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6. 人工透析
 次に治療技術の進歩がもたらした新しい問題を,人工透析を通してみてみます。これは1960年に動脈一静脈のシャントが開発されて,それまで死を待つしかなかった慢性腎不全の治療が可能になったという意味で画期的なことですが,一生にわたって週に2,3回の透析治療を受けなければならないという医療管理下での生という新しいテーマをもたらしたわけです。
 ですから第一の問題は,透析治療を受けなければ死ぬという意味で「死と隣り合わせの生」ということです。これが1週間とか1ヵ月我慢すればいいというのでなく,何年にもわたり一生続くのですから心理的な拘束感は強いはずです。しかも社会的な生活もすべて透析治療に左右されるわけです。
 これは逆に,透析拒否という問題につながります。それは死を意味しています。透析下で生きることはこれからお話するようにさまざまな困難な問題に直面します。疲れ果てて,あるいは絶望的になって「もういい」と思ったとき,透析を受けなければ死が待ち受けているわけです。以前に透析学会の雑誌で透析拒否を調べたときには10%以上の患者さんに見られました。一方,「自殺」が数%というのは実体を反映していないように思えます。というのは透析拒否の結果は腎不全になるので,死因は「腎不全」と報告される例が多いはずだからです。
 以前は透析による延命は5年といわれていたので,5年目に近づくと精神的におかしくなる患者さんがいましたが,治療法が改善されてからはこの問題はなくなりました。
 透析治療はさまざまな社会心理的問題を生じます。会社勤めでは週に2,3日は数時間抜け出すのですから大きな制約になります。役職を降りたり,収入が減ります。それは家庭の生活にも影響します。奥さんが働くようになって,立場が弱くなったと感じる男性,嫉妬や嫉妬妄想で夫婦の関係が悪くなる事例もあります。そうでなくても透析食を作らなければならない奥さんは大変です。また嫉妬の背景には透析治療によるインポテンツが関係しています。
 こういうことから,透析患者は治療スタッフと家族に対する依存が強い傾向が顕著です。それが甘えやしがみつきにもなります。それとともに,現状維持を願う気持ちが強いことも指摘できます(保守性)。それは死と隣合わせていることからきていると思われます。
 このような心理的な問題が生じるために,透析治療を開始する前に,そのような困難があることをあらかじめ了解してさまざまな制約を守っていけることという条件がありました。しかし新しい技術は必ず適応の拡大へと進みますから,対象が広がるにつれて条件は緩くなり,そのために問題も多くなっています。
 もうひとつは透析平衡不全症候群という脳症状がみられます。これは透析により血液が正常化すると,脳脊髄液が正常化するのはBBB(脳―血管関門)により数時間遅れますから,その間は浸透圧の差が大きいので脳浮腫のような状態になっているためです。これは前にお話しした,慢性状態はいつでも急性変化するという典型的な例です。








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