日本財団 図書館


吟詠のさらなる発展のための提言 舩川利夫先生に聞く
吟詠上達のアドバイス 第57回(最終回)
 平成九年三月から四年余りにわたって掲載されました「吟詠上達のアドバイス」は今月号をもって終わりとなります。次号からは「吟詠・発声の要点」と題する新しい連載企画が始まります。舩川先生には引き続き監修者としてご協力いただくこととなります。ご期待下さい。
 
z0006_01.jpg
船川利夫
 
舩川利夫先生のプロフィール
昭和6年生まれ。鳥取県出身。米子工業専門学校卒。
箏曲古川太郎並びに山田耕作門下の作曲家乗松明広両氏に師事、尺八演奏家を経て作曲活動に従事。現代邦楽作曲家連盟会員。
若くして全日本音楽コンクール作曲部門一位、NHK作曲部門賞、文部大臣作曲部門賞などを受賞されるとともに平成4年度(第8回)吟剣詩舞大賞の部門賞(吟剣詩舞文化賞)を受賞されている。
数多い日本の作曲家の中でも邦楽、洋楽双方に造脂の深い異色の作曲家として知られる。
おもな作品に「出雲路」「複協奏曲」その他がある。
また、当財団主催の各種大会の企画番組や吟詠テレビ番組の編曲を担当されるとともに、夏季吟道大学や少壮吟士研修会などの講師としてご協力いただいている。
 
十二月から「発声の要点」を連載
本誌 舩川先生、この続き物57回という大変に長い間、本当にお疲れ様でした。
今どんなことを考えていますか?
 
舩川
 終わってみれば長い気がするけれど、もう四年も経ったかな、という感じです。
 
本誌
 でも先生が、これで完全に足を洗える訳ではない?
 
舩川
 ですねえ。(笑い)
 
本誌
 これまで、吟詠というものについて、いろんな角度からお話いただきました。そして今度、新しい企画が始まるのですが、これは沢山の意味と側面を持っているといえます。この連載物はいずれ一冊の本にまとめられて「吟詠・発声の要点」として刊行される計画です。この辺の意義について・・・
 
舩川
 実は、言い出しっぺは私なのです。なぜそれが必要と感じたかといえば、声の出し方ひとつを取っても、少壮吟士の中ですら、分かっていない人がいる。これがネズミ算で増えたら、吟詠の将来は暗いですよ。この辺で、声を出す基本だけはしっかりと押さえておく必要があると・・・。
 
本誌
 その意味で今度の連載は、初心者ばかりでなく、経験豊富な方々にも確認のために読んでいただく必要がありそうですね。先生は財団の吟道大学や、少壮吟士研修会でも講師を勤められたりして基本について繰返し話しておられますが。
 
舩川
 もう疲れちゃう、って感じ(笑い)。私も年齢ですから、いつまでも同じことをやっておられません。後継者、せめて助手ぐらいは欲しいところですね。
 
本誌
 いや、先生はまだまだお若いから頑張っていただかないと。でも、今度の企画にはそんな願いも、いくらかは込められているということですね。
 
音楽家の理想と吟士の裏付けを合わせて
本誌
 こんどの企画の一つの特徴は、前に何回かご紹介しましたように、原稿の素案の段階から少壮吟士の皆さんの全面協力を頂いているということです。舩川先生、監修者の立場としてどう思われます?
 
舩川
 これは大変いいことだ。普段、少壮吟士の皆さんがどのように教えているか、場合によってはあまり勉強していないことがわかってしまったり。それは冗談として、一番の値打ちは、私は音楽家として、吟詠の吟じ方をあれこれ言いますが、中には“こうあるべきだ”と思って書いたことが、全部が正しいことではないかもしれない。それを今回は現場に携わっている少壮吟士の方たちが裏付けなり、補足なりをしてくれて、良い形のテキストができるものと思っています。
 
本誌
 月刊誌の編集担当としましては、新企画が発足することで、多くの読者の方から寄せられていた「舩川利夫先生のアドバイスを、是非ともまとめて欲しい」という要望に応えられると感じています。つまり、舩川先生が監修されるのですから、内容はこれまでのアドバイスの集大成ともいえる訳です。
 
舩川
 それに少壮吟士の実体験も加味して、「これは誰が見ても間違いが無く普遍的なことだ」というものだけを収録したいと思っています。
 
世代交代の息吹
本誌
 話題を変えますが、最近の吟詠界を先生がご覧になって、音楽的には進化していると思われますか?
 
舩川
 いい方向に向きつつありますね。例えば地域で開催する研修会などで、これまで吟界を背負ってきた先輩の指導者が、段々と少壮吟士を中心にやろうという動きが見えてきました。
 近畿地区では、大阪府総連が研修会を年に四回開いていますが、少壮吟士が講師となって、主体的に運営していると聞きました。運営費の面でもうまく折り合って、それぞれの独立性を尊重しているようです。
 
本誌
 コンクール審査の面でも新しい動きがあるとか。
 
舩川
 九州地区のことでしょう。近畿地区やその他の地区では大分前から実施しているのですが、吟詠コンクールを開催したとき、従来の審査員の他に、別枠として少壮吟士にも参加してもらう形をとるようになったそうです。どっちにしても、どんどんと世代交代をして、審査にしても、模範吟詠にしても、若い人を立てるのは吟界にとっていいことです。
 
伝統と因習を区別して
本誌
 日本の伝統芸道としての吟詠を、若い人達にどうやって正しく伝えて行くかという問題にも関係しますね。
 
舩川
 伝統という言葉に惑わされてはいけないんです。ともかく先人のやったことはすべて善であるとして受け継ぐというのは間違いで、いわゆる因習・・・何て言ったらいいか、かえって弊害になる慣習も含まれているわけですよ。日本の伝統というのは我々日本人の血の中に流れているものであって、それがどのような形で外に表れるかは時代と共に変わるものだと思います。
 
本誌
 近頃の歌舞伎、能、雅楽の世界などを見ましても、単に古いものを伝承するだけが伝統を守ることにはならない、ということを示しているようです。
 
舩川
 士気を鼓舞することから始まったという吟詠でも、これからは強い調子一本やりでなく、声帯に負担をかけない縞麗な声で、大、小の音を使い分け、現代人の心を揺さぶるような吟を志向する、新しいテキストがそのための指針になればいいですね。
(おわり)








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION