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巻頭言 No.38
21世紀における働き方
さわやか福祉財団理事長 堀田 力
10年後、Aさんが言うには
 この仕事をするのが楽しくて仕方がない。自分の能力が存分に発揮できるし、日々能力が伸びていくのも実感できる。それに、この仕事が社会の人々に役立っていることがお客さんたちの反応からわかるのもうれしい。勤務時間についても、趣味とNPOの活動をするゆとりがあるように、会社との話し合いで決められたし、賃金も、成果の報酬ということで納得でき、経済的にもまずまずやっていける。もっとも、この仕事を一生している気はなく、十分やったという満足感が得られたら、もう一度大学院で知識を整理し、新しい情報も得たうえでチャレンジしたい仕事がある。それが何年後になるかは、今の段階では見通しは立たないが、いくつになっても能力と意欲さえあればチャレンジして成功できる社会になっているから、将来のことを思うと今以上にワクワクする。連れ合いも別の仕事をいきいきとやっており、2人で仕事の自慢をし合う時間は、テレビを見る時間よりずっと充実している。子どもたちも、私たち夫婦の仕事の話を目を輝かせて聞いている。
働くことを選べる社会
 私が、「21世紀は働くことを選べる社会にすべきだ」と主張したとき、思い描いていたのは、右に述べたような姿である。
 本年4月2日、厚生労働省の主催で、「年齢にかかわりなく働ける社会に関する有識者会議」の第1回会議が開かれた。議論は、高齢者の働き方を中心に議論するのでなく、その問題を念頭に置きながら、すべての年齢層の人たちの働き方を幅広く考えるべきだということから、では21世紀におけるあるべき働き方とは何かというところへ進んだ。そこで私は、「稼ぐため働き、2、3年はNPO活動をし、再び職に就き、また一定期間大学で学ぶというような生き方が気軽にできる社会が理想だ。そのためには、年齢にかかわりなく、能力と意欲に応じて就職でき、相応の待遇が得られるよう雇用市場がすべての人に開放されていることが必要で、そういう社会になるには、経営者側が人事制度を改めるのはもちろんのこと、労働組合も、企業別組合の仕組みを改めることが求められる」という趣旨を述べた。
 生物学者の中村桂子さんや、日本商業労働組合連合会会長の南雲光男さんが同旨の意見を述べ、ほかに旗印となるような理念の主張がなかったところから、あるいはこの主張が肯定され、これからの労働市場改革のヴィジョンとなるかもしれない。
新しいヴィジョンの意味
 働くことを自由に選べるというのは、少子高齢社会にあっては、実に当たり前の仕組みであると思う。それぞれの人々の能力を存分に引き出して生かさなければ、人々は幸せになれないし、社会に活力も出ない。エリート主義で物の豊かさを追求する経済成長至上時代と異なり、心の豊かさを追求する成熟社会においては、個々人の多様な価値観がすべて尊重され、すべての人の自己実現の追求が社会の壁に阻まれることなく、受け入れられることにならなければ、人々は幸せになれないのである。
 そして、人々は、報酬を得るために働きづめに働くのでなく、生きがいのため、時にN PO活動をし、自己の充実のため、時に学ぶことを望むであろう。その欲求を満たすことが多様な公益を実現し、また、より成熟した人間社会をつくり出していく。
 この理想に向かって、企業も労働組合も行政も、思い切って旧いしきたりから脱皮し、柔軟な雇用と労働のあり方を採用し、また、NPO活動への強力な支援策を講じていくべきであろう。
 大した資金の投入は必要ではない。そしてその生み出す人々の幸せは、きわめて大きい。しかも、思い切ってやってみれば、案外簡単にやれることのように思う。
 私たちも、自分たちのため、そして未来を担う子孫のために、働くことを選べる社会の実現に向けて、さぁ、言おうではないか。








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