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吟詠のさらなる発展のための提言 舩川利夫先生に聞く
吟詠上達のアドバイス 第52回
 財団ではこの四月、現役の少壮吟士六十五人に「吟詠の発声法等に関するアンケート」を発送しました。
 これまでに届いた五十二通の回答内容をもとに、舩川先生が今後のメソッドづくりを見据えて、そこから何が見えてきたかを伺いました。
 
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船川利夫
 
舩川利夫先生のプロフィール
昭和6年生まれ。鳥取県出身。米子工業専門学校卒。
箏曲古川太郎並びに山田耕作門下の作曲家乗松明広両氏に師事、尺八演奏家を経て作曲活動に従事。現代邦楽作曲家連盟会員。
若くして全日本音楽コンクール作曲部門一位、NHK作曲部門賞、文部大臣作曲部門賞などを受賞されるとともに平成4年度(第8回)吟剣詩舞大賞の部門賞(吟剣詩舞文化賞)を受賞されている。
数多い日本の作曲家の中でも邦楽、洋楽双方に造脂の深い異色の作曲家として知られる。
おもな作品に「出雲路」「複協奏曲」その他がある。
また、当財団主催の各種大会の企画番組や吟詠テレビ番組の編曲を担当されるとともに、夏季吟道大学や少壮吟士研修会などの講師としてご協力いただいている。
英知を集めてテキストを作ろう
現場の苦労が滲む回答も
本誌
 アンケート回答を一通りご覧になってまずお感じになったことは何でしたか。
 
舩川
 同じ少壮吟士でも、教えている中身にはいくらかバラツキがありますね。一番まずいと思ったのは、発音のところで、子音の練習がとても大切だという認識が薄いこと。詩文の読み下しの時に、子音と母音の区別がはっきりとできていない人が多いので、共鳴がうまく響かないと思います。邦楽の言葉の特徴は子音にあるんですよ。特に“語り物”といわれている義太夫、琵琶、浪曲とか、吟詠もそうですが、思い入れ、あるいは情感を出す一つの手法として、子音を、時間も少し長く取って、丁寧に歌うのです。
 
本誌
 洋楽では違うのですか。
 
舩川
 ええ。洋楽は子音をむしろ犠牲にして母音を美しく響かせることに力を入れます。ベルカントと呼ばれる歌い方などその典型ですが、最近は洋楽でも、やはり詩情表現を大切に考えたのか、唯きれいな声ではダメになってきました。
 
本誌
 項目ごとに見ていきましょうか。反対に、先生が一番感心されたのはどの辺ですか。
 
舩川
 さすが少壮吟士だなと思ったところが幾つかありました。順番にいくと、「初心者にまず何を教えるか」の項目で、作詩者の人物像、時代背景、何回も音読させる、など標準的回答が多くあった中で、「ともかく大声で歌わせて、それがたとえヘタでも褒めてやる」というのがありました。
 
本誌
 指導者の涙ぐましい努力が目に浮かびますね。
 
舩川
 あとは少壮の皆さんの、普段の心がけですね。ブリッ子的な匂いがしなくもないけど、皆さん日頃から節制に心がけ、あらゆる芸術に進んで接し、自分を磨いて、ひたすら吟詠の奥行きを広めようとしている。
 
“前傾姿勢”は、やや問題
本誌
 で、肝心の発声法などについては、問題点がありましたか。
 
舩川
 細かく言えばきりがありませんが、特に気になった二、三のことについて触れておきましょう。メソッドでは改めて書かないようなことに関しては、いま申し上げるほうがいいですね。例えば姿勢について。回答では「やや前かがみ」と答えた人が非常に多かった。これは私が研修会などで「逆“く”の字」と説明したのが浸透し過ぎたきらいがあるのですが、体型的に胸とシリが少し出ている人にあてはまる姿勢で、ごく普通の体つきの人は、むしろ自然に立つ感じの方がいいです。ついでに言うと、人が立っているためには筋肉のある程度の緊張が当然必要ですが、それ以外の、というか、それ以上の緊張はどの筋肉にもないほうが、伸びやかな声になります。
 
本誌
 身体のどこにも「ツッパリ感」があってはいけない、ということですか。
 
舩川
 そう。人のからだで、声を出すのに関連する筋肉は百七十あまりあるといわれていますから、この全部の筋肉の柔らかさを保つことは、大変に難しいことですけど。
 
本誌
 「視線」の項で、「遠くを見る」という回答が多かった中で、「一点を見つめる」というのがありましたが。
 
舩川
 遠くの人に話しかけようとすれば自然によく通る声になることは、実験でも証明されているようです。一点を見つめるのはよくない。睨み続けると目や首の筋肉が突っ張るから、声にとっては悪い。
 あと全般の問題としては、腹式呼吸で横隔膜がどんな働きをするか、この辺がまだ曖昧な人、臍下丹田に「気」を入れるのと「力」を入れるのを一緒にしている人など、もう少し正確に捉える必要があるなと思いました。
 
 
「吟詠の発声法等に関するアンケート」質問の要点
1、初心者を指導するとき、まず何から教えますか
2、次の項目について、あなたが指導していること (1)姿勢 (2)重心 (3)呼吸 (4)発声、音階練習 (5)発声で最初に教えること (6)声を響かせる部位 (7)発音を教える要点 (8)母音と子音の区別
3、詩情表現について
4、伴奏との調和について
5、吟詠の芸を磨くための心がけ
 
少壮吟士の力を積極的に
本誌
 どの問題も、テキストづくりには大変役立ちそうなヒントですね。
 
舩川
 やはり第一戦で苦労している少壮吟士だけになかなかいい答がありました。
 そこで、私の提案ですが、発声法のテキストを作るに当たっては、少壮吟士の力を積極的に借りるべきだと思います。例えば発声法を幾つかの項目に細かく分けて、「発音に関してはA吟士をキャプテンとするB、C、D吟士の四人グループでまとめてもらう」という具合に…。
 
本誌
 なるほど、これは現場の体験から来る意見が反映されていいものができるでしょうね。
 
舩川
 一歩進めて、これを財団の正式な事業の一つと位置付けてもらえば、財団から少壮吟士の皆さんに委嘱できるのではないですか。
 
本誌
 事務局から常任理事会へ諮る方向で検討してみたいと思います。
 
舩川
 吟詠愛好家にとっても、財団にとっても重要なことですから、皆さんの英知を集めて、良いものを作りましょうよ。








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