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「こんな思いで暮らしています」
わかば共同作業所
藤井 謙司
 
【はじめての入院】
 私が初めて入院したのは平成6年、28歳の時でした。それまでは、高校卒業後、18歳の時に自動車の運転免許を取り、陸上自衛隊に入隊して第二戦車大隊に配属され、北海道に4年間いました。その後除隊し、いろいろな仕事をしましたが長続きせず、初めての入院となりました。病院は日永病院(現・総合心療センターひなが)でB3病棟(開放病棟)でした。入院期間は3ヶ月と短く、この間に外勤もしました。初めての外勤では、四日市市の内部町にある「小松紙工」に通いました。そこでは「針洗い」(使用器具の洗浄)等の作業を行っていました。
 
【作業所への通所】
 そして退院後、再びストレス状態に陥り、平成8年再入院しました。入院中から四日市市の阿倉川にある「わかば共同作業所」に外勤の形で通所始め、退院後も引き続き通所しました。作業は「フックボルト組み立て」、ダンボール工場へ出かけていっての作業、およびアームバンド、刺子、他数種類の自主作品の制作を行いました。その間に四日市市内の「太陽化学」や「日の出ゴム」に入社しましたが長続きせず、すぐ辞めました。
 それからは「わかば共同作業所」に通所し、4年ほど前からお中元、お歳暮の時期に「近鉄物流」の配送の短期アルバイト(1ヶ月間位)に行っています。現在、作業所に通所して6年になり、(自分で言うのもなんですが)メンバーのリーダー的存在として、みんなの協力もあって、毎日頑張っています。
 
【デイケア「金よう会」】
 それから私は、若松先生やわかば共同作業所のボランティアの畑久江さんの紹介で、四日市の新正にある四日市保健所のデイケア「金よう会」に週1回行っています。そこで春には花見、秋にはスポーツ大会、冬にはクリスマスパーティーなどこれ以外にも様々な行事、プログラムに参加しています。現在は保健婦の城さんや浅井さんに仲良くしてもらっています。
 
【年金受給】
 私は、日永病院(現・総合心療センターひなが)に入院してから若松先生、松原先生、市橋先生にお世話になってきたのですが、30歳の時、松原先生とケースワーカーの鳥越さんの協力があって障害者手帳や障害年金がもらえるようになりました。
 それからは、趣味のサッカー観戦で、東京ベルディ(元・ベルディ川崎)の応援に横浜や東京に毎年行くようになりました。また、旅行好きの私は、長崎の「ハウステンボス」に15回行っています。オランダの町並みがきれいでした。「チーズ市」も良かったです。
 
【ボランティア活動】
 最後に私は、作業所やデイケア、アルバイト以外にもやっていることがあります。それはボランティア活動です。4年前から四日市市社会福祉協議会のボランティアスクールに通って、1ヶ月に1回介護ボランティア(車椅子乗降補助、シーツ交換など)の勉強をしています。また、そのスクールを通じて、昨年(平成12年)、四日市ドームで行われた「まなびピア」という生涯学習のイベントや、今年、三重県内で行われるスポーツレクリエーション大会(スポレク2001みえ)のイベントボランティアとして頑張っています。
 私の夢は、将来、介護ボランティアとして仕事をすることです。これからは自分のため、みんなのために頑張っていきたいと思います。








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