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どんなところに注意するか
親、家庭の状況
 虐待が起こる背景のところで述べたように、様々な要因からストレスの多い子育てとなり虐待を引き起こします。次のように、まず大変な子育ての状況に気づき、その背景要因を把握することが重要です。
虐待発生機序の分析
1 親の育児の問題の内容・程度はどのくらいか
2 親子関係を阻害するような新生児期の状況や児の要因はないか
3 援助者がいるか、近所・親との関係はどうか
4 夫婦関係、経済状況、親の健康状態、居住など育児基盤はどうか
5 親に被虐待歴や愛されなかった思いはないか
親の状況
●しばしば大声をあげる、児の扱いが乱暴・暴力を振るう
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●しつけが厳しい、体罰が厳しい
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●子どもを物のように扱う 事故防止の配慮がない
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●医療を受けさせない、乳幼児健診や予防接種を受けさせない
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●育児をしようとしない 子どもへの働きかけがない
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●子どもの発達を理解していない
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●子どもに起こっている問題に気がつかない、発達の遅れに気づかない
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●子どもを閉じ込めて外に出さない
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●子どもが嫌い、子どもを否定する発言や兄弟で差別をする
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●親の代わりをさせている 育てにくさをよく訴える
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 これらの親の状況は、身体的虐待、ネグレクト、心理的虐待を起こす内容です。「子どもを物のように扱う」ことはぎこちない育児方法を表しているのではなく、感情が通わないことを示しています。
 「子どもへの働きかけが少ない」ように子どもと共感しない育児は、ネグレクトを引き起こします。
 「親の代わりをさせている」ことは、虐待する親は子どもが自分を楽しませる存在と考えていたり、親子が逆転して自分が世話をされるべきと考えたりすることで起こります。気をつけることは、年長の女児が母親代わりに家事を行っているうちに、父親から性的虐待を受けることがよくあることです。
 「育てにくさをよく訴える」ことは、未熟児や障害児であったり、発達が遅れていたりして、確かに育てにくい児であることもありますが、虐待する傾向のある親は、普通以上に子どもの泣き声が苦痛だったり不安を覚え、育てにくさを訴えるとも言われています。
親のリスク要因
中絶を考えていたなど望んだ妊娠でなかった
十代で第1子を出産した
これまでに子どもに虐待したことがある、兄弟が不審な死に方をしている
育児負担が大きい
虐待されて育った、または親に愛されなかった思いがある
危機の解決ができない、ストレスの解消ができない
アルコールの問題がある、薬物を乱用している
夫婦の対立、夫婦不和がある
夫婦間に暴力がある
母子・父子家庭、他人が同居している
経済的に苦しい、不安定
親の行為を止める人がいない
地域で孤立、親族と対立、援助者がいない
援助が受け入れられない
 
 望んだ妊娠でなかった場合、愛着の形成に問題が起こり子どもを受容することができません。母子健康手帳の取得が遅かったり、なかなか赤ちゃんの用意をしない、妊婦健診も受けないことなどから望んだ妊娠でないことがわかる場合があります。
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 親が十代で出産した場合、自分の親との関係に問題があり早く家を出て家庭を持ちたかったということがよくあります。十代では経済的にきびしく、未熟な親にストレスが高じたり、また子どもの発達を早めにとらえがちで、目の前の子どもができないことに腹を立て虐待が起こる場合があります。親に愛されなかった思いは、客観的事実ではなく主観的感情として把握する必要があり、虐待されて育ったことと同様にハイリスクです。
 アルコールは、依存症でなくても飲酒による問題がある場合はリスクが高く、シンナー、覚醒剤等は乱用の疑いがあるだけでもハイリスクです。
 夫婦間暴力がある場合、子どもに直接暴力をふるう危険性もありますが、暴力場面を見てしまうことだけでも心理的に悪影響を受けてしまいます。平成13年10月に「配偶者等による暴力防止及び被害者保護法」が施行され、新たな取り組みが始まりました。
 家族構成の変化で他人が同居し始めたときは注意が必要です。母子家庭に男性が入り込み、子どもに暴力をふるうことがよくあります。虐待が起こりそうであっても、誰かほかの大人がいてその行為を止めてくれる場合はリスクが低くなりますが、夫婦で虐待をしていたり、片方の親が黙認している場合は危険度が高くなります。
 親が子どもに愛着を持っているからと言って、虐待ではないと考えてはいけません。子ども自身の状態からみると、不十分な食事や放置で不利益を被っており軽度の虐待です。すでに情緒行動の問題もみられていますので、早急に何らかの介入的援助が必要です。
 このように、虐待を判断するときには、子どもの症状・状況を中心として判断することが重要です。軽度と判断されても、「親のリスク要因」にあげられているような項目が多い場合には、何らかの危機で重症度が一気に上がる場合がありますので気をつけましょう。
 
事例1
 現在2歳6か月の男児です。食事が十分に与えられず、よく一人で家に放置されています。子どもの発育や発達には問題がありませんが、がつがつとよく食べ、皮膚や衣類は不潔でケアされていません。ほかの子どもにとても乱暴で、母親と別れても平気で誰にでもべたべたするなどの行動がみられました。
 母親は子どもはかわいいと言いますが、両親とも育児の問題認識がなく、家事能力にも問題があり対処がうまくできません。母親によるネグレクトの疑いで保健センターが援助を開始しました。
 最近の新聞にもよく内縁関係の父親による身体的虐待で死亡した事件が出ています。母親は内縁の夫に遠慮して、暴力を止めることができない場合がしばしばあります。
 また、母親が子どもの行動をしつけようと虐待する場合もあります。
 傷の理由は、子どもはなかなか本当のことを言いません。親にこう言えと言われている場合もあります。顔面の傷は重症度が高く、早急に虐待者からの分離が必要です。
 この事例は、子どもの情緒面への影響が大きく、ネグレクトで軽度から中度と考えられます。虐待と考えることより、総合的に状況を把握して関係機関の援助を求めることができます。
 家庭訪問をしても母親は共感性の乏しい人のようで、子どもは保育所に入ることになりましたが、長期的な子育て援助が必要な事例です。
事例2
 近所の5歳児がよく叩かれて泣いているし、親が子どもをののしっている声や投げ飛ばされているような音が聞こえます。子どもは顔に殴られたようなあとがあり、理由を聞くと「転んだ」といいます。
 母子家庭だったのですが、最近見知らぬ男の人が来ていてどうやら泊まっているようです。虐待はその時期から始まっているようです。児童相談所に相談すると、虐待でしょうということで、直ちに調査に来てくれました。
事例3
 4か月児健診で受付の時から気になるお母さんがいます。抱き方がぎこちなく、子どもは一人で長いすの上に置かれたままです。子どもは表情が乏しく、相手をしても笑いません。子どもが泣いていてもあやすことはなくほったらかしにしているという感じです。
 母親は20歳で、予診では「育児をしていると疲れる」「手伝ってくれる人がいない」「遊びに行けない」と一方的にしんどさを訴えます。担当保健婦さんに紹介して、家庭訪問をしてもらうことになりました。








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