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6. 米安全保障の新たな戦略
●ザルメイ・ハリルザード
 
 全世界に類をみない強国である米国にとって、現在は極めて重要な時期である。米国の生産性、発明の才、勤勉さは前例のない繁栄をもたらし、米国経済を再び世界の羨望の的にした。米国の民主主義の理想と技術は世界を変え―国境の意味合いを薄れさせ、領土および地勢の戦略的重要性を引き下げ、情報、個人、市民社会の役割を強化しつつある。米軍は無比の存在であり、かつ世界の主要国のほとんどは米国の緊密な同盟国である。
 これらの恵まれた条件にもかかわらず、次期政権はだまされて安心するようなことがあってはならない。超大国の対決状態が協力関係に、予算の赤字が黒字に急速に転換したように、米国が気を緩めれば、こうした心強い流れは即座に逆転し得る。グローバル化と急激な技術的変革が引き起こす社会的重圧は、現在を、大いなる不確実性と危険に満ちた時期にもしている。冷戦における米国の勝利は地球規模の核の対決に終止符を打った。だが、世界の多くの地域は今なお不安定な状況にある。ロシアは西側世界に根を下ろしてはいない。他の国々、特に中国とインドは強国としての地位の強化を図っている。幾つかの重要な地域的な強国―パキスタン、イラン、インドネシアなど―の状況は流動的だ。ならず者国家は重要な地域に引き続き脅威を与え、そして、一部の主要国さえもが、米国が首位に立っていることに不満を抱いている。大量破壊兵器(WMD)および同兵器を運搬するミサイルが全世界に広がる中で、米本土、海外駐留米軍、米国の同盟諸国は、数を増やしつつあるやっかい者による攻撃を受けやすくなっている。
 国際的なテロ行為は絶えることがなく、ますます危険になろうとしている。情報技術の進歩は米国の経済や軍事力に新たな可能性を開くだけでなく、敵対的な国家、個人、団体による攪乱活動に対する新たな脆弱性を生み出している。グローバル化への不満は募り、ワシントンがその設計者であり、かつ受益者とみなされるがゆえに、反米主義を生み出している。現在は、世界における米国の役割に関する大構想の立案に向けて、コンセンサスの形成を図るべき時期である。そうした構想は国家を導き、外交政策面の目標を与える。目標が定まらなければ、優先事項の決定も困難になろう。
 内向き志向は現実的な選択ではない。世界はますます相互依存の度合いを深めており、米国の繁栄は世界の他の地域の安定と繁栄に依存している。米国の撤退は真空状態を生み、軍拡競争、一層不安定な状況、そして紛争の発生につながるだろう。それは、米国主導の同盟関係に自らの安全保障の一部を依存している主要諸国の安全保障政策が、再び自国中心主義に陥る事態を招きかねない。さらに、米国が手を引けば、米国との安全保障協力に依存している国々、あるいはWMDやミサイルの取得に動いて米国の敵対的な反応を呼ぶことを恐れてきた国々によるWMDおよびミサイルの拡散を促すことになろう。ペルシャ湾のような世界でも重要な地域が敵対的な勢力の支配下に入り、世界的な利害関係、中でもエネルギーの安定供給に悪影響を与えかねない。
 二つの戦略が選択肢として、提起されている。一つは米国に対し、地球規模の覇権を求め、それを確立するよう要請することだ。その場合、米国は世界の重要な地域における第一人者としての権利を主張し、自らの権益の擁護に必要とあれば、一方的に行動するだろう。米国はその同盟国さえをも含めて、他の国々の相対的な勃興に抵抗し、覇権維持のために先制行動に走るだろう。だが、その種の覇権確立への努力は、他の国々が米国の支配に抵抗する中で、高いものにつくだろう。それ以上に、この戦略は国内の支持をも享受できないだろう。それは潜在的なコストの高さばかりでなく、基本的な米国の価値観を反映していないからだ。
 これに代わる提案が、多極間システムの出現を促進することである。こうしたシステムの下では、米国および他の強国は、一国による覇権獲得を回避するために競い合い、かつ協力することになろう。多くの人々は、米国の行動や意図に関わりなく、世界は多極化の方向に動いており、その流れは変えることができないと考えている。だからこそ彼らは、米国は多極間システムの出現を促すとともに、ワシントンが現在保有する影響力を、そのシステムを可能な限り協調性に富んだものにするために行使すべきだと主張する。
 だがそこには、他の主要国が勢力均衡の理論に従って、当然そうあるべく行動するのかどうかという現実的な問題が生じる。勢力均衡の理論は、主要な民主主義諸国家がもはやお互いを同盟国とみなさないということを意味する。代わりに、これら諸国の間の政治的な―そして恐らくは軍事的な―闘争は考え得るというだけでなく、正当な行為ということになろう。その結果、米国は重要な利害が絡む分野で、他の主要国とのこれまで以上に激しい競争に直面するだろう。
 幸いなことに、米国はこれまで国際関係における数多くの「避け難い」事態にぶつかり、それを克服してきた。米国が選択すべき第三の道が存在する。それは選択的かつグローバルなリーダーシップヘの道である。この選択肢の下では、米国は地球規模のライバル、あるいは地球規模の敵対的同盟組織の登場阻止を図り、その一方で同時に、自らの民主主義同盟諸国の関心を新たな脅威やその可能性に集中させることで、これら諸国の変革を促し、リーダーシップの共有あるいは分担の推進に備えることになろう。
 冷戦時代に西側同盟を構築する過程で、米国は国家集団の形成を支援してきた。この国家集団を結束させたのは、ソ連の脅威以上のものだった。これらの国々は価値観を共有していたが、その中で最も重要だったのが、憲法に基づく民主主義と自由市場だった。その時以来、米国、日本、欧州連合(EU)の各社会間の基本的な類似性は一段と深まった。しばしば激しい経済的競争が繰り広げられたにもかかわらず、西側民主主義諸国は、統合が進んでいくグローバル経済の中で、利害関係の共有を確立し、それを認識するに至った。これら諸国間の戦争は考えられないものとなった。結束が続くことを前提とすれば、これらの国々は、考え得るいかなる外部からの脅威をも圧倒するに十分な強さを保つだろう。
 米国はこれらの同盟関係の維持、強化、拡大を、大戦略の不可欠の構成要素とすべきである。しかし、その必須の目的に奉仕するためには、同盟関係は永続的な戦略目標を持たねばならず、また持っているとみなされねばならない。つまり各種の同盟関係は将来の現実的脅威に関心を集中させ、かつ自らが正当な存在であらねばならないということだ。米国は同盟諸国と協力して、次のことを実行すべきである。
▼主要国および地域の重要な国々を国際的システムに統合する
▼地域のトラブルメーカーを抑え込み、敵対的な強国による重要地域の支配を防ぐ
▼グローバル化に対するあらゆる反動を封じ込め、その衝撃を緩和する
▼WMDおよびミサイルの数を減らし、米国およびそのパートナーをテロ行為やその他の脅威から守る
▼米軍の改革により米国の軍事的卓越性を維持し、同盟国との軍事協力を強化し、同盟国に軍事力の強化を促す
▼小さな問題が大きくなることを防ぐために、国際的な安全保障環境を改善する
 
主要国および地域の重要な国々の国際的システムヘの統合
 少数の強国が米国の同盟システムの外にとどまっているが、その中で最も重要な存在がロシアと中国である。これらの国々は世界の平和と安定を脅かすという点で最大の能力を維持しており、それゆえに、米外交にとっては―同盟国に次ぐ―第二の優先順位を与えられねばならない。
 ロシアは衰退しつつある強国であり、その将来は極めて不安定だ。その可能性は、激烈なバルカン化から輝かしい西側タイプの民主主義国家への発展まで、あらゆる範囲に及ぶ。米国にできることで、ロシアが近代国家となり、信頼に足るパートナーとなることを保証するようなものは何もない。ロシアが社会改革の能力に欠けていることを自ら証明するような事態になれば、米国および同盟諸国には、不愉快で危険な結果を受け入れる以外の道はない。だが、ロシアが米国社会を荒廃させる能力を保有する世界で唯一の国家であることを考えれば、そこに賭けられたものは途方もなく大きい。次期政権が、はるかに好ましいことがはっきりしている結果をもたらすために全力を尽くすことに失敗すれば、怠慢のそしりを免れないだろう。ロシアが問題の一部でなく、むしろ解決策の一部であるような世界の実現は無理かもしれない。だが、考えられもしないということではないし、早々と放り出してしまうには、あまりにももったいない話だ。
 中国への対応もまた、米外交政策上の最も困難な問題の一つであり続けるだろう。中国の相対的な国力は一九七〇年代後半から着実に増大し、アジアでは既に、米国が無視すれば危険を招くような大規模な影響力の移行が始まっている。米国は引き続き、中国との経済的、政治的、文化的関係を強化し、世界貿易機関(WTO)をも含め、国際機関への中国加盟を促進すべきである。しかし米国はまた、地域の安定を強化し、地域の第一人者を目指して突き進む中国の奮闘に備えるために、中国の軍事力増強を抑制し、地域の安全保障協力を促進し、地域の国々との関係強化を図っていくべきである。中国がさらに強大化し、敵対的になる場合、地域の国々との関係は防衛的同盟関係に育っていくかもしれない。予断を抜きにして敵対的な中国が登場した場合に備えるには、このような、バランスをとるための困難な対応が必要なのだ。
 インド、パキスタン、インドネシア、イランは現在、国内の大規模な変化の真っただ中にある。インド経済は一九九一年以来、年率約七%の成長を続けてきた。国際的な専門家のほとんどは、今後もこの程度の成長を続けることは可能であり、二〇一五年までにはインドは購買力平価で世界第四位の経済大国になると考えている。このような規模の経済は、軍を近代化し、信頼に足る核抑止力を開発し、米国との経済的結び付きを深める上でのインドの能力を向上させるだろう。簡単に言えば、現在の流れが維持されれば、インドは大国として登場するだろうということだ。米国はニューデリーとの関係を強化すべきである。
 パキスタン情勢は依然として不安定であり、多くの点で困難に満ちている。パキスタンは不健全な政治的、経済的、戦略的流れの中にあり、それらは御し難く、かつ相互に悪影響を及ぼし合っている。これらの流れの中で最も不穏なのが、イスラム過激主義の拡大だ。パキスタンの国家的な失政は絶え間がないが、それはとりわけ、軍と秘密情報機関がカシミールやアフガニスタンでの自らの方針遂行のために失政を支持し、利用しているからだ。新政権はパキスタンにタリバン支援をやめさせ、テロ防止を目指す闘いへの協力を求めて、圧力を強めるべきである。新政権はインドとパキスタンの双方に対し、カシミール問題で自制を示し、状況改善のための対話を再開し、カシミール住民の意向を汲み上げるよう働き掛ける必要がある。それと同時に、ワシントンは経済改革、パキスタンの市民社会の強化、民主主義の回復を奨励すべきである。
 インドネシアは、アジアにおける戦略地政学の姿を変えかねない、政治的変革を経験しようとしている。インドネシアの膨大な人口と―世界第四位―戦略的な位置、複雑に広がる重要なシーレーンが、インドネシアの安定と将来の進路を、米国の国益を考える上で極めて重要なものとしている。最良のシナリオは、インドネシアがより安定した民主主義国家へと発展していくことだろう。残念なことに、そうした発展への道は弱体な与党の連合体、数多くの反乱勢力、分離主義者の運動、さらに自らをインドネシアの最終的な守護者であり、決定権者とみなす不気味な軍部の存在によって脅かされている。次期政権はインドネシアの経済的復興、その領土保全を支援すべきである。またワシントンは、インドネシアが地域の安全保障の面で建設的な役割を果たすことを奨励すべきである。
 イランの指導者たちは大規模な権力闘争に巻き込まれている。一九九七年五月にモハマド・ハタミ氏が大統領に選出された事実は、イラン国民のほとんどが政治的改革、自由の拡大、疲弊したイラン経済の改革を願っていることを反映していた。国際社会への復帰を目指すハタミ大統領の努力は、既に欧州や中東諸国との関係改善をもたらし、イラン国内における政治的自由の拡大を認めることにつながった。だが、ハタミの掲げる課題は、最高指導者のアリ・ハメネイ師、主要な宗教団体の指導部、軍関係者(その数は不明)、情報機関、治安機関など強硬派の歓迎するところではなかった。これら強硬派はハタミの内政面の目標を妨害した。権力闘争が激化すれば、イランは極めて深刻な不安定局面に直面するかもしれない。米国はイランを封じ込める一方で、イランヘの関与についてはこだわりのない姿勢を維持すべきである。
 
重要地域の支配阻止
 敵対的な強国あるいは連合体が世界の重要な地域を支配し始めれば、グローバルなライバルが登場することになろう。現在のところ、三つの地域が世界経済にとって極めて需要な地域というに値する。欧州、東アジア、中東がそれだ。敵対的な強国が欧州で覇権を確立する危険性はほとんどない。だが、中東と東アジアは可能性としての問題を提起する。
 中東が抱える問題点は、米国だけが地域の安全を保障する存在として貢献していることだ。現時点では、米国とその同盟国の多くは地域の重要な政策課題に関し、基本的に「合意できないことで合意」している。つまり、イラクをいかにして封じ込めるか、全体へのイランの融合を図るべきかどうか、融合を図るとすればいかにして実現していくか、地域における兵器の拡散をいかにして阻止するか、という問題についてである。これらの問題に関する不一致は、ならず者分子を勇気付け、米国に大きな代償を押し付け、それがどのような政策であれ、地域における首尾一貫した政策の推進を危うくする。これらの問題でのコンセンサスの形成は困難ではあろうが、グローバルなリーダーシップ・システムにおける米国の役割は、まさにその種のコンセンサスを生み出すことにある。米国はこの地域のリーダーとしての役割を放棄することはできないし、そうすべきでもない。だが、米国の政策は同盟国との調整が必要だし、そして同盟国は安全保障の提供を支援するために、もっと多くのことをやるべきである。
 次期大統領の任期はまた、アジアの戦略的安定が重大な局面を迎えている時に始まる。アジアは、緊密に組み合わされた平和と繁栄の構図をあっという間に崩しかねない、潜在的に深刻な諸問題に直面している。これらの問題は世界的な意味合いを持つものだ。中国とインドは勃興しつつある強国であり、世界の中で当然占めるべき地位を求めている。インドは、パキスタンとの進行中で、かつ激しい紛争に巻き込まれているが、この紛争は最近では、核兵器の存在やパキスタン統治体制の深刻な危機によって、一段と複雑になってきた。北京は台湾に対する武力行使の可能性の排除を拒否している。インドネシア、フィリピン、マレーシアは、バルカン半島のような暴力と分裂の悪循環に陥りかねない、深刻な国内不安を抱えている。
 最後になるが、朝鮮半島の対決状態は危険な六回目の一〇年に入った。この紛争は、最後には平和的結末に至る若干の可能性を示しているが、そのような満足すべき結果でさえも、アジアにおける米国の立場に困難をもたらしかねない。平和な朝鮮半島が実現すれば、韓国と日本の双方における米軍配備の再編成が必要になろう。
 互いに重なり合う諸問題が強力に組み合わさって起こったりすれば、ワシントンの政治的、経済的、軍事的手段のすべてを統合した地域的な取り組みが必要になる。この戦略は四つの部分で構成されることになろう。
 第一に、米国は二国間の安全保障同盟を深めるだけでなく、それを新たなパートナーシップの創設に向けて拡大していくべきである。このパートナーシッブは米国が持っている二国間関係を補完する多国間同盟の基礎となり、また、米国、日本、韓国、オーストラリア、さらに恐らくはシンガポール、フィリピン、タイを含むことになろう。こうした状況の中で、日本に対しては、集団的自衛権を認める方向での憲法改正を促すべきである。
 第二に、米国は現在のところ同盟国ではないが、台頭しつつある主要な国々―中国、インド、そして恐らく将来独断的傾向を強めるであろうロシア―の間に立ってバランスをとる戦略を追求し、一国あるいは敵対的な強国の連合体による地域支配を阻止すべきだ。
 第三に、米国は他の国をこの地域での武力行使に誘い込むような状況に対して、正面から取り組むべきである。例えば、米国は中国による台湾への武力行使、台湾の独立宣言の双方に反対である旨を宣言すべきだ。最後に、地域紛争を解決するための場を提供し、信頼の醸成を促進し、米国が種をまいた多国間の枠組みへの各国の参加を促すために、米国は全アジア諸国間の安全保障対話を促進すべきである。
 一方、米国にとって極めて重要な地域の中でも、欧州は最も希望に満ちた展望を提示している。北大西洋条約機構(NATO)は再び活性化され、EUと米国の関係は―特定の問題については意見の不一致が続いているが―基本的には正しい道筋をたどっている。欧州安全保障への統合的アプローチは今や、欧州大陸全域に広がっている。一部の国々はNATO参加を果たし、ほかにも加盟を望む国がある。NATOは二〇〇二年に開催される次回の首脳会議で、加盟国としての責任を担う準備のできた、あるいはその意欲のある国々の受け入れ作業に着手する予定だ。NATOは「門戸開放」政策の維持、平和のためのパートナーシップの継続、ウクライナとのパートナーシップの形成、ロシアに対し―もしその気があればだが―孤立状態から脱却し、欧州の安全保障で建設的な役割を果たすことを求める働き掛け、などを含む多面的な戦略を継続すべきである。
 米国はまた、欧州諸国が自らの欧州安全保障・防衛政策を形成し、NATOの軍事改革を継続するよう促すべきである。米国はEUがバルカンの安定化を含め、中欧およびそれ以遠における自らの任務を遂行することを奨励すべきだ。
 
グローバル化に対するあらゆる反動を封じ込め、その衝撃を緩和する
 戦後、特にここ二〇年間の米国の繁栄はグローバル化という、巨大な現象によって支えられてきた。そこでは、グローバル化は製品、資金、技術、人、情報、理念の国境を越えた流れの増大が、徐々に単一の統合されたグローバル経済を形成していくという考え方に立脚している。もちろん、その種のグローバル市場の完成はまだずっと先のことだが、その方向への流れは明確だ。
 米政府はグローバル化現象を生み出したわけでもないし、経済統合の主要な牽引車でもない。グローバル化は全世界にあふれ、ばらばらに活動する無数の民間プレーヤーが生み出したものだ。とは言いながらも、米国の国力はグローバルな経済システムを支えており、歴代政権はほとんどの場合、相互依存性を高める上での制度的な基盤となる、より自由な貿易・投資体制を構築し、それを支援してきた。加えて、米国は全世界から、グローバル経済の拡大に最も強い関心を有する存在であり、かつ最大の受益者だとみなされている。
 グローバル化のプロセスは米国、その他の国に途方もない富をもたらしたが、それは全体として、社会をしばしば混乱させ、特定の層に経済的損害を与えた。一般の社会は、たとえ長期的には利益をもたらすようなものであっても、分裂を引き起こすような変化には反射的に抵抗する。フランスや米国など経済的統合の拡大によって広範な利益を得た国においてさえ、世界経済に身をさらすことの破壊的な影響が―それは自国文化の希薄化から外国との競争による伝統産業の喪失に至る―既に反動を引き起こしている。利益の少ない世界の他の地域においては、反動はさらに激しい形をとりかねず、米国とグローバル化の結び付きを考えれば、その反動は米国に向けられる可能性がある。
 それゆえに、グローバル化は米政策の二つの大まかな方向を暗示している。第一に、国家と地域の結び付きの拡大は、地域と問題点を切り離して考えることがもはや不可能であることを示している。それと同時に米国の政策立案担当者は、個々の国が、グローバルな政策形成を困難にする特殊事情を抱えていることを忘れてはならない。
 第二に、米国の政策はグローバル化に対するあらゆる反動を予測し、先手を打つことを、あるいは衝撃を緩和することを意図したものでなければならない。そうした政策には、微妙なバランス感覚に基づく行動が必要だ。つまり、伝統的な社会を分裂させるような政策への、あまりにも積極的な支持は、グローバル化の否定的な影響と米国の関わりを強めるだけだ。むしろ米国の政策は、グローバル化に対する米国の支持や連帯が、取り残された人々や社会を支援することへの責任や関心を物語るものでもあるとの認識に立てるほどに、あらかじめ十分な学習を積んだ上での政策であることが必要だろう。
 
WMDの規制、削減、保全、およびテロの防止
 WMD―核・生物・化学兵器―とミサイルの拡散は、米国、その同盟諸国、海外駐留米軍を直接脅かすだけでなく、侵略や地域的覇権確立に抵抗することの危険性を高める。拡散への流れは多様だ。インドとパキスタンは核兵器を取得したし、イランなど他の幾つかの国々はその取得に力を入れている。南アフリカ、ブラジル、アルゼンチンなどは自らの核計画をあきらめた。
 米国の拡散防止戦略は問題国家に焦点を合わせ続けるべきであり、ワシントンは自らの努力を、同盟国の努力とこれまで以上に巧みに組み合わせることが必要だ。米国が単独で行動しても、WMDの拡散防止は不可能であり、その速度をかなりの程度まで抑えることさえもできない。制裁の役割に関する米国と同盟諸国間の相互理解、適切な輸出規制は特に不可欠だ。米国はこの目的のために、法の執行、情報、経済、財政、外交の各分野を統合すべきである。また、同盟国と一緒になって、WMD―特に核兵器と長距離ミサイル―の問題国家への拡散を遅らせるための協力を強化すべきだ。米国と同盟国の努力の中にはまた、病原体の生産や武器化を禁止する効果的な国際規定の採択、イランの核計画に対するロシアの支援を阻止するための努力の強化、中国やロシアによるミサイル技術の拡散支援を思いとどまらせること、などが含まれる必要があろう。
 現有備蓄の危険性を引き下げるために、米国は現存する核兵器の数の削減を追求し、その安全管理のための協力の在り方を模索すべきである。この努力の一環として、米国および同盟諸国は、ロシアの核兵器を現在の軍備管理協定が定める水準以下に削減することを求めていくべきである。
 同盟国との協力によるミサイル防衛システムの構築が、将来の重要な課題となる。このような能力は米軍や同盟国を守る盾として機能するだけでなく、たとえWMDを装備した国家であっても、地域の侵略に動こうとした場合には、それを米国が確実に抑止し続けることを可能にするだろう。さらに、米国はブースト(ミサイル発射直後の上昇)段階での迎撃を目指す海上配備の戦域ミサイル防衛システムの迅速な開発や配備を支援し続けるべきだ。
 このシステムは朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)などからの潜在的な弾道ミサイルの脅威に対する、戦略的な警告の意味合いを込めて配備することが可能だろう。米国はまた、慎重に時間をかけて―技術的に可能になった時点で―全米ミサイル防衛(NMD)を構築していくべきである。
 だが、弾道ミサイルが新しい脅威のすべてではない。ミサイル防衛が目立つあまり、残念なことに、他の新たな脅威―テロリストによるWMDの使用や特定の決定的に重要な情報インフラに対する脅威など―への対応が相対的に優先度を引き下げられる結果となった。この種の新たな脅威に対する祖国の防衛は、全体的な視野に立って考えねばならない。この問題に取り組む機関あるいは個人は適切な権限を持たねばならない。その権限の中には、各省庁にまたがる必須の多年度計画の立案が含まれる。ここでもまた、同盟国との協力が重要になる。
 
米軍の改革および同盟国との軍事協力の強化
 軍事的な力が世界における米国の地位を支えている。米国は安全な環境を作り出し、米国の国益に対する挑戦を思いとどまらせ、紛争発生の可能性を引き下げるに十分な強さを持った軍隊を必要とする。紛争が発生した場合、米軍は広範な敵対勢力に対し―それが国家であろうがなかろうが―迅速かつ決定的な勝利を収め得る立場にあるべきだ。
 米軍は多くの課題に直面している。米国の戦略と能力の間にはギャップが存在する。米軍は多くの主要プラットフォームの旧式化という、重大な問題を前にしている。現有部隊の運用コストは高水準のままであり、しばしば発生する予定外の平和維持および人道目的の部隊展開が、大きな負担となっている。新兵募集目標の達成失敗、経験豊富な要員の喪失、士気が衰退する兆候などが、心理的重圧の要因となっている。最近の国防予算の増額にもかかわらず、利用可能な資源と現在の戦略上の要求の間にはギャップが存在する。戦略が変更されなければ、次期政権は予算を大幅に―恐らく一〇%以上―増額しなければならないだろう。また、軍をこれまで以上に選択的に使用することで軍に対する要求を減らし、軍の改革のために技術の進歩を利用し、同盟国や友好国への依存度を引き上げることも考えなければならないだろう。最も可能性が大きいのは、以上の四つの組み合わせである。
 即応能力の問題に対処するため、次期政権は多様な選択肢を検討しなければならない。つまり全体的な相互補完機能の拡充、相互補完システムの総点検、最も差し迫った問題への集中的対応、職業軍人の再編成、あるいは部隊の規模拡大などである。これらの選択肢は相互に排除しあうものではない。
 米軍の再活性化は、長期にわたって延び延びになってきた米安全保障戦略および防衛態勢の改革に沿って進められることが必要である。軍は情報革命をもっと利用すべきである。例えば、軍は敵対勢力の中心となる部分を正確に見極め、特定の目標に対して振り向ける力を計算する能力を大幅に強化すべきである。これは、潜在的な敵対勢力を知り、標的を確実に探知、追跡、識別する能力を保有することを意味する。だが一方では、米国の情報システムが、米国による第一撃を必要としない、あるいは先のことが何もわからないような状態に陥る危険を冒す必要がないほど、十分に強力でなければならないということでもある。
 軍の規模の適正化という点では、二つの大規模な軍事作戦をほぼ同時に実施する能力が計画立案の基礎となる。米軍の規模を決める上で最も重要な役割を果たすシナリオが、北朝鮮が韓国を、イラクがクウェートとサウジアラビアを攻撃する可能性である。この二つのシナリオは重要だが、将来の米国の戦力投入能力を決める材料としては十分ではない。政策立案のためには、軍を幾つかの違ったシナリオの組み合わせに照らして吟味しなければならない。そのうちの一部はWMDやミサイルの使用、米国の情報システムに対する攻撃を想定したシナリオとなるだろう。米軍はまた、人道目的や平和維持のための作戦に必要な専門的能力を備えるべきである。これらの作戦は、恐らく大規模な戦争に比べれば国益の面での重要性は劣るが、軍の主要任務としての比重をますます高めようとしている。臨時の特別作戦は米国が適切な資金の手当てをしなければ、長期計画を損ねることになる。大統領が軍に対し、緊急に予想外の責任を引き受けるよう要請した場合、そのための作戦に資金を回す必要が生じる。しかし、事前に計画済みの諸要求を満たす能力の縮小を招くことなく、資源を新たな優先事項に回せると決めてかかるのは間違いである。
 米国はまた、同盟国が自らの戦力投入能力を拡充し、米軍との連携面の効率を高めることを奨励する必要がある。ワシントンは時折、同盟国の能力や役割の拡充に対して、あいまいな態度を取ってきた。とりわけ、軍事作戦面での同盟国の決定権拡大を認めるような場合がそうだった。このあいまいな姿勢は、同盟国がその役割を拡大していく中での軍事技術の共有や同盟国の発言権強化を通じて、解消していくべきである。日本の場合は、米国は連合国の作戦を支援する上で適切な能力を取得するよう促すべきである。欧州の防衛統合と合理化への努力も同様に奨励する必要がある。
 
国際的安全保障環境の改善に向けての取り組み
 米軍に対する将来の要求を減らし、安定を促進するため、米国は世界で学習の積み重ねに基づく関与戦略を展開すべきである。その目的は、紛争を解決するために、軍事力の行使ではなく、むしろ国際的な規範や制度の確立を促すことにある。米国は、力の真空状態や他の原因によって、他の国々が武力を行使する、あるいは重大な人道上の危機を引き起こす誘惑に駆られかねないような状況に対処していかねばならない。民主主義諸国家には互いに戦火を交えようとする気があまりなく、かつ人権を尊重する傾向がみられることを踏まえ、次期政権は引き続き、立憲民主主義の伸展と世界の貧しい国々の生活水準向上を促進していくべきである。
 これらの目標を追求するための米国の手段―特に効果的な外交を推進する能力―は強化されなければならない。現在の比較的小さな問題への取り組みが、それらが後に重大な問題になることを防ぐ。残念なことに、不注意と資金不足が、米国の外交手段の劣化を招いている。バルカンや中東で地域的侵略を打ち負かす米軍の能力は、その力量の十分な証明になる。だが、これらの挑戦を退け、あるいは抑止する能力の欠落は、国家の外交的力量に深刻な悪影響を及ぼすことになる。
 米国はごく近い将来、効果的な外交を展開する必要に追られるだろう。世界がますます相互依存関係とグローバル化を深めるにつれて、疾病の予防から環境問題に至るますます多くの経済的、社会的、人道的問題が国際的な外交課題の一部となろう。これらの新しい問題は、軍事力の行使によって簡単にどうにかなるというようなものではない。これらの問題の解決は一国の力だけではできないし、唯一の世界的大国の力をもってしても不可能だ。そのためには、関心を有する各国政府や機関が連合し、一体となって問題に取り組むことが必要だ。
 米国がグローバルなリーダーシップを発揮することへの議会や国民の支持を獲得し、維持していく上で先頭に立てるのは大統領ただ一人である。米国がリーダーシップを取らざるを得ない事態について語り、国民の心構えを形成することができるのは、大統領だけなのだ。より民主的で平和な世界の構築は、米国の理想主義に訴えるものがあろう。だが、それだけでは十分ではない。今の時代の複雑さを考えれば、新大統領は米国の役割と戦略を説くに当たって、大統領としての権威を利用しなければならないだろう。
 








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