6.漁港法改正
漁港法は、従来から、日本の沿岸域・海域に関する公物管理法制の一部を占めるものとして、法制上独特な位置にあった。平成13年の一連の漁業法制改革の中で、漁港法は、漁港と漁場の総合的・計画的な整備を推進するという趣旨の下に、旧来の沿岸漁場整備開発法といわば一体化する形で、漁港漁場整備法という名称へ改められるという、本格的な改正を見ることとなった。
このように、漁港法から漁港漁場整備法へという移行は、行政法学的に見た場合に、平成13年の漁業法制改革において、最も注目されるものとも言える。なお、旧漁港法は、議員立法という形で成立したものであり、今回の漁港法改正も、衆議院農林水産委員長による提案という形で立法過程が進められている。
漁港法改正のポイントは、漁港整備と漁場整備を一体的に進めるため、漁港漁場整備の法的仕組みが整備されたことにある。具体的には、政府による漁港漁場整備長期計画の策定、国による漁港漁場整備基本方針の制定とこれを受けた地方公共団体による特定漁港漁場整備事業計画の策定というスキームが構築されている。
従来の漁港法では、国が、整備すべき漁港名・主要な施設等を個別に列挙された漁港整備計画を決定(閣議決定の上国会承認を経る)し、それを受けて、地方公共団体が個別に漁港修築計画を策定する、というスキームが採られていた。この漁港法の計画手法は、政府の主導による拠点開発という、日本の地域開発のための行政計画システムの一連をなすものであったと言うことができよう。これに対して、新しい漁港漁場整備法では、国は漁港漁場整備のあり方の「基本方針」のみを定め、個別の事業計画は地方公共団体が「基本方針」に沿って自主的に策定する、という形に、その枠組みが変更されたわけである。したがって、漁港法改正は、特定漁港漁場整備事業計画が、基本的に地方公共団体が地域のニーズを受けて策定するという仕組みへと移行させるもの、と評価できよう。これは、従来型の地域開発立法における法的仕組みを転換させた例として、立法技術的に興味を惹かれる法改正である。
さらに、漁業漁場整備事業の中でも、農林水産省令で定める要件に該当するものを「特定漁港漁場整備事業」と位置付けた上で、この特定漁港漁場整備事業計画の策定手続を整備したり、その実施手続(実施主体は、国、地方公共団体、水産業共同組合)を透明化するための仕組みを導入する、といった法制度改革がなされている。
また、新法では、漁港漁場整備事業の総合的・計画的な実施に資するため、漁港漁場整備事業に関する長期計画が策定されることとされた。これは、従前の漁港整備長期計画と沿岸漁場整備開発計画をいわば統合するものであり、農林水産大臣が基本方針に即して案を作成し、関係都道府県知事及び水産政策審議会の意見を聴いた上で、閣議によって決定することとされている。
このように、今回の漁港法改正と漁港漁場整備法の新設は、地方分権への対応や、公共事業の計画・実施に関する透明な行政手続の整備など、行政法技術的に評価できる部分があると言って良い事柄を含んでいるように見える。当局の説明でも、地方公共団体による主体的な事業展開、地域のニーズに迅速・的確に対応できるスキーム、漁港漁場整備事業の透明性・客観性の確保、事業の効率的な実施や環境との調和への配慮といった、近時の行政課題への対応事項が華々しく列挙されている。ただし、漁業資源管理の高度化とのリンクという観点からは、分権的システムではなく、国として一元化された管理システムへ向かうべきであり、漁港・漁場等の整備も、むしろより一元的な構造改革という方向へ向かうべきではないか、という疑問があり得よう。
このことは、漁港法改正が、公物管理法制上の改革として、漁業管理法制とは一応分離されたものであるのか、という法令体系上の位置づけの問題と関連する。この点、今回の漁業法改正・漁業漁場整備法新設において、新しい法目的は、「水産業の健全な発展及びこれによる水産物の供給の安定を図る」ことが掲げられているのであることからも、新しい漁港漁場整備法が、従来型の公物管理法という理論体系的位置づけから脱却し、水産物の供給に関する水産法制の一翼という位置づけへと移行しつつあることが示されているように思われる。
このように、漁業法改正・漁港漁場整備法新設は、行政法一般理論上からも、非常に興味深いものとなっている。これまで、漁港法は、沿岸域に関する公物管理法としての位置を占めていたが、漁場管理という要素が付加されたこと自体が重要なポイントであるが、加えて、地域開発立法・産業振興立法と融合・一体化した新しい法体系が導入されたことは、行政法学的考察の対象とされるべきであろう。他方で、漁港漁場整備法がこのような形になったのであるならば、漁業漁場管理についても、日本の水産政策・漁業管理法制としてトータルな漁業の構造改革の一環として位置づけられることが期待されるのであり、この面から、今後の展開が注目される。