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シリーズ・市民のための介護保険
レンタル制度の理想と現実
福祉用具は「自立支援」に役立っているか?
未成熟な福祉用具レンタル市場を、市民の生の声で改善していこう
 
 福祉用具というと日本ではまだまだ敬遠されがちだが、家族の介護負担を軽減させるためにはうまく使いこなすのがコツ。しかし介護保険で福祉用具を活用する本来の目的は、「被保険者の自立支援のため」のもの。移動リフトの誤操作に端を発したある“事件”のてん末を追うと介護保険の根幹に触れる問題が浮かび上がる。
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レンタル事業者の様々な福祉用具カタログ
要介護4の老人がリフトから転落!
 介護保険で給付された福祉用具によって人身事故が起きている。今年1月27日午前10時10分、東京・世田谷区A町のBさんはヘルパーが操作する折り畳み式電動床走行リフト(月間レンタル料金1万5000円。ただし自己負担は1500円)から転落して負傷、入院した。そのてん末を介護保険サービス事故発生報告書から追ってみよう。
 C社のDヘルパーがBさんの「顔を拭き、口腔ケアの後、オムツ交換実施。介護ベッド横の手動リフトに移乗させ車イスに移そうと動かしたところ、つり具からスルリと抜け落ちて、板張りの床に後頭部を強打し、相当量の出血を見る。室内にはヘルパーと利用者のみのため、ヘルパーはあわてて隣家に出向いていた夫に通報、夫5分後に帰宅し、2人で本人をベッドに戻し、救急処置の後、119番通報する。救急車は近隣の救急病院F病院に到着。一時、血圧・脈とも弱まり危篤状態になるが、その後持ち直し2月7日退院となる」
 
どんな福祉用具が利用されているか?
売上高の高い品目、貸出数の多い品目
  売り上げ 貸出数
特殊寝台 90.8% 91.7%
車いす 88.2% 89.6%
特殊寝台付属品 65.7% 75.3%
褥そう予防用具 65.3% 65.1%
歩行器 31.8% 34.6%
スロープ 20.2% 16.6%
車いす付属品 15.6% 19.4%
手すり 13.6% 7.7%
移動用リフト 7.7% 2.5%
歩行補助つえ 7.5% 5.9%
体位変換器 5.4% 5.0%
痴呆性老人徘徊感知機器 1.8% 0.4%
(シルバーサービス振興会、対象:福祉用具貸与事業指定事業者2255社、2001年1月調査。売上高、貸出数の上位5品目を選択してもらった回答数の全体に対する割合)
 
 事故発生の数日後、事業者、Bさんの夫、ヘルパー、ケアマネジャー、管理者が事故状況を検証した結果、「つり具装着法の間違い」と確認した。事故の原因は「ヘルパーが遅れて到着」し、「Bさんとヘルパーだけの密室状態でリフト操作」をしたこと。事業者は家族に操作法を2度説明し、実際は家族の指示によりヘルパーが操作していた。
「器具の性格上、安全を確認しての正確な操作が必要であり、業者が行った操作説明はその第一歩であり、これを受けた人あるいはその指示のもとに操作する必要がある。今回の事件は、その基本から逸脱したものである」。直接の原因はヘルパーの過失であるが、「派遣されるヘルパーが変わることは常態化」しているだけに、ヘルパーだけを責めることは酷であろう。事業者としてはレンタル契約は「被保険者との直接契約だからヘルパー派遣会社に説明する義務はない」という。
 
移動用リフト。介護者の負担を軽減してくれるが使い方を誤ると事故につながりかねない
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欠落しているリスクマネジメント意識
 これは、操作法の説明を受けていた夫の留守に雪による交通渋滞で遅刻したヘルパーがあわてて単独操作したために起きた事故だった。全国から国民生活センターに報告される消費者相談や苦情から“介護保険事故”を洗い出している同センター主任研究員・木間昭子さんが昨年4月から12月までに把握した福祉用具事故は浴槽用移動リフト、ベッド、車イス、シャワーチェアなど7品目に達し発生件数は「予想以上に多かった」。密室の福祉用具事故は全国各地で起きているようである。
 世田谷区は、事故発生地域で営業するヘルパー会社の管理者研修会で報告し注意を促すという。またBさんにリフトを貸した福祉用具レンタル会社はこれを機に貸与契約書に加えて操作方法の説明確認書に利用者らの署名・捺印を求めるようにした。
 この事故発生報告書を作業療法士の資格を持つケアデザイナー・新田淳子さんに見せると、こう言い切った。「ここには危機管理の発想が欠落している」と。Bさんの状態は「要介護4」(同報告書)だった。福祉用具の操作はモノによっては極めてハイリスクな作業だ。福祉用具を使うか否かにかかわらず密室で行われる在宅介護の現場では危険がいっぱいのはず。にもかかわらず福祉の現場は他産業の現場に比べ危機管理の発想が希薄である。たとえば事故を起こした介護事業者のほとんどは「リスクマネジメントの基本である事故記録すら残していない」(木間さん)。Bさんの事故は一ヘルパーの過失というよりも危機管理システムの不在という介護保険の制度的欠陥によって起こるべくして起きたともいえる。
「自立支援」の理念はどこへ?
 さらに現在の福祉用具貸与制度には介護保険の創設の理念が早くも失われていると憂慮する声もある。介護保険法の基本的な骨格となった高齢者介護・自立支援システム研究会の報告書「新たな高齢者介護システムを目指して」の基本理念は「高齢者の自立支援」。それに基づき介護保険法は福祉用具を「要介護者等の日常生活上の便宜を図るための用具及び要介護者等の機能訓練のための用具であって、要介護者等の日常生活の自立を助けるためのもの」(第7条第17項)と明記している。にもかかわらず介護保険の対象となる福祉用具は「この理念が貫かれているものは少なく、大半は介護者の負担を軽減するものばかり」だと伊東弘泰日本アビリティーズ協会専務理事は指摘する。
 
低い「自立支援」に対する認識
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2001年3月、日本生活協同組合連合会「介護・福祉用具に関する意識調査」(全国の生協組合員で40歳以上の男女1000人。調査時点2000年12月〜2001年3月。回収率74.9%)
 
 たとえばベッドや浴槽から車イスや浴室チェアに自力で乗り移ることができる「多目的リフト」は東京都が昨年、介護保険適用機種に指定したにもかかわらず厚生労働省の「告示」解釈によって指定を取り消された
 伊東氏はさらにこう主張する。福祉用具は要介護者一人ひとりの障害の個性に合わせたものでなければ“機能訓練”と“日常生活の自立”の役には立たない。従ってレンタル事業者は百人百様の要介護者のニーズに応えられるように品目ごとに大量在庫を抱えねばならず在庫負担が経営を圧迫する。いきおいレンタル事業者は最大公約数的な標準機種に絞った品揃えをすることになり、利用者は自分の体に合った用具を選ぶことはできず、レンタル事業者が用意した機種に自分の体を合わせるという本末転倒の結果を招いているという。その典型が車イスだ。
 
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車イスの種類も増えてはきたがまだ利用者本位の仕様とは言い難い
 
 このように要介護者一人ひとりの体やリハビリの目標に合わせたオーダーメードの福祉用具を使うことが「自立支援」になるのだとすれば、現状でのレンタル制度は制度的な矛盾を抱えざるをえないようだ。現在、介護保険で購入費の補助が認められているのは腰掛け便座、入浴補助用具、特殊尿器、簡易浴槽、移動用リフトのつり具など5品目だが、事業者は車イスなどについても購入できるよう制度改正を求めている。
福祉用具を知らないケアマネジャー
 自立支援の空洞化は深刻。そもそも福祉用具の使用をケアプランに取り入れるべきケアマネジャーが福祉用具について十分な知識を持っていないからである。シルバーサービス振興会の調査によると、福祉用具の使用方法について「ある程度理解している」ケアマネジャーは38・4%、「詳細に理解している」のはわずか4・4%だった。これでは福祉用具が「自立支援」を促すよう適切な形でケアプランに組み込まれているとは言い難い。ケアマネジャーの有資格者20万4242人のうち福祉用具に詳しい作業療法士と理学療法士は合わせて7563人。全体の3・7%に過ぎないのだ。有資格者の過半数を占める看護婦、医師ら医療職のうち在宅リハビリの知識と経験を持つ者はわずかである。
 
重要なケアマネジャーの役割
福祉用具情報の入手先は?
生協組合員への意識調査から(複数回答)
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(日本生活協同組合連合会調査)
 
 ほとんどのケアマネジャーは「車イスを貸してほしいといった利用者の注文をそのままレンタル業者に取り次ぐだけの御用聞きに終わっている」(大手居宅介護支援事業者)。それは厚生労働省もケアマネジャー自身も認めざるを得ない事実である。
 介護保険から支払われた福祉用具のレンタル料給付金額は今年1月までの9か月間で194億円。介護保険サービスに対する総給付額2兆6027億円の0・74%に過ぎないが、その中身をざっと点検しただけで、ご覧の通り。利用者の人命にかかわる危機管理システムの不在、基本理念「自立支援」の空洞化、ケアマネジャーの機能不全―といった介護保険制度の根っこをおびやかす問題が浮かび上がってくる。
 
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評判のいい家具調便器
福祉用具とレンタル業者の評価NPOをつくろう
 このほか介護保険の給付対象機種を具体的に選定する権限は「都道府県から利用者に一番近い組織である市町村に委譲すべきだ」(池田省三龍谷大学教授)という意見もある。また同じメーカーの同じ機種のレンタル料金が同じ地域内で、最大で10倍もの開きがあることがわかった。電動ベッドが最低1万5000円から最高2万3000円、電動4輪車イスが同じく1万5 000円から2万5000円。ワイヤレス徘徊探知セットに至っては2000円から2万3000円といった具合。
「介護保険をよくする西宮市民の会」が調査した結果である。
 福祉用具を、本当にお年寄りの自立に役立つようにするためには「よくする会」のように市民自らがその実態を探って情報発信をし、それによって業界と行政を動かしていかなくてはならない。
 
消費者意識は?
福祉用具に欠陥があったときの対応
(複数回答)
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(日本生活協同組合連合会調査)
「ケアマネジャーのための福祉用具入門」(中央法規出版)を書いた東畠弘子・福祉用具を考える会代表は市民が「福祉の消費者」として自立することを呼びかける。
「まずは福祉用具展示場に足を運んで実際に使ってみること。そのうえで利用者の立場で使い勝手や不具合についてどんどん声を上げていこう。そして福祉用具そのものとレンタル事業者の質を評価するためのNPOを市民自身がつくるべきである」と。
 
*福祉用具について、「これが使いやすい」「こんなに危なかった」などの体験例があればぜひ編集部へ!
 
「個別対応はモジュラータイプで」
木倉敬之厚生労働省老健局振興課長
 
 福祉用具の問題について、厚生労働省に今後の対応などを聞いた。
 「福祉用具の事故防止に関する機器管理についてはヘルパーを管理・指導する主任ヘルパーの研修を実施する予算を13年度は計上した。またオンブズマンの活用も必要だ。ケアマネジャーの福祉用具に対する知識が不足していることは承知しており、福祉用具と住宅改修に関する研修を実施する。障害に応じた個別対応が必要な車イスの問題は部品交換ができるモジュラータイプの貸し出しによって解決すればいい」
 
※「モジュラー」車イス…使用者の体のサイズに合わせていくつかの箇所を選択、調整できるようにしたもの。いわばセミオーダーの車イスといえるだろう。








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