2. 精神症状のために生じる身体障害
1)不食,食欲低下による問題
思春期の女性に多い神経性無食欲症は,時には体重が30kg前後になることがあり,そのため生命維持のほうが優先しますが,このような症状を呈する人は精神的に傷ついていますから,精神面へのアプローチも視野に入れておかなければならないのです。ところが,このような患者さんを点滴やIVHのためにベッドに縛りつけることが結構やられている。こころの治療が必要な人にそのような治療法がありうるのかと疑問です。
高齢者では脱水が簡単におきます。高齢者は普段からそんなに水分をとっていないのでもともと脱水準備状態にあると考えたほうがいい。とくに痴呆がある人は自分から水分をとることはほとんどありませんから,その管理をきちんとやる必要があります。風邪や下痢で1日か2日の食欲低下があると,すぐに脱水になります。そうすると,風邪よりも脱水のほうが重大で,肺炎や心不全を併発して,抗生物質治療で腎不全を生じるというように全体的に崩れることになります。また,高齢者の脱水はせん妄を起こしやすいので,せん妄は常に脱水を念頭においてほしいと思います。
重い栄養障害は少なくなりましたが,そのひとつのペラグラはニコチン酸アミドの不足によるもので,重症のアルコール中毒で1ヵ月以上食事をとらないで飲んでいたような場合になります。ペラグラの3 Dとは皮膚の発疹(Dermatitis)と痴呆(Dementia),下痢(Diarrhoea)のことです。ビタミン欠乏症ですから,身体的な管理をすればよくなります。
2)骨折
骨折は精神疾患では多くみられます。薬による場合や,電気ショック(EST)で生じます。ESTでは,棘突起を結んでいる筋肉の痙攣で骨折してしまうことがあります。痙攣中に身体を抑えたり,不自然な姿勢でいたためです。そういうわけで柔らかいマットの上で電気ショックをかけるのは問題なのです。
3)水中毒(SIADH)
最近注目されるようになったものに,SIADHがあります。これは抗利尿ホルモンの分泌異常で水をたくさん飲むために血中のナトリウム濃度が低下するものです。すごい人は水を1日に5lも飲みます。精神病院に長く入院している患者さんにみかけることがありますが,薬によるのではないかと言われています。血中のナトリウムが135mg/lを少し割った程度の低ナトリウム血症ではそれほど問題は起きないで,何となく意欲がないとか,倦怠感があるというような程度ですんでいますが,125mg/lを割ると,痙攣が起きたり,せん妄が起こりえます。
この治療がまた微妙で,ナトリウムの不足には食塩を補充すればいいのですが,この補正を急いで1日以内に正常値に戻すと,二次的に脳内のある部分(脳橋)が溶解してしまう。そうすると非可逆性の脳損傷になり,死ぬか生きるかの重篤な状態になります。ですから補正は2〜3日かけて行います。精神科疾患でときどきみられる以外には,肺疾患や中枢神経系の疾患でも生じます。
4)自傷行為
自分で手首を切った患者さんが一般病院や総合病院の救急を受診します。たいてい幾筋ものためらい傷があります。このwrist cut syndromeは自殺とは区別して考える必要があります。この行為は,思春期の神経性無食欲症の人,不登校,ボーダーラインといわれるような行動化の激しい人にしばしばみられます。これは死にたいという気持ちより,自己陶酔や解離状態(朦朧状態)でやることが多い。たいていの場合は,本人は血が出ているのを見て自分を確かめたと言いますが,この行為はそのような心理的な意味が込められているようです。自殺とは分けたほうがいいと言いましたが,こういう人は自殺する可能性も多分にもっています。ですから,両方を視野に入れておく必要があります。wrist cut syndromeそのものは自殺未遂ではないのですが,精神的な悩みでそういった行動をとる人は自殺に走る危険をもっているととらえて,精神面の治療が必要です。
自殺については深く立ち入りませんが,精神病院だけでなく一般病院でも大きな問題です。ひとつは自殺未遂の人が救急車で運び込まれます。しかし多くの場合,身体的な治療が終わると一日も早く退院させられます。入院中に自殺されては困るということですが,自殺が病気によるか,治療すべきかについて精神科のコンサルトを求めるルールを設ける必要があります。もうひとつの問題は,重い慢性疾患の患者さんには希死念慮やうつ病が少なくないので,心理面へのアプローチが大切です。一般科の患者さんの自殺は多いのです。