吟詠・発声の要点 第三回 1.総論(続き)
原案 少壮吟士の皆さん
監修 舩川利夫
(2)吟詠の音楽的な特徴=音階・メロディーなど
吟詠にあまり縁のなかった人が、改まって吟を聞くと、大抵の人は「力強い」とか「日本の伝統的な情緒がある」という感じを持つという。これは吟詠が持つ音楽的な特性が聞く人にそうした感じを起こさせるからである。吟力の向上を志す人は、その特性が何であるかをよく認識して、さらにそれを芸術的な(美を創造し、表現する)高みへ育て上げることを心がけたい。
言霊と語り物
日本人は昔から、言葉が持つ魅力、呪力のようなものに注目し、それを言霊と呼んだ。霊魂が宿っているものだから粗末には扱わなかった。その思想が歌唱芸能に受け継がれたのが「語り物」と呼ばれる数々の伝統芸能である。代表的なものに平曲「平家物語」があり、琵琶を弾きながら盲目の法師が平家一族の栄華と没落を語った。浄瑠璃、義太夫も同じ語り物である。これらは物語、叙事詩に節をつけて音楽にしたものである。これとは別に長唄、端唄、小唄などは「歌い物」と呼ばれ、自分の感情を伝える叙情詩や叙景詩に節をつけたものである。
語り物と歌い物の決定的な違いは、語り物が当然ながら言葉の一音一音を明瞭に美しく、正しく発音して、詩語を生かすことに細心の注意を払う。歌い物は言葉よりメロディー(節回し)を優先させる。
例えば「春雨」と歌うとき、歌い物では「ハ〜ル〜サ〜メ〜」のように音節と音節の間に節をつけてのばす。語り物では詩語、詩句の音節の間に節をつけてのばすことはない。のばすことができるのは、原則としてそれぞれの詩語の語尾だけである。
吟詠が扱う題財には叙事詩のほか、歌い物で多く見られる拝情詩や叙景詩も含まれるが、右のことを考え合わせれば、吟詠は「語り物である」と言い切ってよいだろう。
そして、それこそが音楽としての吟詠を特徴づける根本をなしている。
いわゆる音楽の3要素、[1]メロディー(旋律、節調)[2]ハーモニー(和音)[3]リズム(拍子)を中心に見ていこう。
音階とメロディー
(旋律、節調)
洋楽の音階(音楽に使われる音を、高さの順に並べたもの)はド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、の7音から成っている。そしてド、ミ、ソの音を主に使う長調と、ラ、ド、ミの音を主に使う短調に大別される。それらの音を並べて作るメロディーは、長調であればドミソ、ファラド、ソシレの三つの和音を念頭に置いて作られるのが普通である。そうして作られたメロディーは、和音を分散したメロディーともいわれる。
これに対して吟詠を含む邦楽の音階は、大体5音からできているものが多く、途中に半音が入るかどうか、また、どの場所に入るかによって、いろいろな音階の形ができている。この5音階メロディーは日本民謡、沖縄民謡や、歌謡曲・演歌の一部、さらには東欧の民族音楽などにもあり、広い意味で吟詠の親戚音階ということができる。
吟詠の音階はミ、ファ、ラ、シ、ド、の5音(上下1オクターブの同じ音を含む)で、7音からレ、ソが抜けた形。陰音階とか陰旋法などと呼ばれる。旋法とは、旋律の法則という意味で、音階の他に音の動き方、配列、音域などを含めたものを言い、洋楽の和声的メロディーに対し、単一の旋律で動くのが特徴である。
吟詠の節調は、絶句、律詩、和歌と詩歌の形態による違いはあっても、音楽としてはいわゆる同じ型(パターン)の繰返しと見なされ、音楽著作権でいうところの「著作物」(思想または感情を創作的に表現したもの)には当てはまらない、とされている。しかし、流派、会派による微妙な節調の違いが特色となっていたり、さらには、吟題の詩情を最大限に表現するために、節回しを一つ一つ変えて吟じる流派も存在する。美の表現・創造を目指す芸術吟としては、大切なことではないだろうか。
吟詠の節調に関しては各流会派の宗家・会長の権限分野に入るので深入りはできないが、陰旋律が持つ響きはあくまでも”陰”なので、明るい感じの叙事詩、叙景詩にぴったりするような”陽”の節調が生まれてもいいのではないかと期待する声もある。
ハーモニー(和音)
洋楽の心地よい響きの根本には、音をド、ミ、ソというように(三度ずつ)重ねて作る”和音”が存在する。相性がよい音同志を重ねると、音に含まれている種々の高さの音が混ざり合い響きあって、きれいな和音となる。また音と音の間の幅の違いによって、和音全体が明るく感じたり不安を感じたりといった変化が出てくる。
邦楽にも雅楽の和声があり、結婚式で聞かれる音のように「ありがたい」感覚の響きを持っている。
吟詠は前述したように単旋律が基本なので、最近では伴奏演奏が和声的に作曲され、吟者の詩情表現に役立つよう工夫されている。吟者が伴奏音楽にうまく調和して、吟と伴奏が溶け合うような演奏をするためには、普段から和声的な音楽に親しみ”よい和音”の感覚を身につけることが大切だと思われる。
リズム(拍子)
洋楽でリズムとは「強弱の規則正しい反復」を言う。ワルツは三拍子(強・弱・弱)行進曲は二拍子(強・弱)で、それぞれ規則的な強弱を繰返し、そのリズムを体で感じたり予測したりすることに、ある種の快感を伴う。
吟詠には規則正しく繰返されるような強弱のリズムは無く、ここにも、日本の言葉を大切にした吟詠の精神が読み取れる。つまり「春が来る」と言う時は、あくまで自然に話すように「春が来る」と詠う。それを三拍子や四拍子のワクにはめて途中で切ったり伸ばしたりすることができなかったためと考えられる。ただ題材の詩語が二音節ずつ二拍で進行することが多いので、二拍のリズムがよく合うと感じることが多い。
吟詠を含めた邦楽には、リズムと似た”拍”があり、その中に曲のテンポ、情感などを性格付ける”間”の要素も入っている。これについては次回に記す。
(この項、監修者原案・執筆。「語り物」の部は原案・佐々木一景少壮吟士)