3−5. 異常燃焼の予測
以上のように、今回4種の手法を用いて燃焼試験を実施したが、これらの4試験法は、燃料の着火遅れに起因する異常の予測手段として有効であることが解った。一方、低速ディーゼル機関の着火遅れは、機関自身に補正手段を内蔵しているので問題は少ない。注目すべきは、燃料の後燃えによってシリンダ油の蒸発や焼損が発生し障害を起こすことである。このような障害を予測するには、実機により近い状態で、燃料の噴射から着火、燃え切りまでの火炎挙動そのものを直接観察し燃料油とスカッフィング現象の関係をより単純化して捉えることができる「可視化定容燃焼装置による火炎の観察」が非常に有効である。そこで、火炎観察結果から燃焼特性を定量的に評価するため、下表2の通り「異常燃焼度」を「O〜3」段階で定義した。火炎の空間的及び時間的広がりを評価するために、観察用下窓に見える火炎の位置と、燃料噴射終了後の燃焼時間を指標として用い分類した。
表2 異常燃焼度の度合いと燃焼火炎の分析との相関
表2の定義による異常燃焼度は、先の表1−1に示す機関の損傷状況から推定した燃焼異常度と良い相関があり、燃焼障害の予測手法として有効であることが解った。
4.スカッフィングまたは異常燃焼の対策
過大磨耗を起こしたBFO−A,NYK−1及び本年度に集められたSampleは、燃料の燃焼性異常、FCC触媒等の異物の混入、またこれらの影響で燃料前処理機能が失われる事によって機関に障害を引き起こした。
その対策は、要因が数多くあると同様さまざまな方法が考えられる。図3−4−4の実機における後燃えのイメージを例に取れば、次のような燃料自身の改善、機関自体の対応或いは潤滑油に頼る方法等が思いつくであろう。
図4.対策と要因の相関
(1) まずこのような後燃えを起こす燃料を使用しないことである。これまでは燃料の燃焼がISOなどの世界規格に規定されておらず何の制約も無く実船に供給され傷害の引き金になっていた。舶用用工の今回の調査研究を契機に、燃焼性を含めた規格制定を急ぐべきである。
(2) たとえ燃料の性状が悪くとも、燃焼火炎がライナの摺動面の油膜を破壊することの無いような設計がなされた機関であれば、障害は発生しないかまたは軽度ですむであろう。最近新しく開発される舶用低速ディーゼル機関は、その主要目をみるとレベルアップの速度を加速こそすれ緩める気配は無いが、陸上でA重油を使用した短時間の確認運転では、就航後のC重油使用での種々の運転状態を評価出来ない難しさがある。
(3) 潤滑油の面からは高温特性が優れていれば多くの障害は防ぐことが出来る可能性がある。多くのシリンダ油が市場に出ているが、実際に使用してみて差が歴然と出る場合がある。しかし油メーカのカタログや資料を見ると、自社ブランドが一番優れているとしか読取れないものが多い。この一因は、シリンダ油の信頼性評価試験法が各社ばらばらであることに起因していると思える。まず評価法を統一し、それからグレードアップを計って欲しい。
(4) 燃料前処理の役割もまた大きい。燃料前処理を含むプラントの総合設計は、造船所にあるが、使用者の品質要望即ち仕様と機器の配置の調和を図っていく必要がある。
5.調査研究の纏めとISOへの提言
昨年度の研究結果では、燃料起因の機関障害を予測する試験方法として「燃焼火炎分析試験」「示差熱分析試験」や「FIA試験」が有効であろうとの見解が示された。
本年度に行った調査研究の結果、何れの方法であってもリング・ライナに過大磨耗などの障害を生じる燃料の燃焼期間は長くなり、障害と燃料の燃焼性とに相関のある事が証明された。
しかし、異常燃焼を予測する手段、即ち本研究の十分条件となりうる有効な試験方法としては、定容燃焼試験装置を用いた「燃焼火炎分析試験」が、精密な燃料噴射機構により燃焼状況を時間と火炎の広がりの視点から的確に捉え、主機の損傷に直接結びつく説明が可能で、最も高いポテンシャルを有していると見做せる。
最近の舶用低速機関は、それ自身に着火遅れを補償する機構を備えているものが多く、また、低速であるがゆえに、着火遅れに対する許容度が大きいことも相侯って着火性そのものに起因する障害は発生し難い環境にあると云え、燃料油に起因する障害としては、寧ろ燃焼後期の後燃え火炎によるシリンダ油の熱劣化、過大蒸発等がもたらす油膜切れが原因で生じると考えられているスカッフィング現象が、その多くを占めている。
かかる現状を考慮した場合、「FIA試験」は、主として燃料の着火遅れに主眼を置いた機器ではあるが、本年度の調査研究では、噴射から着火、着火から主燃焼の始まり、主燃焼期間そして燃焼終了迄の熱発生率を求める事を示した。これにより燃焼の全体像を把握する事が出来る「F IA試験」は、ディーゼル機関の燃焼障害を予測する上でバランスの取れた試験法といえる。
「液滴燃焼試験」は、液滴寸法を揃えることができ、高温大気圧下における単一液滴燃焼法は燃焼時間の簡易的な測定には有効な試験法であることが解ったが、実際の燃焼との相関は明確でなく、試験法としての定量的な評価を下すことは困難である。一方、アスファルテンの凝縮等特異な事象との関連については、今後興味ある試験法である。
「示差熱分析試験」は、第三領域の検討が進み、十分条件も満足していると認める事も出来る。ただ異常状態がダンベル燃料に多く認められる傾向にあったため、今後の追加試験で事例を増やす必要があろう。」
これに対し「燃焼火炎分析試験」は燃焼を可視化し、特に燃焼後期の火炎の挙動そのものを、より実機に近い状態で詳細に把握出来ることから、有効な試験方法として舶用工としてISOに提案する有効な試験方法の第1候補としたい。ただISOに提案するための条件である、資料サンプルの大きさとか、実験データの積み重ねなど、今後の課題が多く残されている。この点については、日本内燃機連合と協議の上進めて行きたい。
6.あとがき
国際物流の約90%を占め世界の暮らしを支える海運の中にあって、燃料経済性に優れた低速ディーゼル機関の役割は非常に重要である。しかし舶用燃料は、広範囲に利用され世界の何処でも入手可能であるが故に、流通過程を含めて品質が保証されているとは言い難いものがある。時として燃料に起因する障害を起こす。特に燃焼性に関するトラブルは、事前に予測しうる手法がこれまで定かでなく、その対応が望まれていた。
社団法人日本舶用工業会は、日本財団の補助を得て、2年に渡り調査研究を行った結果、燃焼の変化に依って機関に障害を与える燃料を予測し得る手段を確立した。詳細は4章によるが、これらの予測手段を活用する事によって、機関の障害の低減に役立つことが小委員会のプロジェクトに参画した全員の望である。
最後になりましたが、昨年度及び本年度に障害を起こした燃料のサンプルの収集にご協力下さった、機関各位に改めて感謝の意を表します。
追記:本調査研究の本年度実施内容と時期を下記する。
[1] 障害発生燃料の採取と移送 |
H12年4月〜11月 |
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[2] 調査船データ採取 |
H12年4月〜11月 |
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[3] 機関データの分析 |
H12年5月〜12月 |
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[4] サンプル燃料の一般燃料性状分析 |
H12年5月〜12月 |
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[5] サンプル燃料の燃焼火炎長撮影と解析 |
H12年5月〜12月 |
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[6] サンプル燃料の着火特性試験 |
H12年5月〜12月 |
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[7] サンプル燃料の示差熱分析 |
H12年5月〜12月 |
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[8] ISO(CIMAC)提案検討 |
H12年5月〜12月 |
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[9] データの総合解析 |
H12年11月〜12月 |
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[10] 取りまとめと報告書作成 |
H12年12月〜H13年1月 |
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平成13年度技術開発調査研究テーマ一覧表
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テーマ名 |
会社名 |
1 |
海水雰囲気中における表面被覆材 |
ミカロームエ業(株) |
2 |
ディーゼルエンジン運転時の黒煙排気対策 |
(株)ササクラ |
3 |
ディーゼル主機関における過渡時のスモーク・操船性改善 |
ダイハツディーゼル(株) |
4 |
小型交流発電機の高効率、低コスト化 |
大洋電機(株) |
5 |
舶用エンジン取扱説明書・電子化(実運用化) |
(株)新潟鉄工所 |
6 |
画像処理技術を利用したグランドパッキンの歪み分布測定方法 |
日本ピラー工業(株) |
7 |
舶用燃料油中のN分含有率とNOx排出値 |
日立造船(株) |
8 |
超音波による油水分離 |
兵神機械工業(株) |
9 |
環境に配慮した次世代FRP搭載艇製造方法 |
ヤマハ発動機(株) |