漢詩初学者講座 伊藤竹外
吟詠家に漢詩のすすめ―(四十)
伊藤竹外
伊藤竹外先生プロフィール
愛媛漢詩連盟会長
(16吟社、会員200名、毎月指導、添削)
六六庵吟詠会総本部会長(吟歴60年)
財団公認愛媛県吟剣詩舞道総連盟会長
財団法人日本吟剣詩舞振興会理事
平成5年 文部大臣地域文化功労賞
平成8年 財団吟剣詩舞大賞功労賞
著書 豫州漢詩集(編著)
南海風雅集(編著)(2版)
漢詩入門の手引き(10版)他。
一、詩は結句が生命
毎月、本誌の投稿詩を拝見、添削しその中の十篇を秀作として発表していますが、いつも参考として、述べていることは、詩は結句が生命だから安易な表現を避けよ、と例を挙げて示しています。その主なものを挙げますと
(一)結句は常套語で逃げないこと。
(二)詩は理窟を言うべからず。
(三)説明語を結句に据えるべからず。
(四)題に関連のない結句を据えない。
(五)結句は結論を述べるものに非ず。
右の内、一例を挙げると
これらの原作者から目からうろこの落ちた思いがしましたとの多くの感想が寄せられていますが、今月は次の如き質問がありました。
右を挙げて原作者曰く「理窟(主観)を言うべからずの鉗鎚有難く拝受しました。然しながら次の如き古人の作も少くない様に思いますが如何でしょうか」との質問です。
思うに「一将功成」は古来万人が愛唱する警句であり、曽て何人もこれに類した表現を試みたものはなかったし「古来征戦」も唐詩の圧巻とされ、王世貞は「瑕なき璧なり」と稱えていますし、愚生も亦この詩は「喜怒哀楽愛怨」の六情のすべてを表現したもので特に転結の哀愁は餘情を托して正に絶品であると思っています。同じく乃末希典の「凱歌今日幾人回」は先の「一将功成万骨枯」を踏まえ王翰の「幾人回」を踏襲したものと思いますが、これは将軍自身の正直な悲痛、悔恨の情をありのまま詠ったものとして高く評価します。
これらの主観は模倣でなく生の感情表現でなく、理窟を超越したものと思います。
そうして転結の伏線として起承が配置され一詩として観賞に堪え、もし主観を述べるときは模倣でない独創で然も内容と密接なものでなければならないでしょう。
前記の「剛強朴直却幾仁」が論語の「剛毅朴訥幾仁」の故事の模倣を可としても、眞紅の鶏頭花に比するにはあまりにもふつりあいで、とってつけた理窟に過ぎないように思われます。
二、課題「名刹賽○○寺」について
四国霊場八十八寺札所を始め全国到る処に名刹が開基せられて以来、数百年、更に千年以上を超える由緒と伝統の中で庶民は陸續として参拝し佛陀の慈悲と恩恵に浴しています。
さてこれら既に名勝ともなった寺院を漢詩に詠まれているものも多いと思いますが「春日遊山寺」ではなく名刹○○寺を詠むことともなればどうしてもその特徴を表現しなければなりませんが、これが大変むつかしいものであることを痛感しました。
三、名刹の特徴が出ていない
大体、名刹といってもその背景や由緒は似たりよったりのものですから、兎角どこにも応用できる内容、表現になってしまいます。
四、常識的な結論を出さない
冒頭にも挙げましたが、今月も亦この傾向が多いようです。
五、名刹は四季を超越する
背景に四季の形観を添えると内容に拡がりを持たせ深さを与えるのは事実ですが、名刹の特徴を減殺することにもなります。
六、同類の詩語を重ねないこと
僧院の景観は似たものが多く 詩語も四行の中に知らず識らず同意 同類の語を重ねやすいためよくよく配慮のこと。
寺門、伽藍、塔影、法燈、梵園
(以上 清水寺一詩中に在り)
七、添削実例