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「失速速度」  奥貫 博
 以前「飛行機は、垂直姿勢では速度ゼロで失速しますから・・」と書きましたところ、体験されたことのない方には奇異に感じられますようで、質問を受けた事がありました。
 確かに、失速を主翼の揚力の破綻として考えますと、理解しがたいことかもしれません。しかし、飛行機が空中にとどまることが出来ず、落下する時点をもって失速と考えますと、わかりやすくなります。
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上昇から降下に移行する微小Gの状態
 今、真上に石を投げたとします。その石の速度は次第に減少し、一瞬、速度ゼロになった後落下します。この事象は、飛行機にもそのまま当てはめることが出来ます。飛行機の場合は、機首を引き上げて垂直上昇にしますと、空中に投げられた石と同じことになります。やがて速度が減って、ゼロになり、落下が始まります。これが冒頭の「飛行機は、垂直姿勢では速度ゼロで失速しますから・・」といった現象です。
 言うまでもなく、この姿勢は、曲技飛行の領域ですから、実施するためには、曲技飛行の可能な飛行機、操縦者、空域、そして許認可の存在が前提となります。更には、速度ゼロのあと、後ろ向きに落下しないよう、きちんとコントロールすることが必要となります。
 さて、以上の内容はごく特殊に思えるかもしれませんが、その周辺には、興味深い話もあります。操縦訓練の過程で必ず教わることに「Gをかけると失速速度が増大する」と言うものがあります。失速速度50KTの機体で、六〇度バンク、高度一定の急旋回をしますと2Gが作用し、その時の失速速度は約七〇KTになります。ここまでは、実際に体験することも容易ですし、誰でも知っています。
 しかし、その逆の世界を体験された方は少ないことと思います。いわゆる1GとゼロGの間の微小G領域です。「Gをかけると失速速度が増大」の逆は「Gを減らすと失速速度も減少」となるわけです。この領域のGを保持して飛ぶことは不可能ですからごく短時間の挙動になりますが、ここには、色々と面白い特性が隠されています。先ほどの垂直姿勢での速度ゼロでの失速は最も極端な例ですが、そこまで行かなくても、半分は飛行機、半分は空中に放り上げられた物体と言った状況にしますと、通常の失速速度をはるかに下回る速度でも失速を避けることが出来ます。また、急な方向転換も、機体に無理な力をかけることなく可能になります。
 この辺は、鳥を観察すると良くわかります。鳥は、急な方向転換が必要な時、先ずは滑らかに引き起こし、速度が十分小さくなったところでクルリと方向転換します。それを真似することが出来るのです。
 飛行機の場合は、上昇反転、失速反転、あるいはウィング・オーバーと言った科目がそれに似ています。いずれも上昇から始まり、頂点で反転した後、反方位への降下に入ります。これを上手にやりますと、その場での「回れ右」といった飛び方も可能になります。
 飛ぶことの大先輩にあたる鳥の真似をするのもなかなか味わいのあるものですので、興味のあります方は、異常姿勢対処訓練のついでにでも体験させていただくと良いと思います。








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