活時間の多様化に伴い、都市の活動時間は長時間化の傾向にあり、始発時刻の繰り上げや終発時刻の繰り下げなど、利用者ニーズに応じた輸送サービスの改善が望まれる。
・ 通勤・通学圏の拡大に伴い、人口増加地域と都心とを連絡する鉄道については、列車のスピードアップ、運行の増回、終電の延長等により、通勤・通学客の利便性を確保することが望まれる。
○輸送のシームレス化
・ 近畿圏は東京圏にくらべ相互直通運転が少なく、乗換抵抗の増加につながるため、相互直通運転の推進を図り、シームレスな鉄道ネットワークの構築を進める必要がある。
・ 鉄道の乗り継ぎ利便性=梅田・難波などの大規模ターミナルを起終点とする路線が多く、混雑した都心部での乗換を要している。主要乗換駅における乗換利便性の向上を図る必要がある。
・ また、近畿圏の鉄道路線は枝線が多く、枝線一本線間での乗換を要していることから、本線への直通運転が望まれる。
・ 他モードとの結節性=鉄道ターミナル間や他交通機関との結節、特に駅前広場整備の遅れによりバスとの連絡が弱いため、今後は鉄道とバス等を含めた公共交通ネットワーク全体のシームレス化が求められる。
・ 経済性=事業者間で異なる運賃、乗り継ぐ際の初乗り運賃の抵抗が大きいため、乗継運賃のシームレス化を図る必要がある。
・ 乗り継ぎや清算の煩雑な手続きの解消を図り、利便性、快適性の向上を目的とした共通プリペイドカードの利便性向上や汎用型乗車券のICカード化が望まれる。
○新たなニーズへの対応
・ 都市化の進展により、郊外の通勤・業務・自由目的需要が増える傾向にあり、都心と郊外との接続の利便性を図る必要がある。
・ 生産年齢人口の減少により、高齢者の社会進出が考えられ、バリアフリー対策を図る必要がある。
c) 事業者から見た課題
○需要の低迷による経営悪化への対応
・ 鉄道利用者数の減少が近年顕著に見られる。特に定期利用の減少が顕著になっており、安定した収入の確保が困難となるなど、経営への影響が考えられる。
(需要低下の要因)
マイカーの増加・少子化・若年人口の低下による通学需要の低下、生産年齢人口の減少による通勤需要の低下、産業の低迷による業務トリップの低迷、都心回帰による郊外需要の落ち込みなど
このため、需要構造に合わせた鉄道サービスの提供が今後重要と考えられる。
○今後のニーズに対応した施設整備の推進
・ 輸送需要の低迷・先行き不透明性により、大規模な先行投資が困難な状況にあり、社会的コンセンサスも得られにくくなっている。
・ バリアフリーへの対応などは、必ずしも事業者側に収益をもたらさない可能性があるが、今後の高齢社会の到来やユニバーサルデザインの考え方の普及などにより充実する必要がある。