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「非対称引き起こし」  奥貫 博
 
 非対称引き起こしは、一般的にはなじみの少ない表現であろうかと思います。要は、左右主翼が均等に揚力を負担していない状態での引き起こしと言った概念です。
 操縦訓練の過程でこの状態を体験されることはまず無いと思いますので、その内容を紹介させていただこうかと思います。
 非対称引起しの前には非対称の降下状態が存在します。この代表例は、ご存知スパイラルとスピンです。左右主翼の揚力のアンバランスが、旋転を生じるのです。異常姿勢対処訓練等の目的で行う場合は良いのですが、何が何やらわからない状況で、気が付いてみたら真下を向いていると言った場面が問題です。通常の対称状態の飛行機が真下を向くことは先ず無いと考えてもよいので、いきなり真下を向いているような場合は非対称状態のことが多いのです。
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旋転、傾きを止め、直線降下から引起すことが必要
 さて、左右主翼の揚力がアンバランスな非対称状態からそのまま引起しますとどうなるでしょうか。先ずは高速側です。パーティゴ等から発展した急降下スパイラル状態等が該当しますが、そのまま引起しますと、片方の主翼にかかる荷重が増大した状態になりまして最悪空中分解に至る危険性があります。
 次に、低速側ですが、無理な旋回からグラっときて真下を向いてしまったような状態が該当します。ここで、そのまま引起しますと、揚力を多く負担している方の主翼が先に失速して、スピンに入ってしまいます。低高度でこうなりましたら、先ずは助かりません。このように、非対称引起しは非常に危険な側面を持っていますから、注意をする必要があるのです。
 私自身の例で言いますと、FA200でのアクロ飛行展示の際に、最も注意していますのがこの非対称引き起こしです。能力の限りの引起しを行って、その完了高度が、200FTといった状況では、非対称引起しによる高度低下は命取りになるからです。
 その意味から、課目表にありましても、実際には殆ど実施しない課目に上昇スピン3旋転というのがあります。これは、超過禁止速度近くの高速で進入し、観客の正面でなめらかに約70度の上昇姿勢にした後、減速を待って3旋転のスピンを行うものですが、この完了時点では、真上を向いた、速度ゼロの状態になってしまいます。そこでの姿勢コントロールが出来ないのです。そして、下を向いた瞬間、正面が観客エリア、または管制塔等であったとしましたら困った事になります。それらのエリアを避けながらの非対称引き起こしは危険を伴うからです。
 従いまして、その心配があるエリアでは、終了時の姿勢、方向の管理が可能な、45度上昇姿勢からの2旋転スピンにとどめています。
 本題に戻って、再度まとめますと、非対称引起しは、高速側では、荷重オーバーによる機体構造損傷の心配があります。また、低速側では、大きな傾きを伴う失速、あるいはスピンによる高度損失の心配があります。
 従って切迫した引起しが必要になりましたら、先ずは、機体の動き、姿勢を見極めて対称飛行状態に戻し、慎重に引起す手順が必要となります。
 真下を向いているからと、いきなり引起すことが無いよう、細心の注意が必要となるのです。








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