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PROGRAMME NOTES
白石美雪
 
 オリヴァー・ナッセンは近年ますます脚光をあびているイギリス音楽の、中核をなす担い手のひとりだ。わずか15歳のとき、ロンドン響を指揮して自作の交響曲第1番を初演したという早熟の才人で、アンサンブルを細かく独立させていくような彼の指揮ぶりは耳のよさを証明している。創作においても指揮においても、曲のすみずみにいたるまで神経をゆきわたらせていく繊細な感性が光っている。 百科事典ほどの知識とレパートリーから厳選された今晩のプログラムは、敬愛する武満とブリテンの音楽を自分の代表作と組み合わせたものとなった。全作品を貫いているテーマは子どもと自然。無邪気な子どもの世界は遥かな昔と思いきや、ナッセンの作り出すクリアな響きに導かれて、生々しい現実感をもって迫ってくる。
01 武満徹:グリーン
 Takemitsu:Green(1967)
 
 4月にはやわらかい色をしていた樹々の若葉も、コンサートがひらかれる5月下旬には青々としたグリーンになって、陽光を浴びながらみずみずしく輝いている。生命力を象徴するグリーンというタイトルに、武満は眼をきらきらさせて大きくなっていこうとするエネルギーにあふれた子どもたちのすがたを重ねあわせた。けがれのない愛らしさ、小さな体のなかでうごめいている、まだ行くべき先の定まらない力、そして繊細な感受性といった子どものイメージに、遥かかなたから憧れをもって眺めている大人の視線が交わる。 1967年、ちょうど《ノヴェンバー・ステップス》と同じころに書きはじめられた小品で、11月に森正指揮のNHK交響楽団の演奏で放送初演された。当時6歳だった愛娘、眞樹さんのほか、5人の友人の子どもたちと「成長している者たち」に捧げられている。
 オーケストラは3管編成に打楽器を多く含んでいて、武満作品では標準的なものである。クラスター(音群)や4分音を用いる書法、あるいは弦楽器のパートを細分化して用いる方法が、少しあとに完成される《ノヴェンバー・ステップス》や《アステリズム》とも共通しているものの、協和する響きを織り込んだ全体の印象ははるかに明るい。
 まず冒頭で、フルートによる鳥のさえずりを模したモチーフを伴ないながら、和音主題が弦楽5部で奏でられる。楽器をかえて繰り返されたあと、トレモロによる細かい動きを背景にフルートとヴァイオリンが上へのぼっていくメロディを歌う。これが旋律主題。やがてリズムが活気づく展開部風の部分をへて、第2ヴァイオリンのパートが12人別々の音を奏でるクラスターにいたる。ここでは4分音が使われているので、微妙に翳りのある音響となっていて、その上でマリンバが闊達なパッセージを硬いマレットで刻む。ふたたび動きが激しくなってクライマックスにいたり、 一瞬の沈黙ののち、和音主題(今皮は金管楽器)と旋律主題(ヴァイオリン)が回想され、甘い余韻を残して終わる。パートを細分化して独立させることで透明な和音を作り、特殊奏法や独特の楽器配分によって色の変化を生み出すオーケストレーションは、ナッセンの音楽にも通じる。(約6分)
 Knussen:Songs and A Sea Interlude, op.20a and The Wild Rumpus, op.20b from the fantasy opera "Where the Wild Things Are", op.20(1979-83)
 ナッセン自作自演の作品はどちらもモーリス・センダックの絵本を原作とするファンタジーオペラからの抜粋。センダックの原作はこまかく精密に、書き込んだ絵と大づかみでユーモラスな絵とが交じり合った幻想的な本だが、オペラの音楽も同じような特徴をもっている。楽器の組み合わせから色彩の変化が生まれ、細部をこまかく重ねていくなかに広く親しまれている他の作曲家の作品の断片を編みこんで、大きな織物を作りあげている。
 1979年から翌年にかけて作曲され、のちに改訂を重ねたオペラ《かいじゅうたちのいるところ》は、マックスというやんちゃな男の子が主人公。部屋で暴れてママに怒られ(第2曲「スケルツィーノとハミング・ソング」、第3曲「バタリア」、第4曲「アリエッタ1」)ご飯をおあずけになってしまったマックスがあれこれと空想しているうちに、部屋はみるみる森や海に早変わり(第5曲「変換」)。冒険にでかけると(第6曲「アリエッタ2」、第7曲「海の間奏曲」)、かいじゅうたちと出会い、「王様」としてかしづかれる(《ワイルド・ランパス》)。やりたいほうだい遊んだら、ママが恋しくなる(第8曲「夜の歌」)。森をあとにして舟で家へ逃げ帰ると、ママははらぺこのマックスのために大好きなスープを部屋に運んでくれていた。大人が自分の内にある子ども心をみつめなおす、そんな作品である。
 オペラの音楽はお互いに関連づけられた26の小部分がモザイクのように組み合わされているが、ナッセンは81年にそこから8つの部分を抜き出して、コンサート用のソプラノとオーケストラのための《歌と海の間奏曲》を作り、さらに第6シーンから《ワイルド・ランパス》(かいじゅうたちのどんちゃんさわぎ)を演奏会用にまとめ、4小節のコーダを書いた。序奏で印象深く導入される変イ音が全曲をまとめている主要音で、マックスの叫ぶ「アミマミオー」も変イ音へ向う4度和音(変ロ・変ホ・変イ)となっている。ムソルグスキーの《ボリス・ゴドゥノフ》とドビュッシーの《おもちゃ箱)からの影響があるほか、1910年代のロシアやフランス音楽に近い響きなのは、ナッセン自身が幼いころ、すごく野性的で興奮する音楽だと感じていたから。第7曲には《グリーン》のような弦楽器を細分化した響きが聴かれ、《ワイルド・ランパス》では不協和音が豪放に鳴り、音楽の展開するスピードははやい。(合計 約22分)
03 ナッセン:ヤンダー城への道 作品21a
―ファンタジーオペラ「ヒグレッティ・ピグレッティ・ポップ!」によるオーケストラのためのポプリ
 Knussen:The Way to Castle Yonder, op.21a(1988-90)Pot-Pourri for orchestra after the fantasy opera "Higglety Pigglety Pop!", op.21(1984-85/99)
 
 「情熱のすべては食べ物にあった」というセンダックの愛犬の死を悼んで作られた《ヒグレッティ・ピグレッティ・ポップ!》は、犬のジェニーが満ち足りた暮らしを捨て、「もっといいこと」を探す旅にでる物語。「経験」を求めてさまよいながら、「経験」は食べられないと落担したり、赤ちゃんを助けようと必死になったりと「経験」を積んで、主演女優になる夢をかなえる。「ヤンダー城(=はるかな城)」はセンダックがイメージした動物たちの天国(=あの世)である。
 1988年から90年にかけて、オペラから2つの間奏曲を抜粋し、オーケストラだけの短いシーンの音楽を挟んで作られたのが《ヤンダー城への道》で、3曲続けて演奏される。第1曲「大きな白い家への旅」はジェニーが猫の牛乳屋の案内で馬のひくミルク・ワゴンにのって白い家へ向うシーンの音楽。属九の和音で始まり、属和音を特徴とする導入部に続いて、カスタネットとタンブリン、トライアングルが拍を刻みはじめる。冒頭のピアノとチェレスタ、ハープの使い方や和声は武満の音楽と似ている。アダージョの第2曲は「小さな夢の音楽」。ジェニーがライオンの夢をみるシーンで、二つの和音を連結したモチーフをゆったりと反復しながら、弦楽器がメロディを奏でる。第3曲「ヤンダー城への旅」は夢みごこちの幻想的な部分ではじまり、前半は舞曲風の闊達な音楽、後半は8分音符で刻まれていく神秘的な音楽となり、終結部では第2曲の和音モチーフが回想される。(約7分半)
04 ブリテン:4つの海の間奏曲 作品33a+パッサカリア 作品33b
―歌劇「ピーター・クライムス」より
 |Britten:4 Sea Interludes, op.33a and Passacaglia, op.33b from the opera "peter Grimes",op.33(1945)
 
 《ピーター・グライムズ》に登場する子どもは、主人公の漁師ピーターの愛憎の対象となる徒弟の少年たちである。徒弟を乱暴に扱う態度をみて、村人たちは彼を白い眼でながめ、まえの少年の死はきっとピーターのせいだろうという疑いを強める。追い詰められた彼は徒弟とともに崖の上の小屋へのがれるものの、逃げる途中、足をすべらせた少年が転落して死んでしまう。3日後、老船長の忠告にしたがって、彼はひとりで海に漕ぎ出し、みずから舟を沈める。このオペラでは2人の少年は弱い存在、影のような存在でしかない,しかし同時に、そのはかないものの命の重さが、ひいては大人をも死においやることになる。
 ブリテンはナッセンが最も尊敬する作曲家のひとりである。とくに《4つの海の間奏曲)と《パッサカリア》のくみあわせは、音による詩を連ねたようなナッセンの好む小品集である。1945年にロンドンで初演されたオペラから、それぞれの幕間におかれた間奏曲4つをまとめたもので、さらに今回は第2幕の第1場と第2場をつなぐ間奏曲の《パッサカリア》をはさんで演奏する。個々の間奏曲はひとつの場面から次の場面へと雰囲気を転換する役割をになっている。
 「夜明け」はプロローグと第1幕をつなぐ。泡立つような分散和音、上をあしらいながら、フルートとヴァイオリンで奏でられる高音域のメロディは、灰色の海にさしこんでくる朝の光だろうか。雄大な相貌を感じさせる低音域の和音によるモチーフと交互に現れ、静かに漁村の1日がはじまる。「日曜日の朝」はホルンの3度の和音にのせて、快活なリズムの楽想が奏でられる。陽の光がきらめき、鐘の音が人々を教会へといざなう。続く「パッサカリア」は5曲中、もっとも長い。パッサカリアの主題動機が低音弦のピッツィカートで示され、39回反復される上で変奏が繰り広げられる。この主題がピーターの内気な性格を象徴し、ヴィオラで優しく歌われるメロディが少年をあらわしている。弦のアンサンブルが中心となっている「月光」は、安らかな眠りについている漁村の風景。月の光に海の波頭がきらりと光る。「嵐」は第1幕の第1場と第2場をつなぐ間奏曲。荒れ狂う嵐の音楽で、ピーターの精神に宿っている暗闇が示される。底知れない絶望感、少年への屈折した思いなど、悲劇をよびよせる要素がここに凝縮されている。(約25分)








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