吟剣詩舞だより
第二十七回詩吟洌風流合宿研修会
能舞台での吟詠指導
詩吟洌風流恒例行事である大山(神奈川県伊勢原市)合宿研修会が六月二日、三日の二日間に亘り開催されました。昭和四十七年先代宗家白男川洌風先生立案による、都会を離れての野外教室として、ここ大山(阿夫利神社)の緑深い山ふところに囲まれた大自然に向っての発声練習が毎年続けられ、今回で二十七回目となりました。この時期、雨降神社と言われる程雨の多い大山ですが、幸い好大に恵まれ日帰り組を含め延べ百五十名の会員が参加しました。
第一日目は武田旅館で受付をすませ、社務局広場でストレッチ体操をした後、宗家以下参加者全員が祈祷殿で修

を受けての合同参拝を行ないました。続いて三ヶ所の会場に分れての各師範による野外発声練習が夕方まで行なわれましたが、この合宿は間近に迫る段位審査会や武道館合吟コンクールに結びつく鍛錬でもあります。第一日目の行事を終え、夕食懇親会を旅館大広間で開き、会員相互の親睦、交流を深め、吟詠について共に語りあう場となりました。
第二日目の午前中は前日と同じ野外発声練習を行ない、午後一時より吟詠実技指導に移りました。今回は阿夫利神社のご好意により、昨年十月に落成したばかりの能楽殿を開放して下さいました。社務局境内の清らかな池の上に建ち、舞台正面の松の板絵が、本物の松を植えた緑したたる霊山を借景とした、全国でも極めてユニークな素晴らしい能舞台です。晴天のもと白男川洌風宗家と小池鷺苑指導部長により、各段位から二十四名が指導を受けました。出吟者は白足袋にはきかえ、はじめての能舞台での吟詠に緊張気味、心を落ちつけて木の香ただよう気品のある舞台切戸より静かに橋がかりを進み、正面舞台に立ち合宿の成果を精一ぱい吟じました。晴れの能舞台で吟じることが出来、よい体験をさせて頂き感激新たに、思い出の一頁を飾ることが出来ました。武道館合吟に出場の男、女会員も能舞台に揃い「太田道灌蓑を借るの図に題す」を合吟しました。
すべての行事が終了し、宗家より本番に向け更なる練習を積みかさねるよう講評をいただき、今年度大山合宿研修会は無事終了致しました。
(詩吟洌風流事務局)
阿夫利神社能楽殿で吟詠
全国朗吟文化協会 第四十一回 「吟と舞」春の集い開催
六月十日(日)、東京九段会館ホールにて表題の大会が、財団法人日本吟剣詩舞振興会後援のもと開催できました事、哀心より感謝申し上げます。
開演に先立ち午前九時、渡辺北辰大会副会長の号令で朝令が開始され、定刻の九時十五分には開演。矢作積峰大会副会長による開会の辞に始まり、国歌斉唱、朗吟道合吟は伊丹嘉雪、林心水の両大会副委員長先導で開始。早速、第一部合吟二十題に続き、第三部まで吟詠、剣詩舞が披露され午前の部が、それぞれ盛会のうちに終了した。
十三時より、松岡萌洲大会副委員長の司会で式典開始。先ず榊原静慧大会副委員長の開式の辞、次いで三浦瑞宝大会委員長のお礼の挨拶、引き続き当会最高顧問の松永康路先生より、専門的立場で有意義な話を伺った。その後、当会に長年の功労者浅間苔洲、菊池吟正の両先生に、小倉契秀大会会長より感謝状が授与された。続く祝電披露では、小林瀞玉大会副委員長が、財団会長笹川鎮江先生の祝文を声高らかに読みあげると、場内は感激の大拍手。小倉契秀大会会長の謝辞は、財団のご後援、また財団会長笹川鎮江先生より賜ったご祝辞、祝電のお礼の言葉、併せ両最高顧問に対し深甚なる謝意を表明。また関係役員の労苦をねぎらい、多数会員の出席を感謝し、親和友愛をもとに吟剣詩舞のもたらす使命の為、皆で力を合わせ頑張って行こうとの挨拶であった。閉式の辞は、八文字剛洲により式典は終了した。
午後は第四部八十番から始まり百四十四番迄、吟剣詩舞が続いた。ハイライトの企画番組「世紀の春を謳う」は二十四題をもって最も華麗に披露され、プログラムの総てを滞りなく時間内に終了した。
閉会のことばは大石晨煌大会副会長、次ぐ万歳三唱は、前田国敞大会副会長により、場内が天井を突きあげる程の感激と気合いで締めくくられた。
(全国朗吟文化協会事務局)
謝辞を述べる小倉契秀大会会長
関東少壮吟士自主研修会開催
第二十八回の関東少壮吟士自主研修会を去る六月十六日、十七日の両日、静岡県三島市において少壮吟士二十一名が参加し、静岡県総連の先生方のご協力を得て、昨年不慮の事故で他界された故石井心超吟士の一周忌法要を兼ね実施致しました。二日間の日程は次のとおりです。
六月十六日十一時〜十二時=故石井心超吟士一周忌法要。於三島市 覚林院。
十四時〜十七時=吟詠研修会。於アモール・エテルノ・リオ
六月十七日=沼津市大瀬崎「吟道之碑」参拝
故石井心超吟士の一周忌法要は、奥様、ご子息様はじめ静岡県総連役員の先生方二十余名のご参列をいただき、しめやかに執り行なわれました。終了後お墓参りを行ない、墓前において参列者一同石井先生の遺志を継いで吟道のために一身を捧げる決意を新たにしました。
午後は会場を三島市内のリオに移して、百五十名を越える皆様方にご参加をいただき、吟詠研修会を開催しました。国歌斉唱、財団会詩合吟、主催者を代表して実行委員代表小林北鵬吟士のあいさつの後、まず海老澤宏升吟士の「吟詠と音楽について」と題した研究発表が約一時間行なわれました。音名・音階、和音、協和音程等音楽との関係について説明があり、学校で学んで以来の内容に皆さん熱心にメモを取り聞き入っておりました。続いて地元吟詠家六名(白石敦子、小野寺繁信、福地明子、岩崎幸子、山本啓一、山本喜久の各氏)の方々と奥村龍愛、池田嶺煌、清水錦洲、渡辺翔峰の各吟士の吟詠について実地研修が行なわれました。アクセント、発音、姿勢、着付けや詩心表現について、質疑応答も交えて細かな指摘が行なわれました。ことに男性吟詠家の着物の着付けについては、コンクールの講評で厳しい指摘がなされている現状に鑑み、実演を交えた研修に皆熱心に見入っていました。少壮吟士に対しては、詩心表現に関する指摘がなされ大変高度な研修会になりました。終了後の懇親会は、ほぼ全員の方が出席され第二の研修会として活発な意見交換がなされました。
翌十七日は、沼津市大瀬崎にある、「吟道之碑」に地元三島市の先生方のご案内で参拝をしました。梅雨時にもかかわらず、好天に恵まれ、車を降り「吟道之碑」まで二百数十段の階段状の山道を汗を拭き拭き登り、全員で碑に刻まれている「吟道碑詩」(西村琴村作)を大合吟して、吟道発展に努力することを誓い合いました。昼食後、三島駅で再会を誓い合って解散致しました。大変有意義な研修会でありました。
最後に、二日間ご協力をいただいた静岡県総連の先生方に厚くお礼申し上げます。
(臼井寛洲記)
吟詠研修会で「吟詠と音楽について」発表する海老澤宏升吟士
葛飾区吟剣詩舞道連盟吟行会 懇親旅行記
二〇〇一年六月十七日(日)、十八日(月)の二日間、梅雨時期の真最中。十二日から降り続いていたが…晴れた!午前八時葛飾区新小岩にて先陣十六名がバスに乗り込み、途中青戸にて三十五名、計五十一名を乗せ元気な挨拶と笑顔に包まれて、八時三十分首都高速常磐自動車道・磐越自動車道を目指して出発した。車中では飲み物お菓子等が配られ、前日までの雨で過ぎ去ってゆく景色の変化も緑艶やかで、気分急上昇。「あぶくま洞」鍾乳洞散策後昼食。次に「塩屋崎灯台」に上り絶景なる太平洋を眺め、美空ひばり記念碑を背景に記念写真を撮る。(十三年六月二十四日は美空ひばりの十三回忌の命日)
素晴らしい景色と自然を満喫し、美味しい空気をいっぱいに吸い込んでいわき湯本温泉へ…。やがて四時過ぎ「ホテル美里」に到着。早速浴衣に着替え湯につかって旅の疲れを癒し、六時宴会。今回の旅行幹事、松島龍寛常任理事の司会により矢作積峰理事長の挨拶、工藤龍堂常任顧問の乾杯の音頭で宴が始まり、お酒も入り和やかな気分になった頃、指名された宇都宮松閣事務局長を先陣にカラオケが順次役員より開始された。予定を一時間延長させ、佐藤宝秀副理事長の葛飾名物三本締めで盛会裡に終了。翌十八日(月)午前八時三十分ホテル美里出発!「勿来の関」跡へ向かう。
奥州の三関
●勿来の関…常陸の国(茨城県)と陸奥の国(福島県)の境に置かれた古代の関
●白川の関…下野の国(栃木県)と陸奥の国(福島県)の境に置かれた古代の関
●念珠の関…越後の国(新潟県)と出羽の国(山形県・秋田県)の境に置かれた古代の関
九時十五分到着。記念写真の後、常任顧問の和歌「吹く風を勿来の関と思えども道も狭に散る山桜かな」の独詠に続き、全員で「八幡公」頼山陽作を合吟、都の喧噪をのがれて山里、その幽境で吟じる感懐はまた一しお、更には合吟の息継ぎのところで、何処にひそんでいたのか、老鶯が突然ケキョ、ケキョと合の手よろしく鳴いてくれ、一鳥声あり、人心あり、まさに万感胸に迫る思いであった。勿来を下りた一行は常磐自動車道にて「西山荘」に到着。西山荘は水戸市の北二十kmの常陸太田市西部にあり水戸藩主であった光圀公(義公)が隠居された所です。光圀公は江戸城という当時最高の贅を極めた場所から、隠居直後にこの質素な西山荘での生活に移られたということで、その人柄をお偲びいたしました。光圀公は元禄四年五月から同十三年十二月六日、七十三歳で亡くなられる迄の十年間をここで過ごされました。丸窓の書斎に書を読み、折にふれ庭を散策し鶴を愛し餌を与え、又時には紅葉におおわれた観月山での月見の宴、和歌の会を催して心字の池に開いた白蓮などを詠まれる等質素の中にも優雅な晩年を過ごされました。その後この建物は今から百七十年程前に焼失しその一部を復元したもので、現在県の重要文化財に指定されています。
一行はここで、櫟門、お成り道、紅蓮池、洗見の滝等を見学し、御殿前では宇都宮松閣事務局長の先導にて徳川光圀作「日本刀を詠ず」を合吟・記念写真に納め、その後原発、東海村を経て那珂港魚市場ヤマサ水産レストランにて昼食し、お土産品の買物にたっぷり時間を掛け午後二時帰路につきました。車中で矢作積峰理事長より運転手・ガイド・東急観光の添乗員の方々に対し御礼が述べられ、また、参加の皆様が無事に各家庭に着かれます様お話があり、午後四時前に葛飾に到着し散会。
(宇都宮松閣記)
美空ひばり記念碑の前で記念写真
第五回しもつけの風 吟剣詩舞道大会
栃木県吟剣詩舞道総連盟では今年六月二十四日(日)栃木市文化会館大ホールに県吟連傘下各流の一般会員六百五十名(出演者数)を集め、恒例の第五回大会を開催しました。当日は快晴に恵まれ栃木市長及び教育委員会の関係者も出席して式典が行なわれ、北関東の古都栃木市が会場になった事を喜び、地元出身の柴田秋水県総連会長が歓迎の挨拶をしました。プログラムの表紙も栃木市で発掘され国指定史跡となっている下野国庁跡に復元された前殿を図にして、大会を盛り上げました。番組は第一部と第六部に合吟を、中間に剣詩舞と短編の構成吟舞があり、バランス良く出来ました。舞台背景は天守閣に城壁を配したので出演者は晴やかに演技を披露、一日中満席の観衆を魅了しました。(県総連広報部長記)
「しもつけの風」第四部剣詩舞の舞台から