特集 新しいふれあい社会を考える
だましの手口にみる高齢になっての心の隙間
だまされない、というあなただっていつか危ない!?
高齢社会を迎え、高齢者のふところを狙った詐欺まがいの消費者トラブルが増加している。中でも被害に遭いやすいのは一人暮らしの高齢者だという。普通に考えれば明らかに怪しいと思える悪徳商法に、なぜ、長い社会経験を持った大人がだまされてしまうのか。被害の根底に見え隠れするのは心の隙間。高齢者にとって「心のつながり」がいかに大切なものなのか―。今号ではちょっと変わった切り口から考えてみよう。
強引な訪問販売に遭いやすい!? NOといえない高齢者
「先日、一人暮らしをしている母親から、訪問販売で高額な電気掃除機(37万7392円)を契約してしまったことを打ち明けられました。聞けば、“1000円で窓ガラスの掃除をする“との電話を受け、興味があったので頼んだところ、来訪した業者が、持参した電気掃除機を使って床掃除を実演。その後、用紙に署名を求められたため、母はてっきり窓ガラス掃除の申し込みだと思い署名したところ、実際は掃除機の契約だったそうです。販売員からは、これが電気掃除機の契約ということや契約金額等、契約内容についての詳しい説明はなかったとのこと。また、契約してしまったと気づいたときは、諦めの気持ちが強く、断ることができなかったとも。高額であり、不要な物なので解約させたいのですが…」
これは、東京都消費生活総合センターに寄せられた消費者トラブルの相談である。
「“天井のすすを取ってあげます““じゅうたんのクリーニングキャンペーン中なので無料にする“等の類似パターンがいくつかありますが、これは高齢者を狙った悪質な商法の代表的な手口の一つ。単なる押し売りでは、なかなか家の中にまで入り込めないので、うまい話を持ちかける。そうして高額な商品を売りつけるわけです」(同センター・相談課)
1999年度に同センターに持ち込まれたこうした相談の総件数は9万2383件。うち高齢者(契約当事者が60歳以上)の占める割合は13.6%だが、その数は年々増加傾向にあり、99年度は前年度に比べ、2割近くも増加しているという(下グラフ)。
増える高齢者からの消費生活相談
東京都消費生活総合センター及び都内区市町村の消費者相談窓口で受け付けた1999年4月〜2000年3月 (1年間) の相談データ (P6、P7グラフ共)
販売方法としては、高齢者の場合は「店舗購入」よりも「訪問販売」による相談のほうが多いのが特徴で、36・2%に達している(下グラフ)。売りつけられる商品は健康に関連した商品が多いこと。また屋根・塗装工事などの住宅設備関連も目立つ(下グラフ)。一方、全体から見れば数は少ないが、第二東京弁護士会が外国投信や外国債券など金融商品の購入を巡るトラブルについて電話相談を実施したところ、約半分は60代以上の人からだったとの報告もある。
消費生活相談の内容(1999年度)
訪問販売で悩める相談は?
―60歳以上の人が契約当事者となったものの上位6位―
(1999年度)
「高齢者は昼間一人で家にいることが多く、時間的余裕もあるため、強引な家庭訪販の被害に遭いやすい状況に置かれています。また、高齢者の場合、だまされてもだまされたと気がつかない。あるいは気がついても、契約してしまったものは仕方がないと諦めてしまうことも多い。このため被害が表に出にくいんですね。従って、センターに寄せられる相談も、当事者よりも、何らかのきっかけでだまされたことを知った家族からのほうが多いんです」(同センター・相談課)
いったいなぜ、こうも簡単に、だましの罠にはまってしまうのか。10代や20代で実社会の経験が浅い若者ならいざしらず、知識も経験も豊富な大人なのに、たとえば「無料で掃除をします」などと言われれば、お願いしますと受け入れてしまい、「100万円が150日間で3倍になります」と言われれば、しっかり調べもせずにお金を出してしまう。相手に強引に申し出られるとそれに対してノーと言えない、嫌なことかあってもお金をだまし取られても、自分さえ我慢すればと諦める―。いわばその“やさしさ“が現代では時に悲劇につながってしまう。
人の欲望につけいる“プロの技“ 高齢者の真の欲望とは何なのか?
もっとも、世の中そんなにうまい話はないよ、というのは他人事なら冷静に考えられても、いざ自分の身の回りに起こるとコロッとだまされてしまうのは何も高齢者だけてはない。
日本弁護士連合会の消費者問題対策委員会の副委員長を務め、これまでに数々の悪徳商法事件の弁護にも携わってきた弁護士の紀藤正樹さんは、「悪徳商法とは、人の心の弱みにつけこむビジネスです」と語る。
「心の弱みとは、“いつも健康でありたい““もっとお金をたくさん持っていたい““もっと美しくなりたい“といった欲望であり、願望です。昨今、悪徳商法にだまされるのは高齢者に限らず、全年齢にわたっていますが、悪徳業者はそれぞれの年代や立場に応じた心の弱みを上手にくすぐり、刺激するのが実にうまいんです。しかも、弱みがない人までも悪徳商法に引き込んでいくために、業者は“人の弱みを無理やりつくり出す“というテクニックもふんだんに持っている。
たとえば、浄水器を訪問販売で売りつける悪徳商法があるんですが、業者は水道水を飲んでいる人に対して、“この水、実は汚いんですよ“などと話し出し、次にコップの中の水に薬品を入れて真っ黒になるデモンストレーションを実演する。何のことはない、これは水道水の含有物に反応する薬品を使っているだけのことなのですが、これなどは無理矢理悩みをつくっている好例。すると、これまで水道水に何の不満も疑問もなかった人でも、“水道水は健康に良くない“というイメージが植えつけられてしまうわけです。
さらに言えば、人はそういつも健康で気力が充実しているわけではありません。精神的、肉体的なコンディションの波のようなものがある。ですから、普段であればだまされないような人でも、その波が谷に入った状態のときには、どんな人でも悪徳商法の罠に引っかかる可能性があるんです」
確かに人間誰しも欲望の中で暮らしている。病気に悩んでいるときに、「この治療器を毎日使用すれば必ず治る。現に○○さんが治った」などと、有名人など具体的な人の名前を挙げて話をされれば、わらをもすがる思いで試してみたくなるのはもっともな話だ。あるいは若い女性ならきれいになりたい、らくに痩せたい、サラリーマンなら資格を取って、語学力を付けて高収入につなげたい等々。ではいったい、高齢になっての本当の欲求とは何なのだろうか?
実年世代が求める「達成欲求」と高齢者が求める「親和欲求」
老年心理学を専門とする京都光華女子大学人間関係学部教授の藤田綾子さんによれば、それは「健康」「経済」そして「関係」つまり対人間関係の3つの「K」だという。
「高齢者の場合、心の弱みとはイコール老後の不安と言い換えることもできると思うのですが、一般的に年を取ると、病気や老化から寝たきりや痴呆になるのではないかという健康不安、退職に伴い給与生活者から年金生活者へと移行することによる経済的不安、社会的な役割からの引退に伴い、人間関係が少なくなっていくのではないかという不安が大きくなると言われています。
さらに人間関係については、もう一つ興味深い調査結果があります。以前に私が、高齢者と壮年者の社会的欲求についての比較調査を行ったところ、高齢者と壮年者で有意差のなかった項目は“他人の世話にはなりたくない“といった「自立欲求」で、高齢者の高い欲求は「親和欲求」、壮年者の高い欲求は「達成欲求」でした。つまり、社会や人とのつながりが不安定といわれる高齢者ほど、他者とのコミュニケーションが不可欠であり、非常に重要になるということです。そして、この親和欲求の高さこそが高齢者がだまされる大きな原因の一つになっていると思われます」
高齢者にとってのコミュニケーションとは
埼玉県の老人大学校生と一般の高齢者1495人を対象としたアンケート結果を見ると、高齢者が充実感を感じるのは「家族団らんのとき」「友達と会合・雑談しているとき」という他者とのコミュニケーションが上位に位置していることがわかる。(資料「いきがい・さいたま」第10号より)
つまり、たとえ悪徳業者であれ、その魂胆が何であれ、彼らの声かけは、高齢者が渇望している親和欲求を一時的に満たしている、というわけだ。
「一人暮らしなどで日ごろ寂しい思いをし、人恋しくなっている人などは、やさしい言葉をかけられるとついホロリとして、業者の偽りの親切を受け入れてしまう。そしていったん親切を受け入れると、人はその親切に対するお返しがしたいと思うようになるもの。高齢者にとっては、それがなけなしのお金をはたいて、モノを買うという行為につながってしまうのです」(藤田教授)。
もう15年以上も前の話になるが、お年寄りを狙った詐欺事件としてあまりにも有名な、あの豊田商事の事件のだましの手口は、まさにこのパターンであった。
まず一人暮らしのお年寄りを狙って押し掛ける。そして、徹底的に人情を手段として使う。たとえば「おばあちゃん、私を息子と思ってくれ」とか「すき焼きの材料を買って来たので一緒に食べましょう」などと言って、人間として一番大切な人情を使って接近。それから次に上がり込んで長時間粘り、長時間の居座りとか脅し、同情を誘うなど、あの手この手を使って強引な勧誘を行ったわけである。
だが被害者の中には、「私はだまされたと思ってはいない。あの子は親切だった。誰も来ない私のところへ来て、肩を揉んでくれたり、話し相手になってくれたりした。悪人だなんて思えない」というような話をしていた人もいた。高齢者が、心寂しさを癒してくれたのは悪徳セールスマンだけだったなどと語る社会、何ともやりきれない話である。
だまされないようにするためには人間関係の充実が不可欠
我々は普段、家族という基本的な人間関係のつながりに加えて、仕事仲間や趣味仲間、学生時代の友人など様々な対人交流がある。そして常に他者とかかわって社会生活を営んでいる以上、生活における充実感や生きがいは、対人関係や社会とのかかわりの中で見いだされるといってもいい。
問題は、こうして自分の周りにある対人ネットワークが、多くの場合、自ら意識してつくり上げたものではないということだ。幼少の頃は親がつくったネットワークの中で、そして学校、社会人と進むにつれて様々な人的交流が生まれるけれども、それらは交流自体が目的ではない。若いうちは人と会話する環境にいることは当たり前だから、人と交流することの大切さやその意義を改めて考えることもない。会社を定年退職し、あるいは配偶者とも死に別れ、子どもたちとも別々に暮らすという状況になって初めて、その重さを実感するというわけだ。しかし心の寂しさは感じても、人とのネットワークを自らつくることに慣れていないから、さらに引きこもって、対人ネットワークが完全に欠如してしまう。高齢になってだまされやすいという背景には、そんな心の空洞がある。また人付き合いが減れば当然情報からも遮断されるから、判断に必要な知識にも乏しくなる。
こうした状況を回避するには、それまでの知恵や経験を生かして、地域でボランティア活動などを行ってもよいし、あるいは町内会や自治体活動、趣味やサークル活動など様々に方法はあるだろう。とにかく年を取っても、社会活動などにも参加して生きがいを持ち、積極的に人とかかわることがどれほど大切かということを、そして、それが欠けると当たり前のような、大の大人の判断力すら鈍らせてしまい、果ては健康にも悪影響を及ぼすということを、もう一度皆で自覚する必要がある。
またもう一方で、そうした高齢になっての心の隙間を周囲が理解して、近隣同士、あるいは地域皆で支えていく仕組みが必要だということが改めてわかる。たとえ体が弱り、自発的な外出が難しくなっても、心寂しくなってそこにつけ込まれることのないよう、心の交流などを通した地域での精神的な支え合いのシステムづくりが望まれる。
若いうちの「自分はだまされない」という自信、実はそれは仕事上や家族など"与えられた"人間関係に支えられた過信だったとしたら―。高齢になって、相手から自分に話しかけてくれるのがセールスマンだけだとしたら、あなたはそんな寂しさにいつまで耐えていけるだろうか?
これからの世は自己責任
こんな手口にご用心!高齢者を狙った悪徳商法の代表例
現行の民法では、20歳以上の人はすべて一律に一人前の能力があるものとして扱われる。従って当然のことながら高齢であるから、という理由で特別に保護される制度はないし、いったん契約に合意した以上はその契約に自分で責任を持たなければならないのは当たり前のこと。
契約をするときにはよく契約書を読んでから判を押せと言われる。とはいえ、契約書などはだいたいが読みたくならないように?細かい字で難しく書いてあるもの。絶対にその場では契約しない(一度頭を冷やす)、家族や気軽に話せる友人に相談する、などで自己防衛することだ。また、高齢者をターゲットにした商法やその手口を知っておくことも必要だ。以下に高齢者を狙った悪徳商法の代表例を紹介するので、参考にしてほしい。
[1] 見本工事商法
「お宅は場所が良いので今なら見本工事で特別安くします」といったセールストークで、増改築工事、屋根工事、壁工事などを強引に契約させる商法。お金を払った途端に業者が行方不明になったり、実際には他の業者と比べて高額だったりして、トラブルとなる。
[2] かたり商法
「消防署のほうから来た」など公的機関の職員や公共企業の社員であるかのように思わせて、電話機や消火器、浄水器等を販売する商法。セールスマンは紛らわしい制服や制帽等を着用し、「法律で義務づけられることになった」等のセールストークを使って商品を売りつける。
[3] 電気治療器具の無料体験商法
低周波治療器、電気治療器、温熱治療器、電気マッサージ器などの無料体験を受けに出向いた高齢者に、「どんな病気にも効く」などと言って強引に契約させる商法。
[4] 利殖商法
「銀行利息より配当がいい」「儲けさせる」などと「株式投資」や「商品相場」を勧める商法。まとまった資産を持った高齢者に「郷土の者です」「大学の後輩です」といって安心させたり、人生の先輩としての誇りに訴えるやり方で営業マンが取り入り、客観的な判断ができにくい状況で被害額が大きくなるケースも多い。
[5] 開運(霊感)商法
心や体に悩みのある人に、原因は霊的なものであると告げ、献金や祈祷料、鑑定料の名目でお金をだまし取ったり、高価な仏壇や壼などを買わせたりする商法。高齢者の先祖への思慕の情を利用したり、いたずらに恐怖心を煽ったりする。
[6] ふとん・健康食品のSF(催眠)商法
街頭等で日用品や食料品等の無料引換券やくじを配り、「商品をあげます」などと会場に誘い、巧みな話術で雰囲気を盛り上げ、「もらわねば損、買わねば損」というような一種の催眠状態をつくり出して冷静な判断を失わせたうえで、最終的には高額なふとんや大量の健康食品などを買わせる商法。最近では会場で商品の契約を断った高齢者が暴力をふるわれたり、「殺してやる」と脅されたというような、脅迫・暴力的なケースも急増している。
それでも悪徳商法にひっかかってしまったときは
悪徳商法に引っかからないためには、最初の時点で断る勇気が最も重要だ。だが高齢者の多くは体力、精神力が弱まっており、長時間執拗な勧誘を受けると、根負けして相手の言いなりになって契約してしまうこともあるだろう。そんなときはどうしたらいいのか。
「いったん契約したものでも、訪問販売の場合、契約書を受け取ってから8日間は無条件で解除ができます(クーリングオフ制度)。これは、業者の側に何の落ち度もない場合でも可能です。
また契約後、商品やサービスに不信を抱いたり、納得がいかないと思うときには、最寄りの消費生活センターに速やかに相談をするといい。同センターは、悪徳商法による被害や商品事故の苦情など、住民などからの消費生活に関して問題解決のための助言やあっせんなどをサポートしてくれる公的な機関。相談も無料ですから、使わない手はありません」(紀藤弁護士)
とにかく、契約してしまったからといって、簡単に諦めないことが大切だ。