私は大正六年(一九一七)二月旧満州長春(中国東北地方)生れの八十四歳の女です。私が育った頃の満州は、満鉄(南満州鉄道株式会社)と言う半官半民の国策会社が日露戦争後に借款の形で支配していました。昭和三年(一九二八)九月、当時の東北地方の統治者張作霖爆破殺人事件を日本軍がおこしたのが第二次世界大戦の始まりなのです。子供の頃奉天(瀋陽)に住んでいた私は瀋陽城内(中国人の住んでいた所。日本人は多く満鉄附属地に住んでいた)に行くと東洋鬼と書いた張紙がいっぱいありました。これは日本人をさしているのです。

　私の父は明治四十年(一九〇七)頃支那(中国)へ入った満鉄創始者の一人で(満鉄理事待遇として)渉外担当者でした。当時父は奉天に住んでいて、日本軍部が張作霖を殺すと言う事を早くから知っていて、当日奉天郊外にての爆破音を聞いて「とうとうやった」と申しました。満州事変のきっかけになったのです。満鉄守備隊として進駐していた軍人がどんどん多く入って来て関東軍となり、東北部のみならず中国全土を手中に納めようとして侵略を拡大していったのを見て育ちました。

　自分の体験として、たしかに日本は大正時代から中国を侵略し、日本人のみ贅沢し、中国人をこき使いました。当時中国人の挨拶は吃完了麻(御飯すみましたか)と言う言葉で、それは御飯が満足に食べられない中国人の切実な挨拶だったのです。(今はなくなりました言葉です。)

　満鉄社宅には各戸にブランコも鉄棒もすべり台も庭にそなえてあり、金網塀の外から中国人の子供がうらやましげに見ていても、決して使わせなかった事を思い、慚愧にたえません。

　満州だけでなく、中国全部をとりこもうと思う軍部によって第二次大戦が引起こされ、ついに敗戦となり、引揚げて参りました。今思うと本当に日本人は中国人にとって東洋の鬼だったと思います。父が言っていた事は、日本の前に英国も一時中国の一部を支配していた事があるが、英国人は中国で仕事をし、利益が上ると十の利益の中、七は英国人がとり、三は中国人に分けてあげたのだそうです。ですから善政を行ったと言えるでしょう。

　日本人は中国で利益を得ても、全部自分で取り、その上、中国人本来の持物まで取上げたのです。まさに東洋の鬼です。満蒙開拓団しかりです。もともと満州は土地は広くても砂漠同然で、何も作物の作れない土地が多いのです。先に中国人がやっと開拓して何とか作物を作れる土地に改良した場所に、日本軍が行って鉄砲でのけのけと追払い、土地を取上げて、そこへ開拓団等といって日本人を入植させたのです。敗戦後取り返されたのは当然なのです。

　敗戦時はハルピンに居ました。夫はソ連軍の日本人狩りに会い、シベリヤへ使役に送られかけましたが、満鉄の文書課長だったので、文書課長がいないと鉄道移管が出来ないとなって、一月ほどで帰って来ました。夫のいない問、満鉄で部下だった中国人が、かわるがわるにお米やお砂糖を持って訪れてくれました。敗戦と同時にお金は使えなくなり、衣料を町に出て売って食料に代えていたので、本当に助かりました。二人の男の子、四歳と二歳も私の留守をよく守ってくれました。洋裁が出来ましたので中国人の洋服屋に勤めて生活をたてましたのです。「落ちぶれて袖に涙のかかる時、人の心の奥ぞ知らるる」とは身をもって知りました。

　中国人達だって食うや食わずのかつかつの生活の中から分けてくれたのです。残留孤児と言うのも中国だから生き残っているのです。日本人だったら敵国の子供に食料をあたえて養いますか。アメリカの人形さえ焼きはらったそうではありませんか。

　私は中国侵略体験者であり、敗戦後の悲惨経験者です。

　日本の若い皆様、どうか二度と軍力によって他国を支配しないで下さい。私は昭和十五年(一九四〇)から十七年(一九四二)まで東京におりました。今の日本は又太平洋戦争前夜の様な雰囲気が現われて来た様な気がします。

　しっかり平和を守って下さい。