「久しぶりにパラダイス(2)」 M. SATO
早速レンタカーを借りコルバリスヘと向かう。ユージーン〜コルバリスの距離は約六〇km車で一時間。飛行場は町はずれの牧草地にあり、日本国内の飛行場と比較するなら第二種飛行場クラスの大きさと設備を備えている。滑走路の長さは約一八〇〇メートル。無論、NDB/VOR/DME&ILSを備えている。
AVIAの事務所に入ったとたん、小野さんが飛んでみる?と、聞いてきた。無論、「飛びます」と一言。話は早い。飛行場orヘリコプターどちらで飛びますか?の問いにヘリコプターから写真を撮りたいのでヘリにしたい旨を告げる。飛行準備に取りかかり、天気を確認する。すると、明日から帰国の日まで雨の予想が報じられている。(日本では晴男で名高い俺なのに…)乗せてもらうヘリコプターはR―22(ロビンソン)機番はN 505PR。写真撮影のために右側のドアを外し機内に何もないことを確認する。無論、自分たちの持ち物も動かないように固定する。もし、飛行中に何かが機外に放出されテール・ローターに当たれば墜落してしまうからである。ヘリの場合、テール・ローターにダメージを受けると操縦不能になり死を意味する。
日本と違い、ローカル飛行にプランはいらない。準備が出来たら、即!離陸。先ずは、小野さんの操縦で飛行場とAVI Aの社屋を撮影。その後、コルバリスの町並みを撮影。街の中心部は、オレゴン州立大学のキャンパスが占めており閑静な広がりを楽しませてくれる。あまり大きい街ではない。が、周囲にはいくつかの大型のショッピングセンターもあり生活しやすそうに感じる。街を離れると東側の方向には障害物一つない広大な牧草地が広がる。西側には小高い山が連なっているが、飛行に影響するような山ではない。見るからに、飛行訓練にもってこいの空間なのである。こんな環境で訓練を受けられる人が羨ましい。俺も、ヘリの資格を?…取りに来るぞ!と、心に誓うほどの素敵な街に想えてきた。小野さんが、会うたびに「パラダイス」と言う意味が分かったような気がする。一年を通して、気温&気候に恵まれ生活面も最高と小野さんは豪語する。聞くと、この土地に居を構え八年も生活していたとのこと。
翌日は、S君の訓練に同乗させてもらえることになり滞在先のモーテルまで送ってもらう。モーテルは一泊二十五ドルで、近所にコンビニが二軒ある。飛行場まで車で五分。小野さんのアパートにも二分で行ける。
強行軍の割には疲れを感じない。チェックインを済ませ、小野さんのアパートに行き「うどん&みそ汁&ボイルしたアスパラ」と言った軽い夕食を摂り雑談に花を咲かせる。
翌朝、S君が借りているレンタカーで飛行場に向かう。S君は、ヘリの事業用を持っているとのことなので訓練が楽しみ。久しぶりに後席から飛行訓練を見物でき写真まで撮れるというのだから一石二鳥!ルンルン気分。飛行場に着いて天気を確認する。予報ははずれて一日中飛行日和とのこと。飛行計画を立てる間、僕は地上の写真を撮り歩く。飛行場はセスナ一七二・P程度も良さそうだ。離陸してしばらくはエアポートワーク「タッチアンドゴー」を繰り返す。その後、進路を北に向け三カ所の飛行場でタッチアンドゴーなどの訓練を行いながら島田君の慣熟飛行を行った。どの飛行場も屋外駐機されている飛行機の数が少なく飛行場自体が静かに感じてしまう。特に気に入ったのが、飛行場に格納庫付きの住宅が並ぶインディベンデンス飛行場である。駐機場に飛行機を止め、軽食を食べさせてくれるレストランでランチを楽しむ。すると、格納庫付きの住宅に住む老夫妻が近づき気軽に声を掛けてきた。小野さんとの会話を聞いていると、老後を夫婦二人で楽しんでいるらしい。因みに住宅の価格は三千万円程度から土地も二〇〇坪はあるようだ。小野さんの言う、「飛行機野郎のパラダイス」は本当に存在した。気候も住環境も最高のオレゴン。ここを知るまでは、ハワイかサンフランシスコしか知らなかった自分が情けなく想えた。そんなオレゴンに住むことは不可能でも、大空を楽しむフィールドとして訪ねることは出来る。感謝の気持ちを込めて、チャイニーズレストランで祝杯を挙げる。三人で食べて飲んで三十五ドル。お腹は限界といえるほどパンパン。再び訪れることを心に誓い眠りにつく。

三泊四日の旅は、一瞬の出来事のように終わってしまった。帰国する僕を、S君と小野さんがユージーン空港へと送ってくれた。なぜなら、僕と入れ違いにヘリコプターの分割訓練を受けるNさんが東京からやって来るからである。三人で、少し早めのブランチを摂っていると霧が降り出し周囲の空は怪しげな様相へと。とたんに飛行機が遅れるとの表示…。Nさんは僕が出発してから到着の予定だったのに、Nさんの方が先に到着。シアトルでの乗り換えが心配になってくる。「ゆとりなしの一時間」不安が募る中、小野さんとS君は、Nさんを迎えるために到着ゲートヘと…。そうこうしている内に、僕の乗る飛行機が到着。ゲートが開くと同時に飛行機に向かう。挨拶もそこそこにシアトルヘ。時計を見ると、シアトルで国際線に乗り継げる訳がない。辿々しい英語でキャビン・アテンダントに事情を説明。シアトルのスポットには会社が用意してくれた車が待っていて国際線のボーデイング・ブリッジに横付けしてくれ帰国することが出来た。「何ともHappy!」複雑な気持ちのままシアトルからノースウエストにて成田への帰路に就いた。
帰国後、コルバリスを「ふるさと」のように感じている自分が不思議でならない。