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’02剣詩舞の研究(五)   一般の部
石川健次郎
剣舞
「名槍日本号」の研究
松口月城作
(前奏)
美酒元来吾が好む所
斗杯傾け尽くして人驚倒
古謠一曲芸城の中
呑み取る名槍日本号
(後奏)
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博多駅前に立つ黒田武士象
◎詩文解釈
 作者の松口月城(一八八七〜一九八一)は現代の漢詩家で福岡の出身、この作品は自身の故郷である九州の民謡「黒田節」に材を取って漢詩に仕立てたものである。
 よく知られている民謡の黒田節は「酒は飲め飲め、飲むならば、日の本一のこの槍を、飲みとるほどに飲むなれば、これぞまことの黒田武士」という歌詞だが、この詞に雅楽の越天楽から採った筑前今様の旋律を節付けして、黒田藩の武士や福岡地方で古くから歌われてきた。
 ところでこの歌詞の由来だが、安芸(広島)の福島正則侯のもとに使者として立った筑前黒田藩の家臣・母里太兵衛が、福島の陣屋(芸城)で酒を強いられ「大杯を飲みほしたら褒美は望みにまかす」と云われ、福島家の家宝の槍(銘が日本号)を拝領したという史話が原典となっている。従って詩文もこの史話と民謡の歌詞を取捨選択して作られていて、おおらかさの中に武人の気骨が感じられる。詩文を直訳すると「自分はもともと酒を好むが、福島侯の陣屋で無理強いされるままに一斗(現代の計量だと約一・八リットル)も入る大杯で一気に呑み干して見せると、同席の者達はその呑みっぷりの見事さに大変驚いた。酒の興に城中で筑前今様の一曲を披露し、約束の名槍日本号を拝領したのである。」
◎構成振付のポイント
 剣舞としてこの作品を演じる場合、武具としては刀より槍が優先するであろう。更に振り付けを検討していくと、刀は全く使わない場合も出てくるが、刀は武人の魂として、使わなくても帯刀はすべきであろう。また持ち道具としての大杯は、コンクールの場合はルールにより扇の見立てで代用する。
 さて前奏及び起句は母里太兵衛の人物紹介を主として、詩文にとらわれず、豪快な気分で槍、または扇で見立てた大杯を使って武人らしい動きを連続して見せる。承句は大杯になみなみと酒を受け、それを一気に飲む、この運びが一つの見せ場になる。歌舞伎十八番「勧進帳」の弁慶の所作を真似た振りなども参考にはなるが品位を欠いてはいけない。転句からは、宴席での肴として太兵衛が格調のある舞を披露するか、または槍術の型を美しい組合せで見せたい。酔体を強調してはいけないが、振りのアクセントにとどめれば踊りにはずみがついて面白い。結句は転句を引き継ぎ、ダイナミックに槍の型を見せる。この場合、実際の槍術の型が取り入れられれば申し分ないが、そのために振りの流れが混乱しては困る。結句の最後は武人太兵衛の性格を見せる山場であることを念頭に置いてほしい。
◎衣装・持ち道具
 武士であり使者でもある役だから黒紋付、白衿に袴の準礼装が適当。持ち道具は刀以外に槍を使いたい(扇で代用してもよいが)。前項で述べたように杯は扇の見立てによるので、朱色地で黒骨がよい、また武士の位を考えて天地金でもよい。
 
詩舞
「赤馬が関舟中の作」の研究
伊形霊雨作
(前奏)
長風浪を破って一帆還る
碧海遥かに回る赤馬が関
三十六灘行くゆく尽きんと欲す
天辺始めて見る鎮西の山
(後奏)
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現代の赤馬が関(下関)
◎詩文解釈
 作者の伊形霊雨(一七四五〜一七八七)は江戸時代中期の学者で肥後(熊本)の出身。生家は農業を営んでいたが、自分の代からは学問で身を立てるようになった。幼少から詩作をよくし、藩命で京都に遊学の後、郷里の子弟の育成につとめたが四十三歳で没した。
 ところでこの詩は京都から熊本に帰るとき、長い船旅で周防灘から赤馬が関(下関)を通過して九州の山々を望んだときの感激を詠んだものである。
 詩の内容は「遠くから吹いて来る風に送られて、自分の乗っている帆かけ船が波を蹴立てて進む。この周防灘から赤馬が関に向かう青海原は、島影や岬が果しなく続くが、流れの急な多くの難所を乗り越えた所で、初めて雲の彼方に九州の山々が見え、なつかしさがこみ上げてきた」というものである。
 さて、今でこそ熊本と京都の距離はさ程に遠いとは思わないが、江戸時代の資料によれば、赤馬が関(下関)から周防灘の上関までの航路が二日間、ここから瀬戸内海を通り播磨灘経由で兵庫の港までが八日間、そして更に前後の陸路の旅程が加算されると、熊本・京都間の離りは大きく、それだけ望郷の思いも大きかったことであろう。
◎構成振付のポイント
 詩文中心に詩舞の組立を考えてみると、起句は帆船が波を蹴立てて進む様子。承句は航路に見る海上や島影の風景。転句は急流などの難所に巻込まれながら、舟がそれらを乗り越えて進むさまを描き、結句は舟旅の終り近くに懐かしい九州の山々が見えてきた、と云うことになる。
 舞踊構成は以上の四つのポイントを基本にして、それらを平板に並べることは避け、起句から転句にかけて次第に動きの盛り上がりを見せ、結句でしんみりと望郷の思いを見せるように振り付けたい。オーソドックスな構成振付の場合、前奏から起句は帆船や波の様子を表現するのに扇の活用がかなり重要なポイントになるだろう。承句は三人称による叙景振りが主になるから、海の表情や島影の表現に意表をつくような見せ場をつくりたい。転句は体の動きをポイントに、この海特有のうず潮の回転振りを多く取り入れると変化があって面白い。結句は扇を活用して一人称の思い入れを含んだ振り付けが効果的である。
 なお別な構成例として、結句の望郷の部分をハイライトにするために、それ以前の部分はあまり詩文に捕らわれない物語りで構成する。この場合はその物語りと云ってもあまり具体的にしないで、印象的な感覚でまとめれば、一と味異なった作品になるであろう。
◎衣装・持ち道具
 作品全体を作者の一人称振りで通すことは難しいから、海上の表現にも都合がよい、ブルー・グレー系の着付と、袴も配色のよい無地が適当であろう。扇は銀、ブルー、鳥の子の無地が無難だと思う。








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