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〔注〕
[1]「国際環境」に関する「国際刑事法」
 各国の領域的な環境の概念を超えた地球規模の「国際」的環境の保護を目的とし、「国際」法が刑事規制の採用とその実体法的内容を定め、「国際」組織が自らその執行規定により実現を図るもので、国際(環境)法の一部を構成する。
[2]「国際環境」に関する「国際刑法」
 各国の領域的な環境の概念を超えた地球規模の「国際」的環境の保護を目的とし、「国際」法が刑事規制を含む具体的な規制の採用とその実体法的内容を定めるが、執行は各国によって行われることを前提に、必要に応じて管轄権の配分を定め、各国がそれを受けて国内法を定めるもので、国際(環境)法の一部を構成するとともに、それを受けた国内法も包括して国際環境刑法として理解される。また、国内法としても国内法益の保護を図る国内的な環境刑法とは異なる性格を一部に備えるものとなる。
[3]「国際環境」に関する(国内)刑法
 各国の領域的な環境の概念を超えた地球規模の「国際」的環境の保護を目的とするが、「国際」法は対象となる環境の内容と締約国の一般的義務や達成されるべき目標とを定めるにとどまり、その実現のための具体的措置は各国国内法制度・政策に委ね、各国国内法がそれを受けて具体的な規制方法として刑罰規定を定め、国際法の定める一般的義務や目標の実現を図るもので、国際法は国際環境法にとどまるが、国内法と総合して国際環境刑法として理解され得、国内法も、国内法益の保護を図る国内環境刑法とは異なる性格を一部に備える。
[4](国内)環境に関する「国際刑法」
 国内の領域的な環境の保護を基本的な目的とするが、その実現には国境を越える規制が必要なことから、隣接国や共通の関心を有する国など関係国との相互協力を規定する「国際」的な取極めを定め、そこに刑事規制を含み得る具体的な規制を盛り込み、各国国内法は刑罰規定によってその実現を図るもので、国際(環境)法の一部を構成し、国際法と国内法を総合して国際環境刑法としても理解できるが、国内法としては、基本的に国内環境刑法としての性格のものである。
 国際的な取極めが一般的な協力を規定するにとどまり、国内法もそれに応じた協力の枠組を規定するにとどまり刑罰規定をもたない場合は、これにはあたらず、国際環境法であるにとどまる。
(4) その意味で、海洋投棄規制条約は、注(1)で述べた分類では、規制の内容が刑事規制を含むものとして規定されているものとして捉えた[2]の類型にあたる。海洋環境及び海洋環境によって維持される生物の保護を目的として、公海への拡張をも視野に入れて、廃棄物や放射性汚染物質、生物化学兵器戦争の供用物などの海洋への投棄を、締約国が処罰することを義務づけているからである。
 この類型にあたる海洋環境の保護に関する条約としては、他に、1973年の船舶による汚染の防止のための国際条約(MALPOL条約、その一部修正と実施を定め単一文書として一括して読まれる1978年の議定書が発効)がある。この条約では、その(邦語文)第4条が、公海を含めた海洋に有害物質を船舶から排出することを「処罰」することを締約国に義務づけ、「刑罰」を科すべき旨規定し、これを受けて、海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律(海洋汚染防止法)は、有害物質の海洋への排出を刑罰の対象としている。ただ、私見によれば、ここに定められた「刑罰」も、必ずしも刑事罰を意味するものと理解されなければならないものではない。条約の英語正文は、「sanction(制裁)」を科すこと、「penalties(罰)」を課すことを義務づけているに過ぎないからである。「罰」であること、即ち、過去の違法行為に対する「法的な非難」と違反行為前と比較した場合の「利益状況の悪化」という性質を備える「制裁」であればよいから、そのような性質さえ備えれば、各国の国内法上、民事罰、行政罰とされるものであっても、刑罰であっても構わない。邦語文の理解は、わが国の国内法制度の現実と整合的に構成したものと考えるべきであろう。
 環境条約では、国際「犯罪」の処罰を定める条約とは規定上の体裁も異なっている。航空機の不法な奪取の防止に関する条約(ハイジャック防止条約)は、ハイジャックを「犯罪(offence)」として処罰することを定め、民間航空機の安全に対する不法な行為の防止に関する条約(モントリオール条約)、外交的に保護される者(外交官を含む。)に対する犯罪の防止及び処罰に関する条約、人質をとる行為に関する国際条約(人質条約)、核物質の防護に関する条約(核物質防護条約)、海洋航行の安全に対する不法行為の防止に関する条約(シージャック防止条約)、国際連合要員及び関連要員の安全に関する条約(国連要員等安全条約)も同様である。そしていずれの場合も、訴追(prosecution)と組み合わせて構想され、管轄権の配分に関する規定、特に普遍主義に関連した管轄権設定の義務規定を置くとともに、国内法による「刑事裁判権(criminal jurisdiction)」との調整規定を置いている。テロ関連条約以外でも、例えば、麻薬及び向精神薬の不法取引の防止に関する国際連合条約(国連麻薬新条約)は、対象となる不正行為を「犯罪(criminal offence)」として処罰することを締約国に義務づけている。これに対し、環境関係の条約では、このように特定された用語ではなく、前述の一般的用語が用いられており、このような訴追や管轄権に関する規定はない。
 海洋投棄規制条約やMARPOL条約1978年議定書のほか、国連海洋法条約第12部の関連規定も、排他的経済水域制度などで[4]の類型の性格をかなり強く帯びてはいるが、排他的経済水域についても沿岸国に対して旗国の執行に優先が認められ、公海での取締りには沿岸国の管轄を排除しつつ、他方公海での汚染に寄港国の執行を認めて公海での汚染の防止を図っているから、もし処罰規定をもてば、なお[2]の類型としての性格を失わないであろう。そのように理解しても、海洋法の制度は長い歴史を通じて成熟してきているから、各国間の主張の調整は多面的合理的に行なわれる。おそらくそのことも反映して、国連海洋法条約は、締約国に防止のための法令制定義務や協力義務は定めるが、処罰義務は定めず、そこは国内法に任せて、介入・干渉・紛争を避けるように管轄権の調整を行なっている。したがって、[3]の類型に属する。
(5) この条約は、人の健康及び環境の保護を目的として、有害廃棄物その他の廃棄物の国境を越える違法な移動を処罰する国内法を制定することを、締約国に義務づけている。その点では、注(1)で分類した[2]の類型と共通である。しかし、この条約は、地球全体という観点から、有害廃棄物の発生抑制と適正管理、汚染防止という問題を捉え得る内容をもつものの、特定地域での公害は基本的にその国の国内法益に対する侵害と理解されてきたものであって、越境移動の禁止も輸入国、通過国への公害の移転を防止するという国内法的な法益の保護に主として着目したものであり、また、有害廃棄物の有害性は世界的な規模のものでもないから、[2]よりもむしろ[4]の類型として捉える方が適当と思われる。ただ、これには異論もあろう。「処罰」の意義については、基本的に[2]と同様である。この条約では、「punish」の用語が用いられるが、その対象は「offence」ではなく「illegal」な取引と捉えられ、「犯罪性のあるもの(criminal)」と考える旨の孤立した規定はあるものの、「訴追」「裁判権」「引渡し(extradition)」を義務づける規定などはなく、刑罰と結びつけるよう義務づけられてはいない。
 [2]の類型と[4]の類型の具体的な違いは、域外適用の範囲・基準に現れる。[2]では、世界主義(普遍主義)を採用することが可能であるが、[4]では、属地主義を原則とし、拡張は基本的には属人主義の限度にとどまる。したがって、条約が自国民以外に域外適用を認めていれば、[2]の類型と整合的であり、その条約が[2]の類型と考えるひとつの根拠であろう。また、いずれの国の主権にも属さない地域(海・空域)を保護の対象としていれば、[2]の類型と考えられよう。バーゼル条約を含め、環境条約においては一般に、域外適用を前提にした管轄権の配分の規定はなく、締約国内での行為を規制するよう構成されている。[4]の類型の場合には、国内法が領域外での行為を一般に処罰する規定を置き、あるいは解釈でそのような適用を行う拡張主義は、非締約国にも及ぶことになるから、認めないことが必要であろう。このように、条約の内容の一部に一面では世界的な観点が認められるからといって、直ちに[2]の類型とするのではなく、できれば慎重に[4]の類型として分類しようとするのは、その方が、発展途上国を含めて各国の立場や判断を主権国家として対等・平等にすることで、多面的で冷静な検討を可能にし、「地球環境の保護」という新しい概念を適正で公平なものとして成熟させるのに役立つと考えるからでもある。
 バーセル条約を受けて、国内法においては、特定有害廃棄物等の輸出入等の規制に関する法律が制定され、直罰規定ではなく、第14条で、国境を越える不法な移動には回収・処分その他の措置命令で対処し、第22条で、その命令違反に刑罰の担保をつけるという方法が規定された。








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