5.第3次海洋法会議と国家実行
(1)第3次海洋法会議
排他的経済水域制度は、従来公海とされてきた水域に対する沿岸国の広い領海確保要求を、公海自由の中で、航行の自由や海底電線・パイプライン敷設の自由から、資源に関する利益を分離することによって、機能的に特化した管轄権を沿岸国に認めることによって形成されてきた。そのため、制度形成の始まりと考えられる1970年以前の中南米諸国による200カイリ領海の主張においても、また、それ以降のパトリモニアル海の主張、あるいは、アフリカ諸国による経済水域の主張でも、排他的経済水域における沿岸国の権利は、資源を中心とした管轄権の主張が主眼であった。その傾向はその後の海底平和利用委員会、第3次海洋法会議を通じて同様であった。
(17)
サイガ号事件で問題となった沿岸国沖合での商取引ないし経済行為は、主に沿岸国の密輸取締りとの関連で、接続水域、あるいは、領海、接続水域からの追跡権の問題として議論されてきた。すなわち、沿岸国沖合水域で受け渡しが行われて沿岸国に不法に持ち込まれる物品の取引を、沿岸国が規制するための関税水域の設置は古くから各国で行われてきたし、沿岸国の領域内で行われた違反の取締りのために、公海上に追跡権を行使する国家実行も積み重ねられ、それぞれの制度は1958年の領海条約および公海条約に規定されるに至った。また、国連海洋法条約においても、両制度は、基本的に同様の制度として存続している。しかし、これらの制度は、沿岸国の領域内で行われる違法行為の取締りに関連している点では、サイガ号事件の一側面をとらえることができるものの、商取引そのものを沿岸国の管轄権行使の実体的対象としてとらえることができるものではない。
第3次海洋法会議では、排他的経済水域における商取引等の経済行為を沿岸国の規制対象にできる可能性を持たせた提案が公式、非公式に出されたが、その最も典型的なものは、1974年に、アフリカ18カ国が行った提案である。この提案の第3条3項は次のように規定していた。
沿岸国は排他的経済水域において、次の目的のための排他的管轄権を行使する。
(c)水域における経済活動に関連する関税上、財政上の事項に関する管理と規制。
(18)
この提案は、排他的経済水域における商取引を含む経済活動に沿岸国が管轄権を行使することができる、という解釈を可能にするものであるが、アメリカを含む数カ国の代表が明示的に反対し
(19)、後の草案には反映されていない。
同年のナイジェリアの提案は、当初、同様の、排他的経済水域における関税上、財政上の事項に関する管理と規制を沿岸国に認める内容であったが、後に、人工島、施設及び構築物に対する通関上、財政上、その他に関する管轄権を沿岸国が有するとする内容の提案に改められ、現行の国連海洋法条約第60条2項と同様の規定となった。
(20) この点からは、国連海洋法条約上は、排他的経済水域おける沿岸国の関税上、財政上の事項に関する管轄権は、人工島、施設及び構築物に対してのみ限定的に行使しうるとすると解釈することもできる。しかし、第3次海洋法会議における排他的経済水域の制度の決定は、領海の幅や国際海峡制度などの他の制度とともに、パッケージディールで行われており、また、議決もコンセンサス方式で行われているために、サイガ号事件でギニアが主張したように、明文の規定で禁止されていない事項について、会議がどのような決定を行ったかを明確に判断できる材料は少ない。