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基調講演 「観光まちづくりとは何か」
東京大学教授
西村 幸夫
 
 ご紹介にあずかりました西村です。
 まず、トップバッターとして、今日はなぜこういうテーマで議論をするかということをご紹介したいというふうに思います。
 先ほどの長光APTEC理事長のお話にもありましたように、数年前から研究会をつくりまして、いろいろ議論を重ねてまいりました。また、昨年末には観光政策審議会として、組織が変わりましたので観政審そのものはなくなりましたが、最終の答申をまとめて、その中の一つの大きな柱として、観光まちづくりということを入れていただいたわけであります。私も委員として議論の中に参加しましたし、それ以前にこういうものを議論の骨格としてまとめようという、かなり初期の段階から議論に参加してまいりました。
 そういう中で、なぜこういう考え方が観光まちづくりという形で固まってきたのか、またそれは一体何なのか、どういう中身を持っているのか、今後どういうことをやろうとしているのかということについて簡単にご紹介をしたいと思います。
 また、観政審の答申の中身に関しては、恐らくこの後で大口課長が簡単に触れられるのではないかと思いますので、中身に関しては次に譲りたいと思います。
 皆さんにお配りした今日の資料の中に、ピンクの「観光まちづくりガイドブック」があると思いますので、これも見ながらお聞きになっていただけるといいのではないかと思います。 これは実は第2版でありまして、初版が好評で、多少内容を加えて新しいものをつくったわけでありますけれども、ここに基本的に我々の考え方を述べております。
 「観光まちづくり」という言葉は、聞き慣れない言葉でありまして、一つは、先ほどから議論にありますように、観光がまちづくりにまで広がっていく議論をしているという側面と、まちづくりが観光にまで広がっているという、両方の側面があるわけです。例えば観光がまちづくりまで広がっているという側面は、例えば日本にはさまざまな観光地があるわけですが、勢いがある観光地、観光客が伸びている観光地というのをよくよく調べてみますと、ある一つの特色があるわけなんです。つまり海外に旅行に行くのが日本人にとって随分安くなっている中で、国内旅行というのはなかなか伸び悩んでいるという中で伸びているところ、例えば湯布院ですとか、今日、パネリストで登場していただく宮崎県の綾町ですとか、滋賀県の近江八幡、長浜、小樽、自然の観光地ですと上高地などはこのところ、観光客が伸びているわけなんです。
 そういうところを見ますと、一つ、共通していることが見える。それは何かといいますと、それは観光客のためだけの観光地づくりをしているわけではないということなんです。先ほどのごあいさつにもありましたように、住んでいる人が自分たちがそこに住んで楽しい町をつくっていこう、楽しいイベントをつくっていこう、その結果がさまざまな人に魅力を呼んで、人が集まってくるという観光地、そういうところは例外なく伸びているということに気がつくわけであります。つまり今までの観光地のように、観光産業が外からの人を呼んできて、日常と違うものを見せてお帰りいただくというだけの観光ではなかなかうまくいかなくなってきているのではないかということなんです。ですから、その意味では観光が、それまでの観光だけでないところまで広がっていく必要がどうしてもあるということに気がつくわけであります。
 それからもう一方、まちづくりが観光まちづくりまで広がるということは、私はまちづくりの専門家なのでよくわかるのですけれども、今は全国各地でさまざまな形で地域おこしや村おこしなどがやられているわけなんですけれども、大都市は別ですけれども、大半の市町村はこれから人口が減っていくわけです。そうした中で、いかに活力のある町を維持していくかというのは、各地の大問題になっているわけです。そして今までのように、皆さんよくご承知のように、人口を増やしていけば、それが人口の数が地域の活力のバロメーターであるという時代はもう終わっているわけです。日本の総人口があと数年でマイナスになるという時期に、そういう発想ではすまないわけであります。
 そういう中でよく出てくる言葉として、「交流人口」という言葉が出てきます。自分たちのところに住んでいるだけが自分たちの仲間ではない。日本中、もしくは世界中に自分たちのサポートしてくれる仲間がいて、そうした人たちが季節季節にやって来てくれて元気をつけてくれたり、また仲間としてサポートしてくれる。そういうまちづくりが必要になってくるのではないかと思います。それはある意味では文化のまちづくりでもありますし、観光のまちづくりでもあるわけであります。
 そういう意味で、まちづくりは観光まで非常に大きく踏み込むようになったわけであります。その時によく言われるのは、観光は目的ではないんだと、これは結果であるんだと、みんなが住みやすい町をつくっていく。それは「近き者喜びて遠き者来る」という言葉にあるように、近所の人が本当にいい町だと思えば遠くの人は来るのではないかと、そういうまちづくりこそめざすべきではないかというふうに言われる結果として出てきた言葉なんです。
 ところが、その中でいろいろ議論をしていって、ではもう少しきちんと議論をまとめていこうと、観光まちづくりということをまとめていこうという中で、先ほど出てきたこと、これはこのパンフレットの中にあります。またこれは英語版もありますが、こういう形でもう少しきちんと議論をまとめていってみましょうということで、観光まちづくりには3つの要素があるだろうと、それは特に住んでいる人が重要だというのは、アジア太平洋の地域を議論しているわけですから、人口がたんさくあるわけです。ですから、どこの地域を取り上げても、完全な原生林みたいなものはほとんどないわけです。何らかの形で人間の手が加わっている。つまりそこには歴史と文化があるわけです。その歴史と文化をベースにして住んでいる人たちがいる。そして、観光資源と言われる資源があるわけです。そこに人が訪れてくる。
 つまりこの3つのプレイヤーがあるだろうと。この3つがうまくバランスを取れないといい町にはなっていかない。ところが往々にして、例えば観光客が来ると、地域住民の日常生活が脅かされるとか、それとか観光資源、ある観光地の周辺に醜い看板ができたり、いろいろな醜いおみやげ物屋さんができたりする。また観光関係の業界と、そうでない業界との間に利益の対立があるというような形で、なかなかうまくこの3つが調和できないのではないか。それを何とかうまく調和するようにしようということが、ここで言う観光まちづくりの基本的な考え方なんです。先ほど言いましたように、住み続けたいということが、また訪れてみたいということにつながるわけですが、そう思わせるような魅力と活力にあふれる、そしてサステーナブルな地域を実現しましょうと。
 しかし、これは理想なので一体どうやったらいいかということなんですけれども、そしてまたそこにはさまざまな地域のネットワークが必要であろう。つまりこれから先、一つの町だけで全部を抱え込んだり、いろいろな交流を一つでまとめていくのは非常に難しいのではないか。そういう地域のネットワークをそれぞれつくりながら、また今まで観光とは全く無縁だったような町が、逆に自分たちの地域の独自性を磨くことによって、大きな観光の資源になり得る、そういうネットワークが広がってくるのではないか。また、こういうネットワークというのは、ある意味でこれから先の広域行政の時代、そしてまた合併もにらんでと言っていいかもしれません。また、さまざまな自治体が相互に競争する中で、うまく協力し合える、かなり重要なポイントになってくるのではないかというふうに考えております。したがって、自分たちの町として、愛着の持てる観光地づくりを進めていくと同時に、さまざまな選択肢を拡大していって、そして増大する観光需要にも安定的に対応できるような地域をつくっていこうということを考えたわけです。
 それで、先ほど言いました3つのプレイヤーがあるわけです。
 まず大事なのは、こういうもの全体をつなげていくような仕組みができないといけないということで、まちづくり機運、システムをつくっていかなければいけない。実は、「まちづくり」という言葉は大変日本的な言葉でありまして、なかなか海外の言葉になっていないのです。日本で「まちづくり」という言葉が言われるようになったのは昭和30年代ですから、非常に古い。そしてこの言葉は最初は公害に対する反対運動からできているのです。大阪で生まれた言葉なんです。その意味ではグラスルーツの運動なんです。つまりボトムアップで、自分たちの町は自分たちで守るんだということから生まれた言葉なんです。それが次第に広がっていって、漢字を使わないでひらがなで書くことが定着していくわけです。ですから、今まで行政用語として上からある硬い仕組みが下りてきたものに対して、ゆるやかに、例えば「まち」といっても、これは単に物理的な町だけではなくて、町内といった非常に社会的なネットワークも含んでいるわけです。ですからひらがなになっているわけです。「つくる」といっても、これは物理的に何かを構築するというだけではなくて、ネットワークをつくるとか、町をおこすとか、気分を活性化するというようなことまで含む言葉です。だからひらがなが定着していったわけです。
 ということで、今までの行政の仕組みとはかなり違う形で、住民主導の中でこの言葉が生まれていった。ところが、この言葉がだんだん定着していきまして、行政の側もこういう言葉の中で、官民の協力をうまく進めていけるような可能性を見つけ出してきたわけです。旧建設省の中にも「まちづくり推進室」というのができましたし、また旧運輸省の審議会の答申の中にも使われるような言葉になってきたわけであります。その意味で官民協力の一つのスタイルとして定着していったわけであります。
 ところが、おもしろいことにこういう言葉というのは、今、申し上げましたように海外にないのです。例えば台湾でこの言葉が翻訳されたのは、何と1994年、「シャクソウタイエイゾウ」という言葉で翻訳されたのです。それから急激に広がりまして、今は知らない人がいないぐらいの言葉になっております。
 韓国でも今はこの言葉は、後でイ先生に伺わないといけませんが、「マウルカクギ」とか、「マウルマンデルギ」といいます。「マウル」というのは町です。「カクギ」はつくる。「マンデルギ」は育てる。つまり「まちづくり」もしくはもう少し日本のニュアンスを入れて「まち育て」というふうに言っているわけであります。英語にもありません。今日のテーマは「ツーリズム・ベイシド・コミュニティー・ディベロップメント」というふうに言っていますけれども、「コミュニティー・ディベロップメント」という言い方が近いのではないかと思います。「コミュニティー・デザイン」と言ったりしますけれども、この言葉はどちらかというと、スラムに近いような状況のところを社会改善していくというニュアンスが若干強いわけであります。ただ、この言葉が持っているソフトとハードの両方をやるというところがまちづくりに近いということで使っているわけですけれども、日本のまちづくりとは必ずしも一致していないわけです。
 つまり、それまで言葉がなかったということは、これはその国にそういう概念がなかったということでありますから、非常に日本的なんです。その言葉をそういう仕組み、官民で協力していく仕組みをまずつくっていこう、そして住民と来訪者と資源、それぞれがサステーナブルに、そしてうまく調和するような仕組みをそれぞれつくっていこうということです。そして、最後にこうしたものを全体としてコーディネートするような仕組みがつくられていかないといけないのではないかということを考えたわけであります。
 それで、こういう形でそういうものを進めるためには、先進的な自治体の事例から学んで、そして具体的に何をやっていったらいいのかというガイドブック、そしてチェックリストが必要ではないかと考えたわけです。そしてできあがったのがこの冊子であります。こういう形でガイドブックができあがりました。後ろのほうに、ここでガイドをした後で、具体的にそれぞれのステップでどういうことがやられているかということが後ろのほうに事例としてまとめられているという形になっているわけです。
 では、これは日本独特の話なんだろうか、これは日本でしか通用しない議論なんだろうか、特に今年の秋にWTOの総会が大阪でもあるということで、もう少し日本発で何かこういう議論はみんなと共通できないのか、アジア・パシフィックで、もしくは世界的なレベルで日本が発信するような議論はできないだろうかと考えたわけです。言葉がないくらいだから通じないかもしれない。しかし、ここで書いたような議論は、それは我々にとってはこれから先、町が生き残っていく。そして観光が育っていくために非常に重要な要素だと思える。そうすると、これはほかの国だって議論できるのではないか、また一緒に共通でわかり合えるのではないかと考えたわけなんです。
 去年、こういう議論をほかの国の人ともやろうということで、具体的に出掛けていって、こういうふうに実際にサステーナブルなツーリズムを実践している国に行って、そこの多くの専門家と議論をしました。そこで出掛けていった先がクイーンズランドを中心としたオーストラリアと、インドネシアのバリ島だったのです。なぜかといいますと、それはご承知のように、オーストラリアはこうした自然保護、エコツーリズムを中心としたプリンシプルを非常にきちんと立てる国なんです。ですからその意味で非常にきちんとした概念規定があって、そしてそれに基づいてさまざまな施策がある。そういう意味では大変先進的にこういうことをやっていらっしゃる。そこに議論をしに行こうと思ったわけです。そして、バリ島は皆さんご承知のように大変な伝統文化があり、なおかつリゾート地、観光地としても成功しているわけです。
 そして、そこで議論をしていく中で、我々の議論をぶつけていくと、それはよくわかると、言葉がないだけだけれどもよく似ているということに気がつくわけです。では、これはひょっとすると「まちづくり」というのは日本で生まれた言葉で、海外には言葉はないけれども、ひょっとすると同じようなことがユニバーサルに言えるのかもしれない。ツーリズムに関するサステーナブル・ツーリズムのある一つの局面を言い当てているのではないかと思ったわけです。
 そして、今日のセミナーを開くということになって、パネリストをどうしようかという中で、我々が訪ねていった中でこういう議論を先進的にやっていらっしゃる方をお招きしました。
 ということで、実はオーストラリアのモーガンズさん、それから今日来れなくなって非常に残念なんですけれども、インドネシアのバリ島からもう一人、お話を伺える方を呼ぼうということになったわけです。
 例えば今日はバリ島の方は来られていないので、バリ島のことを少しご紹介しますと、バリ島には大変有名な大型リゾートができております。ヌサドアというビーチであります。これは成功例として非常に有名なんです。空港を下りますとヌサドアビーチに、それは半島の一番先ですから、地域とは割と隔絶されたところに大型ホテルがたくさん並んでいて、大変美しいビーチが形成されている。そのことによって大型リゾート地がうまく運営されていって、そしてまたバリ島の文化があまり大規模に観光客が町の中に押し寄せないことによって、うまく実施されているという側面はあるわけです。
 ただし、それだけでいいだろうか。観光客がバリ島に行って、ビーチで寝ころがって、おいしいものを食べて、非常にリッチなホテルに泊まって帰ってくるだけでいいだろうか。それだけで観光客は満足するのだろうか。それで満足する人もいますけれども、少なくともよく行っている人は、もっとバリ島をいろいろ知りたい人にとっては、それだけではやはり物足りないわけです。そこでもう少し町の中に入っていって、町のことをよく知っていく。バリ島というのは大変不思議なところでして、ヒンズー教徒の島です。周りは全部ムスリのところに唯一あそこにヒンズー教が残っているわけでありますが、そうしたものをちゃんと守っている集落がたくさんあるわけです。踊りや民族がたくさん残っているわけです。それが単に残っているだけでなくて、レベルアップをしてきているわけです。それは観光客の目にさらされることによってもっとレベルアップしてきておりますし、なおかつ経済的にも豊かになっているので、建物そのものは伝統的な様式だけれども、昔よりいいものができているのです。その意味で観光でのメリットと、自分たちの生活を守っていくこと、そしてそれを豊かにしていくことがうまく一致している。そしてそれをうまくつなげようという努力をする方々がたくさんいらっしゃる。ということで、大変重要な事例ではないかと思ったわけです。
 もちろん観光まちづくりだけがすべてのこれから先の観光というわけにはいかないかもしれない。先ほど言いましたように、ヌサドアのようなビーチもそれは必要かもしれません。しかし、ヌサドアである一定のマスの方がビーチを楽しんでいただけるのと並行して、もっと新しい形で、もっと地域の中に入ってもらって、文化や歴史やおいしい伝統的な食べ物や民族や習慣を知ってもらうことによって地域に愛着を持ってもらう、ファンになってもらう。そういうものが同時に必要だろう。そういうものはアジアのさまざまな多様性があって、歴史や文化が違っていて、そうしたものをまだきちんと持っている、こういう地域から発信するにはとてもいいことではないかと思ったわけです。
 その意味で、観光まちづくりというのを、これは日本から発信できる、そしてアジアに共通な、そしてこれはある観光の側面を言い当てた一つの非常に重要なアイデアではないかと思ったわけであります。ですから、これをこういう形でもう一回自分たちの町を見直していこうと、今日、お集まりになっていただいている方の中には、行政で自分たちの町のまさに「まちおこし」をやっていらっしゃる方もいますし、また、観光の専門家で、観光に携わっている方もいらっしゃる。うまく両面を一致させていかないといけないと思うわけです。
 先ほども申し上げましたように、私はまちづくりをずっとやってきました。都市計画がベースです。しかし、そのことをやっていくと、いい町をつくると必ず人が増えてくる。そして人が増えてくると、必ずいろいろな問題が起きてきがちなんです。駐車場が足りないとか、渋滞するとか、こんなところまで人にのぞかれたくないとか、さまざまなことがあります。ですからそれにうまく対応していかないといけないわけです。ですから、そういう意味でどうしてもこうした観光をきちんと考えるということが大事だと思うようになってきたわけです。
 ところが、観光の専門家と議論をしていくと、例えば観光業界の方にとっては普通に言われる言葉で「商品」という言葉があります。「どういういい商品を開発していくか」という言い方をされるわけで、それはそれとして観光業界の人にとっては当然の言い方だろうと思うのですけれども、私は町のサポーターとして、町のファンとして見ると、私の好きな町は商品ではないと思うわけです。そこには住んでいる人がいるわけだし、住んでいる人が誇りを持って自分たちの町をつくっていっているわけだから、それを「商品」と呼んでもらいたくないと思うわけです。
 つまり一つの言葉がそれぐらいに使う世界によって違う響きを持ってしまうわけです。ですから、ここで言う観光まちづくりというのは、ある意味では町を商品として思ってもらっては困る。それはやはり町のサポーターをつくってもらうつもりで、そしてそのために観光という一つの業界が力を持ち得るのだと思っていただきたいと思うわけです。
 また、まちづくりをやっているグループには、今までは観光というと、ある一面、過去の遺産、例えば歴史がある町だったら自分たちがつくったわけではないので、過去の遺産を食いつぶしているのではないかと、それだけに頼るのはよくないのではないかというふうに思う方もいらっしゃるわけです。それとか自分たちの町を見せ物にしてしまっているのではないかというふうに感じる方もいらっしゃる。そうではないのではないか。そのためには自分たちの町をきちんとプレゼンテーションしないといけないし、それをきちんとわかってくれる人に来てもらわないといけないわけです。たくさんの方に、数が来てもらえばいいという問題ではなくて、どういう形で、よくわかってくれる味方、サポーターと言いましたけれども、そういう人をうまく選んで、そういう人に来てもらうかということが非常に重要になってくるわけです。「観光客を選ぶ」と言うと、やや語弊がありまずけれども、多様な魅力ある町が多様に情報を発信することによって、そこにさまざま関心のある人にうまく対応できるようなシステムをつくりあげていかなければならないと思うわけです。
 ですから、両方に注文があるわけです。まちづくりをやっている側からも、それから観光を実際に生業としている方々にとってもです。それをうまく結びつけられるのがこの観光まちづくりということではないかと思うわけです。
 時間が来ましたのでここで終わりにしますけれども、今日はこの後、さまざまな分野でこの問題を実践されている方、訴えられていらっしゃる方に、それぞれ30分ずつ発表していただいて、その後、午後にそれぞれの議論をまとめてディスカッションをしたいと思っています。その意味で観光まちづくりという、日本でこの数年間、議論してきたものがいかにどれくらいインターナショナルに議論として通用するのか、またどういう形でこの考え方を発展させていくことが日本のためにもなるのかということを、今日一日かけて議論をしていきたいと思います。
 私はそのトップバッターとして、前座として、どうして観光まちづくりかということを簡単にご紹介させていただきました。
 どうもありがとうございました。








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