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<寄稿>
フィリピン国マニラ首都圏鉄道見聞録
小島 宗隆(当協会開発部長)
 
1. はじめに
 フィリピン国ではマニラ首都圏における鉄道整備が急務であることから、計画路線の建設等が進められている。
 JTCAでは開発途上国に対する技術協力の一環として、途上国政府職員等を招聘し、研修等を行っているが、その際、途上国の人々に対してわかり易く有意義なプレゼンテーションを行うためのソフトが必要であり、そのソフトの開発をこれまでに行ってきた。
 今年度は、より実践的なソフトを作成するため、途上国における都市交通プロジェクトの代表例となっているマニラ首都圏における鉄道整備事例について、その国の特殊条件や背景なども含めた当該プロジェクトの現地調査を行う機会を得たので、ここに、見たり聞いたりしたことを、思いつくままとりまとめてみた。
 
2. マニラ首都圏と道路交通の現状
 フィリピン国は、約7,100の島からなる群島国家であり、首都マニラがあるルソン島をはじめ、ミンダナオ島、セブ島などの主要11島で総面積のほとんどを占めている。また、その総人口は、現在約7,500万人であり、そのうち、約950万人がマニラ首都圏の人口となっている。
 マニラ首都圏は、メトロマニラとも呼ばれ、マニラ市など8市9自治体から成り、フィリピンの首都として、政治・経済の中心となっており、今後も人口の大幅な増加が予想されている。
 マニラ首都圏の道路延長は約3,000kmで、主要幹線道路としては環状線としてのEDSA通り、放射線状としてのケソン通り等がある。これら主要幹線の交通渋滞は激しく、ラッシュ時間における自動車の平均走行速度は18km/hというデータもあるが、夕食のためにパッシグ市のホテルからマニラ市中心部へ自動車で移動するのに1時間以上かかっており、平均走行速度としてはその半分以下となっている状況を体験した。
 マニラ首都圏の交通需要の特徴としては、バンコク(タイ国)やジャカルタ(インドネシア国)等の都市と比較して、ジプニー、バス、トライシクル、LRT等の公共交通機関のシェアーが約7割となっており、準公共交通機関としてのタクシー等を含めると約8割が公共交通機関を利用していることにあるが、これらの交通需要はほとんど道路が担っており、また、自家用車のシェアーが今後大幅に増大することが予想されていることから、アジアの各都市と同様に、大量高速輸送を行うことのできる鉄道等の公共交通機関を緊急に整備すべき状況にある。
 また、公共交通機関のシェアーのうち、ジプニーが最大の約4割を占め、バス、トライシクルは15%程度となっているが、昼間の時間帯であったせいでもあるが、バスについては台数ばかりが目につくものの、利用者は数人程度であり、ジプニー、LRTと比較して利用者が大変少ないように感じられた。そのためかどうかわからないが、バスが1人でも多くお客を乗せようとして、一ヶ所に何台も道路脇にジプニー等を排除するような形で並んで停車している光景を随所で目にした。このような状況は、マニラ首都圏におけるバスターミナルの整備が行われていないことによるが、道路交通渋滞を招くばかりでなく、交通事故の要因ともなり、大変危険であると思われた。ちなみに、マニラ首都圏における交通事故は、年8%の増加を続けているとのことである。さらに、バスの輸送効率を向上させる交通政策が課題であることを実感した。
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マニラ首都圏中心部での道路混雑
3. マニラ首都圏の鉄道の現状
 フィリピン国で現在鉄道輸送が行われているのは、ルソン島内のみであり、旅客輸送がそのほとんどを占めている。その輸送形態としては、マニラ首都圏とルソン島南部を結ぶ国鉄(PNR)の長距離輸送とマニラ首都圏における都市圏内輸送のための軽量鉄道線(LRT)に大別される。
 マニラ首都圏の鉄道については、LRT1号線、MRT3号線の2線が営業中であるが、MRT2号線が現在建設中であり、さらに、MRT4号線及びMRT6号線等の新線計画、営業路線の延伸や輸送力増強計画、North Rail、PNR South Line(MCX)等PNRリハビリ計画などの鉄道整備計画が予定されており、ここで現地調査した一部を紹介する。
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マニラ首都圏の鉄道路線図(開業・計画線)
(フィリピン共和国 マニラ首都圏鉄道標準化調査報告書2001年 JICAより)
(1) LRT1号線
 1号線は、マニラ首都圏の南部バクララン駅(パサイ市)から北部モニュメント駅(カロオカン市)に至る延長14km(途中駅16箇所)の全線高架・複線・電化・標準軌の路線であり、1984年に部分開業し、1985年に全線開業した。
 マニラ市の中心部を南北に縦貫しているタフト通り及びリサール通りのセンター部を高架橋が通っており、マラテ、エルミタ、イントラムロス、チャイナタウン、キアポ等観光地としても有名な地区への交通機関として、最も重要な路線となっている。
 また、LRTA(軽量鉄道公社、全額政府出資)がこの路線を計画・建設し、財産を保有・管理し、さらに現在では、列車の運行までも行っている。
 この路線は、当初車両を含めベルギーのトラムをシステムごとパッケージで輸入したものであったが、輸送量が予想以上に大幅に伸び、現在では40万人/日というLRTとしての適正な輸送量を超え、インフラ及び車両等にかなりの負荷がかかっている。このため、2つのPhaseに分けた輸送力増強工事が1996年から行われ、また、それに加えて、全車両をエアコン化するための車両改修工事が行われている。
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検修庫内の新型車両(左)と旧型車両(右)
 我々は今回、LRTAの本社事務所を訪問する機会を得たが、事務所は、留置線、検修庫、車両工場等を含む車両基地の敷地内にあり、事務所内には列車指令所も設置されていた。
 また、両端駅を含む3つの駅に信号所が設置され、両端駅に設置された引上線のポイント転換等がここで行われており、ピーク時2分30秒ヘッドの高密度運転を可能としている。
 列車の運行時間としては、5:00〜22:00となっており、我々がマニラ市中心部で食事をしてホテルに帰ってくる時間には電車がすでにないこともあって、大都市にしては終電の時間が少し早すぎるように思われたが、必要な保守時間を確保するためとの説明を受けた。
 1号線の乗車方法としては、各駅の改札前にはトークン(コイン)売場(自動販売機は導入されていない。)があり、ここで購入したトークンを改札で投入してホームに入るようになっている。値段は全線12ペソの均一料金であり、降りる時はフリーパスとなっている。
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改札でトークンを投入して入場(バクララン駅)
 
 1号線を視察した際、課題として気がついた点をまとめると以下のとおりである。
[1]高架橋の防音壁等の老朽化が目に付き、また、各駅にはエスカレータ、エレベータ等の昇降施設はなく、利用者にとって優しい施設とはなっていない。
[2]バクララン駅南部の高架橋下がスコッター(不法居住者)に占拠されており、今後の高架橋の大規模改修や南部への延伸路線建設工事をどのように行うか。
[3]駅前広場、バスターミナル等の交通結節点としての施設が整備されていない。
[4]今後も最も需要が見込まれる路線であるが、LRTでは輸送量に限界があり、益々増大する輸送力にどのように対応すべきか。
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高架橋下が占拠されている引上線(バクララン駅)








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