「E・M・T」
Emergency Maneuver Training
Rich StowellのEMT (Emergency Maneuver Training) No.3
鐘尾 みや子
前回では、一般的にほとんどのパイロットは訓練に際して機体の運用範囲のごく限られた部分においての飛行しか学んでいないことをお話しました。このことをさらにわかりやすくするために、訓練の内容を次のように分類してみます。
表1−1 各トレーニング分類表
一般訓練 |
緊急機動訓練 |
エアロバティック訓練 |
・PRIMARY
・INSTRUMENT
・COMMERCIAL & CFI
・PART61, 141 PROGRAMS
・TYPE RATINGS |
・STALL/SPIN AWARENESS
・UNUSUL ATTITUDES
・SAFETY COURSES
・CONFIDENCE COURSES
・EMT(R) PROGRAM |
・BASIC
・ADVANCED
・COMPETITION
・AIRSHOW
・MOVIE & STUNT FLYING |
上の分類表において、ほとんどのパイロットが行う訓練は一番左の「一般訓練」にはいるものです。いわゆる「普通の飛行」をしている限りでは、この訓練だけで事足ります。一方、一番右の「エアロバティック訓練」は、ご存じのようにエアショーなどで披露される曲技飛行や競技用曲技飛行の技術を習得するものであり、パイロットの中の一部の愛好者により行われています。これらの訓練を機体の面から見ると、「エアロバティック訓練」が機体の運用範囲をフルに使う訓練であるのに対して、「一般訓練」ではその一部しか使っていない訓練であるということができます。
しかし、「一般訓練」で使われている運用範囲と、「エアロバティック訓練」で使われている運用範囲との間には境界線があるのでしょうか。通常の飛行においては「一般訓練」で使われている運用範囲からは絶対に逸脱しないという保証でもあるのでしょうか。残念ながらそのような境界も、保証もありません。主翼、水平尾翼、垂直尾翼、そしてそれぞれの翼に取り付けられた動翼を備えた「飛行機」である以上、その動翼の動く範囲において、飛行機の飛行形態はその運用範囲内のどこにでも、あるいはその運用範囲外にも及び、どんな姿勢でもとり得るのです。
特に重要なのは、「一般訓練」で使われている運用範囲のすぐ外側の部分です。ここは通常使われている運用範囲に隣接し、ともすれば通常の運用範囲から逸脱して入り込みやすい領域であるにもかかわらず、いままであまり注意が払われずにきていました。この部分を使って行っている訓練が、上の分類表における「緊急機動訓練」にあたります。
「一般訓練」は飛行機を飛ばすための必要不可欠の訓練です。これが十分に行われなければ、ライセンスをとることはできませんから、いやが応にも注目せざるを得ません。また「エアロバティック訓練」も見た目が派手で刺激的ですから、かなり印象の強いものとなっています。これらに比べて「緊急機動訓練」はあまり興味を引かず、地味で目立たない存在となっています。たいして注目もされないため、このような訓練のみが取り立てて行われることもなく、中身の検討もなされずにきていました。
しかし、今までの多数の事故を振り返ってみると、通常の運用範囲から逸脱したことが原因と思われるものがあまりにも多く、また、この部分の知識や訓練が不足していることによって事態をより深刻にする場合が多くあることがわかってきました。そこであらためて、「緊急機動訓練」の必要性を認識し、正しい方法で効果のある訓練を行おうという動きがでてきたのです。
この訓練はあまりなじみがなかっただけに、その方法については慎重に吟味されなければなりません。例えば、失速やスピンからの回復訓練は、ある程度慣れてしまえばそれほど困難なものではありません。しかしこのような訓練を画一的に繰り返していると、どんな異常姿勢でも回復できるという誤った自信につながってしまいます。実際の飛行においては、失速やスピンは、訓練の時のように決まりきった形で現われるものではなく、いろいろな要素が複合した形で現れてきます。こんな時に誤った自信を持っていると事態をさらに悪化させ、パニックに陥ってしまいます。
それでは「緊急機動訓練」は、どのように行われるべきものなのでしょうか。それに第1に「一般訓練」において会得した飛行の原理をさらに深く掘り下げ、飛行機というものをもっとよく理解することから始まります。そして、その飛行機の運用範囲のどの部分で今飛んでいるのか、パイロットの操作によってその飛行形態が運用範囲をどのように移行していくのかを理解し、失速やスピンなどの異常姿勢に陥る前にそれを察知して回避できるような能力を身につけていくようにしなければなりません。いうならば、頭で理解した知識と体で覚えた操縦技術とをうまく連携させていく訓練ともいえるでしょう。
ともすれば、「エアロバティック訓練」と同じような位置づけで見られがちな「緊急機動訓練」ですが、その中身は全く違います。パイロットの多くは「エアロバティック訓練」は一部の愛好者だけがやるものであると認識していますし、その認識は正しいものです。しかしそれと同じように「緊急機動訓練」を位置づけるのは誤りです。むしろ「緊急機動訓練」は、全ての「普通のパイロット」に対して行われるべきものであって、「一般の飛行訓練」で残された曖昧な部分を埋めること、緊急事態に陥った場合にも生き延びられる能力を身につけることを目的として行われなければならないものなのです。
本書「緊急機動訓練/EMT」は緊急機動訓練のテキストとして、飛行の基本原則、旋回や横滑り、失速とスピンの認識、背面からの回復、操縦装置のトラブル、エンジントラブル、滑空、不時着陸について解説し、そして最後は機長としてどうあるべきかを説いて全ての締めくくりとしています。
次回からは飛行原理の解説にはいります。既に知識として頭にはいっているし退屈かもしれませんが、「緊急機動訓練」の根幹をなす大事な部分なので、省略せずにやっていこうと思っています。
(以下次号)