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介護保険は日本の何を変えたか?
制度施行から1年と今後
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堀田力のさわやか対談
ゲスト 東京家政大学教授 樋口 恵子さん
 (ひぐち けいこ)東京生まれ。東京大学文学部卒、東京大学新聞研究所本科修了。時事通信社、学習研究社、キヤノン株式会社を経て、評論家として独立。現在、東京家政大学教授。「高齢社会をよくする女性の会」代表、「女性と仕事の未来館」館長。社会保障審議会委員など各種審議会委員を務める傍ら、テレビなどでも活躍中、著書に「女の人生七転び八起き」「私は13歳だっだ」「ワガママなバアサンになって楽しく生きる」など多数。
 いずれは若い人も含めて皆で支える制度に
 
 堀田 公的介護保険制度が始まってこの4月でちょうど1年になります。樋口さんの目からご覧になって、ずばり、今の制度は何点くらいですか?
樋口 60点くらいでしょうかしら?(笑)
堀田 私は半年の時に70点と採点したんですが、それより10点辛い(笑)。特に一番の課題は何でしょう?
樋口 20歳以上全員を対象としたもっと大きな制度にできなかったことですねえ。いびつかもしれないけれど毎日の老いの命を支えるのに必要な茶碗の形にこねて国会という釜に入れたつもりだったのに、出てきたら同じ食器でも箸置きになっちゃった(笑)。
 堀田 ハハハ、わかります。私も、20歳以上にしていずれは医療保険とも合体させて市町村が保険者になる、そんな姿を思い描いているんですが、あの時はいろいろな攻防があって選択肢もなくなってきて、とにかく制度をつくるためには賛成しかなかった。
 樋口 そうなんですよ。ある先生の本を見ると、「樋口恵子さんも40歳以上に賛成」だと(笑)。それは形式上のことであって、実際に介護問題は若い人たちも無関係ではいられない状況なんです。うちの大学の学生に賛成か反対かのレポートを書いてもらっても、意外に賛成者が多いんですよ。
 堀田 それは頼もしいですね。今は福祉について関心の高い学生も多いですし。
 樋口 長男の嫁である母親が祖父母の介護で勤めを辞めざるを得なくなった。それで家計が大変で、もう弟は大学は無理かもしれない、だから介護保険で少なくとも母が勤めを続けられるようにしてほしいとか。調査をしても、今は真ん中の世代が倒れて、孫まで巻き込んだ介護になっているのが数字にもはっきり出ております。少子化と介護の問題は切り離せなくなっていて、今後の大きな課題ですね。
 掘田 措置から自己選択という福祉を大きく変える制度ができた、それだけでまず大変意味のあることで、問題も生じているけれど予想外の欠陥は出てこなかったということで何とか合格点の60点。私自身も気持ちは同じです。あとの10点はいわば努力点なんですが、もちろん制度が出来上がったこれからはどんどん改善していかないといけません。
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堀田 力
1934年京都府生まれ
さわやか福祉財団理事長、弁護士
 樋口 まず認定の手法の見直し、それと要支援も含めて6段階というのはちょっと細かすぎますねえ。要支援を入れたのは日本的でとてもいいと思うけれども全体で4つくらい、ドイツくらいでちょうどいいですよ。それにケアマネジャーの現状への不満、自分たちの属する事業所に利益誘導するとか、でもこれって最初からわかりきっていたことでしょう?大丈夫なんて言ったほうがおかしいんですよ。
 堀田 現行ではケアマネジャーはサービスを提供する事業者側に属していて利用者の立場に立てなんて言っても所詮無理ですからね。だから独立できるようにすべきで、そのための協会もつくる。それと利用者も次第に知識を仕入れていくでしょうから、おかしなケアマネジャーは自然と選ばれなくなっていくでしょう。
 樋口 本当にそう。それと訪問介護の3分類も一本化したほうがいいと思っています。
 堀田 いろいろ問題はありますが、でも、どれも決して解決できないものじゃないですよね。
 樋口 できますよ。そのためにも地方分権の試金石というからにはもっと地方自治体、保険者に任せてほしいと思います。
 介護の社会化で良好な家族関係を
 
 堀田 ところで、樋口さんはずっと以前から介護問題、特に女性と介護について先駆的にかかわってこられて、一方で「高齢社会をよくする女性の会」も立ち上げられた。そういう主張をする団体は初めてだったのでしょう?
 樋口 ええ。会として活動を始めたのは1983年ですけれど、介護を嫌がる悪い嫁の集団だといわれまして(笑)。
 堀田 (笑)当時はそうでしょうねえ。
 樋口 70年代の頃、私は割に早くから座談会などで、介護はとても大きな問題になるから何らかのシステムが必要だと申し上げていたんです。確かに家族介護は伝統的で自然かもしれない。でも介護は昔よりずっと重厚長大化し、担い手側も高齢化で負担が増している。そんな状況の中でなぜ女性だけ、特に「嫁」が介護を担うのか。高齢社会という新しい時代を豊かに生きて老いを全うできるために何が必要か。老いという視点から考えますと女性の年金、資産の貧困など男女不平等の問題がくっきりと見えてきました。
 堀田 個人的に何かご事情はあったのですか?週刊誌的な質問で申し訳ないんですが。
 樋口 私は3人きょうだいの末っ子で上の2人が早くに亡くなったものですから、結果として一人で老いた母を世話するという、今の世代を先取りしたような環境だったんですね。母は2年ほど病んで1975年に亡くなりましたが、母が病む1年ほど前に私は会社を辞めてフリーの評論家として自立できる状況になっていました。仮に勤め続けていたらここで辞表を出さないといけないなあと。
 堀田 なるほど。
 樋口 当時、家事はもちろん、私が若くして最初の夫に死なれてから一本立ちするまでの間、秘書業務もよくこなしてくれました。でも本当に支配的命令的なんですよ、うちのお袋は。新聞記事を見て、「あなたのより、俵萌子さんのほうがわかりやすかったわ」とか、「他の人に比べて単行本が少なすぎる」とか、もうこのオー!って感じで(笑)。
 堀田 それは手厳しい(笑)。
 樋口 そんな母が、疲れたとか寂しいとか言い始めて、最近変なこと言うなあと思っていたら、ある日突然「検察が捕まえに来る!」って、大騒ぎなんです。ロッキード事件の少し前ですけど。
 堀田 そうだったんですか。それは大変なご苦労でしたね。
 樋口 (うなずきながら)それからもう大パニックですよ。70代後半で腎臓を悪くして体もだんだん衰えてきて、孫も中学生でカナダへ合宿に行くはで子離れ孫離れと環境も変化し、老人性鬱病から強迫症になって、被害妄想になって…と、今ならすらすら理解できることでも、当時はほとんど情報がなかったですから。
 堀田 専門の病院もあまりなかったでしょうし、働きながらお一人で面倒見られるというのはさぞかしご苦労だったでしょう。
 樋口 それまでにもいろいろなピンチを切り抜けてきましたけれど、生涯最高のピンチでしたね。自分のパートナーが死んだということはそれは母のぼけよりずっと辛いですけど、でも対応の仕方がわかっているわけです。辛いけどこれまでに多くの人が体験してきたことですから。中年働き盛りから初老の子が親を介護するというのは、考えてみると歴史上初めてといってよい。良好な親子関係を築くためにも介護の社会化は必要だと痛感いたしましたね。
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 堀田 そうして草分け的に理論を構築され、運動に取り組まれ、戦いながら制度を構築され、でもあまりに時間がかかりましたね。
 樋口 本当に。87年にかなり大規模な700人ほどの実態調査を行いまして、それが「月刊福祉」の一面に取り上げられたんです。ちょうどゴールドプランができるのと同じ時期で、その頃からやっと少しずつ、私たちの声が政策に採り人れられていきました。
 「感情より勘定」そのココロは?
 
 堀田 女性と介護を考えるとき、社会化ともう一つ、男がもっとやれというのがあると思うのですが、これも大きな壁だったでしょうね。
 樋口 もう大変ですよ(笑)。少子化というのは「総長男長女社会」。子どもとしては双方に責任を持つべき親がいるわけで五分と五分、息子である夫も担いなさいよ、社会でも支えてくださいよと言っても、当時の審議会に女性が少ないから多勢に無勢で。とにかく人は家族、介護を語る時にあまりにもノスタルジックで感情的になって好みの美学で語りすぎますでしょう。私、標語を作っているんです。「感情より勘定」(笑)。
 堀田 ほほお(笑)? それはどういう?
 樋口 勘定というのは感情に引っかけた言い方ですけれど、要は数の変化とか、状況の変化を客観的につかんで考えることです。
 堀田 なるほど。
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 樋口 この頃医学の世界にEBM、Evidence Based Medicine(エビデンス ベイスト メディスン)、きちんと根拠に基づいた医療を行おう、というのがあるけれども、政策こそ実態に基づいたものでなくてはね。感情的なあるいは目先の損得ずくの利益誘導で考えて伝統の尊重とか日本型福祉とか言っていらっしゃる。いったいどんな家族がいいのかしらと思ってしまいますよ。
 堀田 おっしゃる通りですね。今度の介護保険でも相当振り回されましたよね。
 樋口 介護保険の初期の論議はまるでモグラ叩きでした。例外なくご年配の男性が、「公的な制度をつくったら親孝行という日本の良い道徳がなくなる、家族介護が一番だ」とか言い始める。そういう意見が出ると皆さんが私の顔をジロと見るから、ご要望にお応えして「ハイっ〜」と手を挙げて…。
 堀田 ハハハ。
 樋口 仕方がないから人口構造、家族構成の変化から具体的に話して「だから何かしなければならないんです」と言ってようやくクリアしたと思ったら、また別の先生…(苦笑)。それが介護保険開始前夜というべき一昨年の11月の「日本の伝統、美風」亀井発言にまでつながるんですね。介護保険の周りには常にああいう風が吹いている。目に見える財政負担ならわかるけれど、今、女たちが身を削るようにして時には命そのものを代償にして担っている介護負担を誰も真剣に考えてない。わかってくださったのは堀田さんと、ほんの少しだけですよ。でもだんだんわかってくださって、現金給付も私は反対の論陣を張った一人ですけれど、最終的には町村を代表される方以外は、やはり現状ではするべきではないだろうというのが多数意見でした。
 堀田 だいたい家族介護が一番という男ほど、自分で家族を介護するなんて夢にも考えてない(笑)。ただ、介護保険の議論の中でずいぶん国民も目覚めてきましたよね。亀井さんが延期論を出した時も反対の声がとても多くて、カネをまけてくれるという話に国民がこれだけノーと言ったのは初めてじゃないですか。それだけ自分たちの問題としてしっかり考える意識が高くなっているんですね。
 樋口 そう思います。男女共同参画社会基本法(99年6月成立)の第6条には「家庭生活における活動と他の活動の両立」として、「家族を構成する男女が、相互の協力と社会の支援の下に、子の養育、家族の介護その他の家庭生活」で家族の役割を円滑に果たし、それ以外の活動も行えるようにと書かれました。特に法律の本文に育児と家族の介護と例記されて多くの女性の願いが反映できたことはうれしいですね。
 介護保険が育てる日本の民主主義
 
 樋口 ただ最近心配なのは、この頃若手の専門家の中から税金論が台頭してきていますでしょう。あれはどう思われますか?
 掘田 40代のエゴ、世代間対立の議論ですね。その年代のサラリーマンなら税金のほうが負担が少し楽になるという、計算すると一見もっともらしいですが、でも経済損得論より、もっと大切なものがあるということを数字だけで考える財政論者はわからないんですよ。
 樋口 (うなずく)
 堀田 人間として生きていく上で一番大切なものは尊厳です。今の日本で税にすればお上に救われているという屈辱感にまた戻ってしまう。情報も集めなければいけないし、ある程度の負担もあるけれども、自分で決めるという主体的な生き方がどんなに大切で貴重なことか、いずれ自分が弱って介護される立場を考えれば理解できるはずなんです。
 樋口 本当にそうですね。高齢者だけじゃなく、自治体の職員だって同じなんです。保険といってもたった16%で負担と給付も明確でない、こんないい加減な制度はないと若手学者が言われた時に、介護保険担当のある自治体女性課長さんが「たった16%というけれど、それがあるから私たちは住民と対話しながら自分たちで決められる喜びを知った。いい夢が見られた。自治体行政の職員になって初めてよかったと思う」と言ったんですよ。
 堀田 介護保険のお陰で、自治体の人たちも初めて地方自治の本当の意味とおもしろさを知ったと思いますよ。
 樋口 時代が流れていくというのはおもしろいもので、21世紀のキーワードは、参画、自己決定権、そして対等なパートナーシップ。私も最初は保険でも税でもどちらでもいいと思っていたんです。実現可能な方法を取るということで介護保険を推進する側に回ったんですが、でもいろいろと話が進んでいくうちにやっぱりこれだと。阿部正俊さん(参議院議員)が「介護保険にはDNAがあるんだ」と。いい言葉ですよね。自立、選択、参画、人々の助け合い、そういうDNAを持って出てきていることを私は大事にしたいですね。
 堀田 同感です。最後に樋口さんが夢に描く日本社会、家族関係はどんなものかお伺いできますか?
 樋口 社会システムからいえば未成年を除いて個人を基本とした社会でしょうね。とにかく今は家族の絆といいながら、それがある意味で人生のリスクになっているでしょう。あんた長男? あんた長女? じゃあ結婚はだめだとか、結婚や妊娠・出産で会社を辞めろとか。ブレア首相が「イギリスはもう世界の超大国にはなれないだろう、しかし人々がそこで安心して暮らし、子どもを育て、安心して老いるために一番いい国になることはできる」と言っていますが、日本も世界一の高度成長を繰り返す必要はなくて、少なくとも次の世代は安心して家庭がつくれるように。会社のビルに保育所も組み込まれ、その近くに高齢者の集う場所もあって、社会全体として四世代同居のまちづくりを考える。その中で親子きょうだい、夫婦仲良くできるそんな社会がいいなと思っています。
 堀田 (うなずきながら)みんなの望みですよね。私はそういう社会にすることはもちろん可能で、あとは方法論と人々の勝手な思い込みが邪魔しているだけだと思っています。皆が自分の思いを生かせるというのが一番の基本で、人に負担をかけたりすごく遠慮しながら老いを過ごすのは不幸ですから、小さくならずに威張って死んでいけるように、安心の仕組みづくりをしていきたいですね。
 樋口 堀田さんが頼りなんですよ、本当に〜(笑)。そうそう、以前介護保険についてあんな法律はまだだめだとかおっしゃってましたよね? 最大の理由は何でしたっけ?
 堀田 あの法律は選択は認めているけれど、権利を保証する法律になっていないんですね。主語が全部提供者側で、提供者が何々する、という書き方になっているでしょう。本来は要介護者はこれこれをして、こういう権利があるとすべきもので、利用者を主体にして全部法律を書き直さないといけないと思っています。法務省関係の法律はもう少し権利を与えていると思いますが、これまでの旧厚生省のはだめですね(笑)。
 樋口 おっしゃる通りでございます。確かに憲法などでもそうですね。とっても印象に残ってメモしておいたんですけど、無くしちゃって。これから使わせてもらいます。
 堀田 いやいや(笑)。私も頼りにしていますので、ぜひ一緒に頑張りましょう。








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