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3. 冷戦時代の制約から決別を――米大統領国防演説
●ジョージ・W・ブッシュ
 
 きょうは皆さんと一緒に、ほぼ三〇年前を振り返り、今とは全く別の世界、別の時代のことを思い出してみたい。米国とソ連は敵意に満ちた対立状態にはまり込んでいた。ソ連は疑問の余地のない敵であり、強大な軍事力を備え、自由と民主主義に脅威を与えていた。ベルリンの壁以上のもっと根深いものがわれわれを分断していた。
 われわれにとって究極の理想は、今もそうだが、個人の自由の実現であった。一方、彼らの理想は巨大な共産主義帝国の建設だった。その全体主義体制は鉄のカーテンの向こうで欧州の相当部分を支配下に置いていた。
 われわれは当然ながら、彼らを信頼していなかった。両者の間の深い立場の違いは危険な軍事的対立をもたらし、その結果、数千発の核弾頭がそれぞれを標的とし、一触即発の状況に置かれた。米ソ両国の安全保障は、核兵器を発射すれば双方とも破滅する以上、いずれの側も発射しないだろうという、ぞっとする前提の上に成り立っていた。
 しかも、こうした関係を条約化することまで行い、一九七二年に弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約を結んだ。この条約は、双方とも相手の核攻撃に完全に裸のままさらされるようにしておくことが、両国の安全確保にとってベストであるというドクトリンに基づいていた。脅威は現実のものであり、人々の心に深く影を落としていた。戦略空軍は「ルッキング・グラス」と呼ばれる空中指揮機を二四時間体制で飛ばし、大統領が戦略軍部隊に対し、標的に向かって発進し、核兵器を発射するよう命じる場合に備えていた。
 ソ連は欧州中心部深く、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、東独に一五〇万人の兵員を配備していた。われわれの核兵器は、ソ連の核使用を阻止するだけでなく、鉄のカーテンが欧州とアジアの自由世界にさらに広がることのないようソ連の通常戦力を封じ込める役割も果たしていた。
 当時は、米ソのほかに核兵器を保有している国はごく少数で、その大半は英国やフランスなど信頼できる同盟国だった。核兵器が他の国々に拡散する事態を懸念してはいたが、主として将来の問題であり、まだ現実の脅威とはなっていなかった。
 だが今日、当時とは大きく様相を異にする世界がやってきた。ベルリンの壁はなくなり、ソ連は崩壊した。今日のロシアはかつてのソ連とは違う。政権の座にあるのは共産党ではなく、大統領は選挙で選ばれる。今日のロシアはもはやわれわれの敵ではなく、国内においても近隣諸国との関係においても平和を保つ民主主義的な大国へと生まれ変わる好機にある国なのである。鉄のカーテンはもはや存在しない。ポーランド、ハンガリー、チェコは自由な国となり、今や統一ドイツとともに北大西洋条約機構(NATO)同盟国となった。
 だが、世界は依然として危険に満ちており、しかも以前より不確かで、将来の見通しも不透明になってきている。より多くの国が核兵器を保有し、それに加えて、さらに多くの国が核の野心を抱いている。多くの国が化学・生物兵器を保有している。一部は既に、大量破壊兵器を遠くへ、しかも信じられないようなスピードで運搬できる弾道ミサイル技術を開発している。そして、これらの国々はそうした技術を世界中に広めている。
 中でも問題なのは、これらの中に世界でも最も無責任な幾つかの国家が含まれていることである。冷戦時代とは違って、今日の差し迫った脅威は、ソ連の数千発の弾道ミサイルではなく、テロと脅迫を常道とするこれらの国が保有する少数のミサイルから生じている。彼らは近隣諸国を脅し、米国をはじめ責任ある行動を取る国々が世界の戦略的な地域で同盟国や友邦を助けるのを阻止するため、大量破壊兵器の入手を目指している。
 サダム・フセインが一九九〇年にクウェートに侵攻した際、世界は軍事力を結集して彼を追い返した。だが、フセインが核兵器をもって脅迫することができたら、国際社会は全く違った状況に直面していただろう。サダム・フセイン同様、今日の独裁者の何人かは米国に対する抜き難い憎悪にとらわれている。米国の友人を、その価値観を憎み、民主主義と自由、個人の自由を憎んでいる。彼らの多くは自国民の生活にはほとんど関心を払わない。そうした世界においては、冷戦型の抑止力はもはや十分とは言えない。
 平和を維持し、国民と同盟国、友邦を守るためには、われわれを破壊せんとする者はわれわれも破壊できるのだという、ぞっとする前提に立ったドクトリンを乗り越え、それ以上のものに基づく安全保障を目指さなければならない。これまで無理だと考えられていたことを考え、平和を維持する新たな方策を見いだす重大な好機なのである。
 今日の世界は新たな政策、つまり積極的な拡散防止・対抗策に防衛をも加えた幅広い戦略を必要としている。われわれは志を同じくする国々と協力して、恐怖の兵器の獲得を目指す勢力がそれを手にするのを阻止しなければならない。われわれに加わってくれる同盟国、友邦と協力して、そうした兵器が被害をもたらすのを防がなければならない。そして、その使用をもくろむ者がいれば、誰であれ抑止しなければならない。
 攻撃と防衛の両方に基づく新たな抑止の考え方をつくり上げる必要がある。抑止はもはや、核の報復の脅しにのみ頼ることはできない。防衛は兵器拡散の誘惑を減らし、抑止の強化をもたらす。
 今日の世界のこれまでとは違った脅威に対抗すべく、ミサイル防衛を構築するための新たな枠組みが必要なのだ。そのためには、三〇年前のABM条約の制約を乗り越えて前進しなければならない。同条約は現状に合っていないし、将来の方向を示すものでもない。過去の理念を祭ったものでしかない。今日の脅威にこたえようとせず、米国とその友邦、同盟国を守ることができる可能性のある技術を探求するのを禁止するような条約は、われわれにとっても、世界平和にとっても有益ではない。
 この新たな枠組みはまた、核兵器の一層の削減に道を開くものでなければならない。核兵器は米国および同盟国の安全保障にとって死活的に重要な役割を果たしている。だが、冷戦終結という現実を反映するように核戦力の規模、構成、性格を変えることはできるし、変えるつもりだ。
 同盟国に対する義務も含め、われわれの国家安全保障上の必要に合致する形で、最低限の数の核兵器によって信頼できる抑止を実現することを約束する。早急に核戦力削減に動くことを目指している。米国は自らの利益と世界の平和のために範を示す。
 数カ月前、ラムズフェルド国防長官に対し、米国とその駐留部隊、友邦、同盟国を守ることができる有効なミサイル防衛のため、あらゆる利用可能な技術、基礎的形態を検討するよう要請した。国防長官は相互補完的かつ革新的な幾つかのアプローチを詳しく調査した。
 国防長官は限定的な脅威への当面の対抗手段となり得る幾つかの短期的な方策を候補として選んだ。中間軌道ないし大気圏再突入後のミサイルを迎撃するのに、陸上および海上配備のものを恐らく含む既存の技術を利用することもできるだろう。われわれは同時に、ミサイルが発射されて初期の段階、とりわけ上昇段階で迎撃することに大きな利点があることも認識している。
 予備的な作業によって、こうした能力を備えた高度のセンサーや迎撃体について、幾つかの有望な選択肢が見つかった。艦船や航空機に配備すれば、限定的だが、効果的なミサイル防衛ができるようになる可能性がある。
 ミサイル防衛が最終的にどのような形態になるかを決めるには、まだ多くの作業が必要だ。これらすべての方策について検討を加える。技術的な困難に直面することは十分認識しているが、喜んでそうした挑戦に立ち向かう。我が国はこの死活的に重要な任務にベストの人間を充てる。
 何がうまくいき、何がそうでないかの評価を下していく。中にはうまくいかない方策もあることは承知している。だが同時に、成功を積み重ねて防衛システムをつくり上げる力がわれわれにあることも分かっている。準備ができれば、議会と協力して、世界の安全保障と安定を強化するため、ミサイル防衛を配備する。
 そもそもの最初から、私はこの重要な問題について、ミサイルや大量破壊兵器の脅威に同じくさらされている友邦や同盟国と緊密に協議していく方針を明確にしてきた。
 今日の世界に合った形での新たな安全保障と安定の枠組みを創設する共同責任に関して話し合うため、欧州、アジア、オーストラリア、カナダの同盟諸国の首都に高官レベルの代表を派遣することをきょうここで発表する。出発は来週からになる。
 代表団は現段階では、次の三人が率いる。リッチャード・アーミテージ国務副長官、ポール・ウルフォウィッツ国防副長官、スティーブ・ハドリー大統領副補佐官(国家安全保障担当)である。今回の歴訪は、閣僚をはじめ政府のさまざまなレベル、多くの人々が加わって現在進められている協議の一環となるだろう。
 これは形だけの協議ではない。われわれが一方的に決定を下し、それを友邦と同盟国に提示するということはしない。彼らの見解、つまり友人たちの見解を聞き、それを生かせるよう期待している。
 新たな戦略環境を巡るあらゆる問題に関し、同盟国からのインプットを求めていく。また、中国やロシアをはじめ、他の関係国にも話し合いの手を伸ばしていく必要がある。ロシアと米国は協力して、二一世紀の世界平和と安定のため、新たな基盤をつくり上げていかなければならない。A BM条約は、互いを脆弱な状況に置くという不信に基づく関係を永続させるものであり、われわれはその制約を取り払い、過去のものとしなければならない。この条約は過去三〇年間の大きな技術変革を無視している。同条約があるがために、米国をはじめ同盟国、あるいはその他の国々が直面している脅威に対し、防衛のためのオプションをすべて検討することができないのである。
 だからこそ、この条約に代わって、過去からの決別、とりわけ、冷戦の敵対的神話からの明確な決別を告げる新たな枠組みを協力してつくり上げなければならない。この新たな協調関係は過去ではなく、未来に目を向ける。相手を脅すのではなく、相手を安心させる。公開性と相互信頼を前提とし、ミサイル防衛分野など真の協力に道を開く。両国は情報を共有し、早期警戒能力をはじめ、その国民と国土を防衛する能力を向上させることができるようにしなければならない。そして恐らくいつか、共同防衛で協力できる日さえくるかもしれない。
 核の恐怖の均衡に基づくものから、共通の責任と利益に基づくものへと米ロ関係を変えていく仕事をなし遂げたい。ロシアと意見を異にする分野はあるかもしれない。だが、戦略的な敵ではないし、そうあってはならない。ロシアと米国はともに、自らの安全保障への新たな脅威に直面している。われわれは一致して、今日の脅威に対応し、逆に好機を生かす道を探っていくことができる。われわれ全員に一層の安全をもたらす可能性のある技術を探求していくことが可能なのだ。
 今や、将来へのビジョン、新たな思考方法、大胆な指導力が必要な時である。「ルッキング・グラス」はもはや二四時間の警戒態勢にはない。将来の世代へと平和を維持するため、われわれは世界を新しい現実的な目で見詰め直さなければならない。
 








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