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第1部 分権時代における行政需要
 
第1章 地方自治体のIT政策
1 はじめに
 近年、情報通信技術(IT)の発展はめざましく、関連産業が次々と生まれ、世界経済に大きな影響を与えるようになっている。また、ITは、例えば、インターネットによる情報摂取や電子メールの送受信など、我々一人一人の日常生活に大きな変化を与え、なくてはならない身近なものになっている。このような、近年におけるITに起因する産業構造や社会の変化は、「IT革命」と称されているが、この流れは、当然に地方自治体の行政活動にも影響を及ぼすものである。
 そこで、この章では、IT革命時代における地方自治体のIT政策の在り方について、現状の国における政策や先進的な自治体の実例を交えながら、考察する。
 
2 地域情報化の推進
 (1) 情報通信(IT)政策に関する基本認識
 ITは、例えば、遠くにいる相手と会話することを可能としたり、映像を活用することでより相手に自分の意思を伝えることを可能としたりといった、人々のコミュニケーションを高度化・活性化することにより、その生活を豊かにするためのツールである。しかし、ITはあくまでツールに過ぎないため、情報化しただけでは何の役にも立たず、人々に利用されてこそITはその効用を発揮する。そこで、ITを如何にして人々に利用していただくかという観点で工夫するのがIT政策と言える。
 
 (2) 地域情報化の目的・意義
 地域情報化の目的は、情報通信(IT)の利活用による、地域の活性化と豊かな生活の創造にある。その目的を達成するためには、住民、地域産業、行政の3者がそれぞれ主体的役割を果たすことが必要である。具体的には、[1]住民は、ホームページを作成して地域サークルに関する情報提供や電子掲示板の活用による情報交換等を行うことにより、[2]地域産業は、ホームページによる商品販売や電子媒体による市況情報の受発信等を行うことにより、[3]行政は、行政サービスの電子的提供や電算機導入による行政コスト縮減等を行うことにより、情報発信力を強化即ちコミュニケーションを高度化・活性化して地域の活性化や豊かな生活を享受することができるのである。
 また、地域の情報化が進展するほど、そのインパクトは地域住民の生活の変化を加速すると考えられる。例えば、「電子申請」とはフロッピーディスクにより電子的に申請するというのがつい最近までの一般的な定義であったが、今やオンラインによる電子申請が一般化しようとしている。それに相まって、住民のインターネット加入率も上昇するであろう。その結果、選挙の際には自宅からオンラインでボタン投票をすることが住民の当然の権利のように主張される状況が将来到来する可能性すらある。このように地域情報化の加速は住民サービスのシビルミニマムの向上にも直結するのである。その意味では、従来地域情報化とは別の観点から実施されていた行政の情報化についても、地域情報化の一翼を担うものとして捉え直し、両者を統合して積極的に推進することが必要である。
 
図表1-1-1 地域情報化の概念整理
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● 今後は、行政情報化を地域情報化の一部ととらえ、両者を統合化して推進していくことが重要。
 
 
 (3) 政府のIT政策と地域情報化
 現在の政府のIT政策は、高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(IT基本法)のもと、同基本法に基づき設置されたIT戦略本部を中心として展開されている。具体的には、2001年1月に決定された「e-Japan戦略」は2005年に我が国を世界最先端のIT国家にすることを国家目標とし、4つの重点政策分野(ネットワークインフラ、電子商取引、電子政府、人材育成)について個別目標(例えばネットワークインフラについては、少なくとも3,000万世帯が高速インターネット網に、また1,000万世帯が超高速インターネット網に常時接続可能な環境を整備するといった具合に)定めた。
 これを実現するためのアクションプランとして同年3月に定められたのが「e-Japan重点計画」である。同計画では、官民の役割分担として、民間が主導的役割を果たすべきことを原則としたうえで、政府の役割を民間活力発揮のための環境整備(規制の見直し等)及び民間主導で実現出来ない部分への対応(電子政府、デジタル・ディバイド解消、R&D〈研究・開発〉等)に対応すべきとした。それを前提として、政府が迅速かつ重点的に実施すべき施策として、重点政策分野としての5本柱と4つの横断的な政策課題を掲げ、それぞれについて今後5年間で重点的に推進すべき政府の施策を具体的に記述しているのである。
 
図表1-1-2 e−Japan重点計画
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 以上のような政府のIT政策の中で、地域情報化に資する施策はほとんどの重点政策分野に重要施策として盛り込まれている。例えば、「e-Japan重点計画」の年次プログラムである「e-Japan2002プログラム」においては、例えば、「e-Japan重点計画」に掲げられた「世界最高水準の高水準の高度情報通信ネットワークの形成」を実現するため、条件不利地域における広域的な公共ネットワーク整備に対する支援を充実することが掲げられているほか、「行政の情報化及び公共分野における情報通信技術の活用の推進」のために、地方公共団体への取組支援が謳われているといった具合である。
 
図表1-1-3 e−Japan2002プログラムと地域情報化
1. 世界最高水準の高度情報通信ネットワークの形成
  条件不利地域における広域的な公共ネットワーク整備に対する支援を充実する。
  (総務省、農林水産省)
2. 教育及び学習の振興並びに人材の育成
  平成17年度までに概ね全ての公立学校が高速インターネットに常時接続可能な環境
  に置かれ、…人的資源大国となることを目指す。
(1) 学校教育の情報化等
  学校のインターネット接続について、ADSLや光ファイバ等による接続
  への切り替えを推進する。 (文部科学省、総務省)
(2) IT学習機会の提供
  公共施設のIT環境の整備を含め、国民のリテラシーを向上させるための
  取組を行う。 (総務省、文部科学省、農林水産省)
3. 行政の情報化及び公共分野における情報通信技術の活用の推進
(1) 地方公共団体への取組支援 (総務省及び関係府省)
国の行政の情報化に係る取組と歩調をあわせて、地方公共団体の取組が行われるよう、地方公共団体の取組を支援する等重点計画の着実な実施を進める。
4. デジタル・ディバイドの是正
  地理的な制約、年齢・身体的な条件等により情報通信技術の利用機会及び活用能力の格差が生じないよう、地理的情報格差の是正につとめる。
 
 
 (4) 地域情報化をどのように推進すべきか
 地域情報化推進にあたっては、それぞれの地域・地方に応じた個別具体的な処方箋が必要となることは言うまでもない。これを前提としつつ、その中でも普遍性のある情報化施策をネットワーク整備の観点から考察したものとして、「次世代地域情報化ビジョン〜ICAN 21構想〜」(2000年(平成11年) 5月電気通信審議会答申)があるが、本答申は地方公共団体による「地域公共ネットワーク整備」の必要性を述べていると同時に、情報通信システムの相互接続性の確保について触れていることに注目したい。すなわち、地域情報通信システムの構築に際しては、ネットワークを構成する部品やパーツの交換が容易で、ソフト等の追加・削除も可能なオープンシステム(オープン・ネットワーク・アーキテクチャ)とすることが極めて重要である。そうでないシステムは個別自治体のその時点での情報化の進展具合にあった「特注品」となってしまい、初期コストが大きくなるだけでなくその後の情報化進展に伴うバージョンアップ等にも対応できなくなるためである。(無理にバージョンアップするためのコストが莫大なものになることは言うまでもない。)一部地域に見られる、当時は最先端の情報通信システムであったが、特注品であったが故に他システムとの互換性がなく、技術革新の波に完全に取り残された事例の愚を繰り返してはならない。
 
図表1-1-4 次世代地域情報化ビジョン 〜ICAN21構想〜
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 ネットワークだけではなくソフト等も含めた地域情報化の総合的推進戦略は、現在は存在しておらず、早急に策定することが求められるが、現時点で想定される内容とはおよそ次のとおりであろう。即ち、3本柱の政策を三位一体で推進するということである。具体的には、
 [1] 地域における情報通信インフラの整備
 [2] 地域に根ざしたIT人材の育成
 [3] 地域コンテンツの充実
 の3つである。従来の地域情報化政策は[1]が中心であったが、今後は[2]や[3]の比重を大きくし、3つの間のバランスをとりながら推進することが不可欠となろう。
 
図表1-1-5 地域情報化推進のための3本柱
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 [1] 地域における情報通信インフラの整備
 情報通信インフラの整備は民間主導が原則であり、国・地方等の公的セクターは、あくまで民間の活力が十分に発揮される環境を整備する役割にとどめるべきである。ただし、以下のような場合には、民間の取組を補完する観点から、国・地方等の公的セクターが積極的に情報通信インフラ整備を進めるべきである。
○ 公的セクター自身の情報化は当然公的セクターにおいて積極的に整備すべきであり、具体的には地方公共団体の申請・届出手続の電子化のためのシステム整備等を進める必要がある。
○ 採算性の観点から民間の取組のみでは整備の進捗が期待できない場合、例えば、不採算地域における携帯電話の不感地帯の解消のため移動通信用鉄塔施設整備については、デジタル・ディバイド解消の観点から、公的セクターが積極的に関与すべきである。
○ 需要喚起の観点から、行政機関が自ら導入を進める場合も想定される。例えば、市役所や公民館、小中学校、図書館等、地域の公共施設間を接続する地域公共ネットワークの整備は、周辺の地方公共団体への波及や地域経済に対して需要喚起の効果があり、行政機関が積極的に先進的なシステムを導入することが求められる。
 
 [2] 地域に根ざしたIT人材の育成
 これまでは、情報通信インフラの整備を重点化してきたが、今後はそれだけではなく、そのインフラを使える人材を育成することが、地域コミュニティーの活性化の観点からも、必要となってくる。ここでいう人材とは、ウェブ上に掲載された情報をただ見るだけといった受動的な主体のみならず、むしろネットワークヘ積極的に情報を提供する能動的利用者、あわせて情報通信インフラの管理者が含まれる。人材育成は、以下のとおり住民と地方公共団体職員の二つのフェーズに分け、更に住民の中でもレベルに応じた人材育成・能力開発を行うというターゲッティング政策が重要である。
 
 ア 住民フェーズの人材育成
 まず、地域住民の情報リテラシーの向上を図ることが必要不可欠である。これには地域情報化の恩恵を享受するために最低限必要な技能(例えば、電子メールの使い方やクリックの仕方)の修得だけでも、かなり大きな効果が得られる筈である。
 また、IT時代における読み書きそろばんになっていく児童のITリテラシーの向上が、今後のIT革命に対応する人材を育てるという意味でも重要である。
 さらに、地域住民の情報発信力の強化という観点から、地域に根ざしたコンテンツクリエーターの育成が必要である。これについてもアマチュアレベルとプロレベルの2つのレベルに分け、
  アマチュアレベル .. 生活圏域の情報を電子媒体に記録・保存し、ネット上に発信するための基礎技能の修得(例えば、子供の映像をデジタルビデオやデジタルカメラで記録して田舎の祖父母向けにネットワーク中に配信する技能であり、これにより例えばコミュニティ新聞がわりに、地元小学校の運動会の模様を保護者等にネット配信することが可能となる。)
  プロレベル ......... 公立美術館の美術品や郷土芸能等(風光明媚な風景も含まれる)は後世に残すべき貴重な文化資産であり、国レベルでは保護が行き届かないようなこれら伝統文化をデジタルデータとして記録・編集し、アーカイブ化したり映像番組に編集したりする専門技能の修得
 というように、レベルに応じた技能を地域住民に修得してもらう必要がある。
 加えて、システムの不具合に即時に対応できるシステムエンジニア等の専門技術者を養成し、地域情報ネットワークシステムを支える人材を確保することも不可欠である。
 
 イ 地方公共団体職員フェーズの人材育成
 自治体職員が情報通信技術に習熟することは、地域の実情に応じた情報化を成功させるために不可欠である。ただし、情報化担当部署の職員自らが必ずしも情報通信分野のスペシャリストである必要はない。具体的には、[1]サーバやルータの機能や価格を知っているといった情報通信システムに関する最低限の基礎知識を身につけ、[2]他地域の情報化成功事例を自分の自治体の実情に合わせて適用させるための企画力があれば必要十分である。そのような能力について、様々な分野を経験したジェネラリストに対して「情報武装」させ、彼らに地域情報化を任せることが重要である。
 無論、最も重要なことは地方公共団体のトップの意識であり、地域情報化が進むか否か、また地域情報化が成功するか否かはトップの情報化に対する取組姿勢によるところが大きい。地方公共団体のトップの意識と、彼を支える地方公共団体の職員の育成がうまくバランスをとれたときに初めて地域情報化は成功すると理解すべきである。
 
 [3] 地域コンテンツの充実
 今後のブロードバンド時代においては、ネットワークを流通する魅力ある情報(コンテンツ)をいかに大量に蓄積し配信できるかが、地域情報化を成功させる鍵となる。その際には、ネットワーク内を絶え間なくコンテンツが流通する(コンテンツの絶対量をふやす)ことより誰もが利用・視聴したくなる魅力的なソフト(キラーコンテンツ)をいかに多く生み出すかが重要である。
 例えば、住民票をオンラインで交付することができるといった電子自治体サービスは、それ自体がキラー・コンテンツであり、今後非常に有望なコンテンツとなり得る。コンテンツ振興の観点からも電子自治体の実現は重要である。同様の観点から、地域における電子商取引の推進も地域コンテンツの充実に資すると言えよう。
 また、地域に根ざした映像情報の配信(例えば、地域の美術品・工芸品や地元の祭り、名所旧跡の映像といった地域外に発信するものや、商店街特売情報や小学校の運動会の映像といった地域内で流通するもの)も今後有望なコンテンツとなりつつある。その流れの背景には、「デジタル映像技術の大衆化」がある。以前の映像情報配信は、テレビカメラや番組編集機材が高価格(数百万円以上)で大規模(専用スタジオ等が必要)であったことから、テレビ局などごく一部の「情報エリート」とでもいうべき人々の手に独占されていた。しかし、現在では、それと同じことが低価格(ビデオカメラ10万円前後、映像編集用PC10万円超)で一般の人々が実行可能となっている。事実現在の全国放送のテレビ番組においても、これら一般の地域住民が提供するコンテンツを素材としたものが増えているのが事実である。地域住民がこれら汎用機材を用いて映像を自ら編集加工しネットワークで積極的に情報配信するならば、当該コンテンツを見る人が増加し、それによりコンテンツを発信するインセンティブが再度刺激されるという好循環が生み出され、その中で、コンテンツが充実していくと想定される。そのような好循環を生み出すために、例えば米国や一部地域で試みられているように、地元メディアを住民に開放し地元住民が作成したコンテンツを無料で流通させるパブリックアクセスチャンネルの取組や、住民にビデオカメラや簡易スタジオを貸与し、住民のコンテンツ制作を促すといった取組について検討する必要がある。
 
3 自治体の情報化とIT革命
 (1) はじめに
 電子政府というと行政内部の効率化であるとか、行政から住民に対するサービスの話が多いが、住民側から行政の方向に向かうベクトル、つまり住民側が公共サービスに対してどういう要望を持っているかを探り、それを行政側が集約していく手段としても非常に重要ではないかと考える。電子政府の問題に関わるのは、中央政府という事だけではなく、電子自治体、さらには政府の範疇を越えて電子NGO・NPOをも扱っていきたい。
 
 (2) 電子政府についての概観
 電子政府の問題は、従来の電子商取引と公共選択を含んだものだと私は理解している。さらに遡ると、電子商取引の話は実はCALSの話から来ていると考えられる。CALSは1985年頃から兵器マニュアルのぺーパーレス化運動として始められた。初めは運用面での情報システムの構築であったが、後に「光速の電子商取引(Commerce at Light Speed)」という言葉の略語と理解される事になる。言わばCADとEDIを融合させたシステムである。しかしこれは現在のエレクトロニックコマースの位置付けからすると、B to BがCALSに対応すると私は考えて良いと思っている。
 ところで、インターネットの発展は電子商取引が普及していく上で欠く事のできないものであるが、実は1995年までアメリカは国家ぐるみでそのバックボーンに財政的な支援を行っていて、その後完全な民営化がなされた経緯がある。従って、初めは電子商取引に関しても政府の介入を前提にしたスキームを考えていた節がある。しかし産業界から猛烈な反発を受け、急遽政府は干渉しないという立場に転換し、電子商取引は飛躍的な発展を遂げる事になる。その後の他国の様々な取引慣行に関して、米国政府が差し出がましくも、なるべく当該国の政府による介入を排除し自由市場に委ねるべきだと主張しているが、1995年まではインフラ整備に関してアメリカ政府自体が財政支援を手厚く行ってきたのである。その点に関してどう考えているのか、理解に苦しむところである。
 この様な電子商取引と共に、電子政府という話が持ち上がってきた訳であるが、これはG to BとかG to Cという様に、プレイヤーがビジネスからガバメントになる違いであると割り切った方が理解し易いと考える。ところで一部に、IT技術の全面的な活用が景気対策になるとの誤解がある様である。例えば、実質経済成長率に対する影響力に関して言えば、確かに米国の商務省はプラスの効果があると主張しているが、それに対して反論しているアメリカの学者も少なからずおり、まだ完全な決着がついたとは言えない。実質経済成長率に対してさえそうなのであるから、短期的な景気対策になるとの根拠はないのが実情である。むしろその様な事のためにIT技術を活用するのではなく、本質的には消費者主権、住民主権を実現していく、或いは資本主義、民主主義の貫徹のために用いられるものだという点を理解すべきである。
 
 (3) アメリカ連邦政府・州政府の取組
 電子政府は1993年以降、米国のクリントン大統領の行政改革運動と一緒になって新しい組織や役職が設けられている。NPR(National Partnership for Reinventing Government)は副大統領直轄の組織で、各省庁や地方政府の改革・推進を行うキーとなる組織である。また、GITS(Government Information Technology Services)はNPRの提言の推進母体であり、EPIC(Electronic Processes Initiatives Committee)は電子化推進委員会である。法整備の面では、「Paper Reduction Act of 1995」という、紙を削減するための情報技術を積極的に利用するという法律や、「Freedom of Information Act of 1996」という情報公開法ができる。この法律は各省庁が国民に電子的に各種記録を公開する事を義務付けている。
 さらに州政府の取組は、わが国と違ってかなり進んでいる。アメリカの場合は連邦政府から州政府への権限の移譲が前提としてあった。その結果、地域経済発展のためにIT関連企業を誘致するための競争が起きたのである。
 
 (4) ヨーロッパ・アジア諸国の取組
 英国の場合はG-catという、行政部門のオンラインカタログ購買システムが非常に有名である。また、税金還付手続の電子化実験がいち早く進められた。それからロンドン市長選で電子投票の実験が行われている。
 スウェーデンの場合は、1996年に政府情報化法が設けられ、そこで効率の向上、情報公開、サービスの向上が謳われている。そして身分証を兼ねたICカードを全国民へ配布している。
 シンガポールに関しても同じ様に、全国民に身分証としてICカードの配布が完了している。ICカードを配るのは、国民一人一人に登録番号の割当をする事を意味している。わが国の場合、過去に納税者番号制度の導入問題で紛糾の経験があるが、私の意見としては番号の割当は1つの流れであり、電子化を進めていく場合、避けて通る事はできないと考える。もちろん個人のプライバシーの問題に関しては十分な配慮が必要である事は言うまでもない。また、1999年にはeCITIZEN CENTERという、インターネットを通じた行政サービスのワンストップサービスを実現している。これは非常に有名なサイトである。
 マレーシアの場合は、プロジェクト・モニタリング・システムが有名である。これは行政評価と成功事例の共有を図るものである。つまり電子政府プロジェクトに参加する他国籍企業に対して情報技術のノウハウだけでなく、最新の経営管理手法まで政府にノウハウを提供するように要求している。これは非常に重要なポイントである。つまり電子政府と電子商取引の関連性は、そうした最新の経営管理手法を行政の世界に持ち込んでくるという、ニューパブリックマネジメントの流れの中で、よく理解できる事だからである。それをまさに地で行っているのがマレーシアと言える。また、多目的カードのプロジェクトも同国では進められている。
 
 (5) 民間経営管理手法の導入
 BPR (Business Process Reengineering)、KM (Knowledge Management)、CS (Customer Satisfaction)、CRM (Customer Relationship Management) という言葉は従来から経営学の世界で用いられてきたが、これらの考え方を行政の世界に持ち込んでくるのが電子政府化のもう一つの重要な特徴である。そして単に持ち込むだけでなく、行革と連動させて組織の変革を同時に行ったり、IT技術の活用も一緒に進める事で、初めて生きてくる手法である事は言うまでもない。
 
 (6) わが国における課題
 地方分権一括法が2000年4月に制定された事で、機関委任事務制度が廃止され、6割が自治事務に、4割が法定受託事務になった。これについては、確かに理念の変化は否定しようがないが、他方で税源の確保の問題がある。法定外目的税の新設が地方分権一括法の中に含まれているが、これは税の競争になりかねない。また2005年の末に、現在の地方債の発行許可制度を廃止し、事前の協議制に移行するという事であるが、これについても幾つか考えなければならない問題がある。例えば借金を返せないような自治体が出てきたときにどうするのかという問題である。しかし概して、地方分権一括法により権限の移譲及び税源の問題で、ある程度地方の側に自由裁量権が与えられる環境が整備されてきていると言って良いだろう。これは電子化を進めていく上で有利な材料と言える。
 1999年には住民基本台帳法の改正が行われ、11桁の住民票コードが利用可能になった。また、2001年4月に施行された「行政機関の保有する情報の公開に関する法律(情報公開法)」に関しては、必要な情報がデジタルデータ形式でも入手できる道が開かれた点に注意が必要である。と言うのも、情報公開法の第2条第2項によると、行政文書には電磁的記録が含まれるとされている。開示については、第14条第1項によって、「電磁的記録についてはその種別、情報化の進展状況等を勘案して政令で定める方法により行う」とされている。これを受けて、「行政機関の保有する情報の公開に関する法律施行令」があり、この第9条第3項第3号及び第4号において、電磁的記録の開示行為が定められている。そしてその中には、電磁的記録媒体による方法も含まれている。その際の手数料については、同施行令第13条及び別表1において定められている。
 次に個人情報保護条例であるが、これは2000年の段階で1,700団体でしか制定されていなかった。それに対して国等とのオンライン結合禁止条項は2000年4月で418団体が設けている。こうした状況の下、中央省庁のネットワークである霞ヶ関WANと、地方自治体間が持つ総合行政ネットワークを接続する事に支障を来たし、意図的に個人情報保護条例を制定していないのではないかという疑念が生じる。従って、住民のプライバシーを保護するための法律を整備する事が、ネットワーク化を推進していく上で重要である。
 しかし、IT化のために財源を使うという事も自治体の1つの選択肢であるが、福祉の財源にしたり、公共事業に回すという別の選択肢もある。例えば自治体によっては、IT化に予算を回す事に議会の理解を得られない場合も十分考えられ、その場合、法整備を意図的に遅延するようなインセンティブの生じる可能性が排除できない。
 
 (7) 地方自治体の電子化を推進するための総務省の取組
 地方公共団体における庁内LAN、パソコン、ホームページ開設状況を見ると、都道府県は問題がないが、市区町村がやや遅れ気味になっている。最新のデータでは庁内LANについては都道府県が100%、市区町村は73%である。パソコン整備状況は都道府県が1台に対して1.3人で、市区町村では1台に対して2.4人である。ホームページ開設状況は都道府県が100%、市区町村が66%である。
 このような状況を受けて2000年の7月に自治省(現総務省)に地域IT推進本部が設置され、同年8月には地域IT推進指針の策定が行われた。また同年12月にはアクション・プランが策定された。
 
 (8) 狭義と広義の電子政府
 電子政府については、狭義と広義とに分けて議論する必要があると考えられる。狭義の電子政府とは、[1]効率向上、[2]情報公開、[3]サービス向上を目標とした、政府・行政部門内及び国民や企業など民間部門との間の情報化・ネットワーク化と考えられる。広義の電子政府は、サイバー・デモクラシーやデジタル・デモクラシーと言われているものである。但し、電子政府化に付随した直接民主制化の促進を、単純に礼賛はできない。住民意見の集約はそれ程容易な事ではなく、一部の自治体で行われている電子市民会議では、実際には仕切屋役が住民意見の調整をしている場合が多く、そういう人物の能力次第で意見集約の巧拙も規定される。
 国家存亡の危機に際しての外交的な問題等では、一人一人の国民が必ずしも適切な判断を行う事が可能ではなく、国民の代表者に決定が信託されている。それは決して非民主的な事ではない。そもそも憲法で直接民主制を支持しているのは、憲法改正と最高裁判所の裁判官の国民審査及び地方特別法に基づく住民投票のみであり、その他は間接民主制を基本的に支持している。それは投票行為を行う場合は、それに先立ち投票者間で十分な議論が行われる事が前提とされなければならないからであり、すべてを直接民主制に委ねるというやり方は、いくらITの活用によるトランザクションコストの下落をもってしても、とても無理である。むしろ民主性は、一般市民が代表者を送り出し、1票を投じるところで担保されていると考える。
 
 (9) 自治体の情報化とIT革命
 都市はどの様な状況の下で生成・発展するのかという議論が、最近盛んに空間経済学の分野で行われている。その中で、IT産業が発展していく際に、果たして産業の中心が一極集中するのか、或いは個々に分散するのかという議論がある。例えば金融分野は一極集中の道を歩んだ訳であるが、IT産業は場合によっては分散するかもしれないと考えられる理由がある。そして一極集中にはならないという事になると、幾つか地方に拠点ができてくる訳である。そうした場合、米国同様、IT産業関連企業を誘致するための自治体間の競争も促進される可能性はある。
 
 (10) 導入事例―横須賀市の場合
 横須賀市ではイントラネットを活用している。課はネットでつながり、一般の職員がメールでやりとりをし、掲示板や職員のスケジュール管理が行われているが、カテゴリーにより掲示期間が決まっている。「今日のニュース」とは、紙での配布による無駄や回覧の手間を省くために、新聞のニュース記事を電子掲示板に掲載するサービスである。また、人事異動の内示も電子メールで行っている。ポイントとしては、分かり易い書き込み、早い時間処理、資料の管理が挙げられ、電子メールに関しては、公用・私用の区別について、あまり厳格な使用制限は課しておらず、非常にオープンな環境である。
 イントラネットホームページには、省庁報「こんぱす」の新人紹介コーナーなどがあり、グループウェアでは即時性が必要な連絡文書が対象になっているのに対して、イントラネットでは、長期にわたり継続的に掲載する文書が対象になっている。また、いろいろな部署の職員の顔写真が載っている。顔が分からないと意思の疎通も進まないという発想である。
 財務会計システムに関しては、担当者の批評はメールで、請求書等はスキャナで取り込む。原本は各課で保存し、役職グループに属するすべての職員が決裁可能である。このシステムの導入により、人件費等は年間3000万円節減された。また、財務事務の見直し(簡素化)、決裁の迅速化、コスト意識の注入が図れたとの事である。行政の人間は民間企業の人間と比べるとどうしてもコスト意識は弱くなってしまうので、そうした意識を喚起するための方策という面で無視できないものであろう。
 また、自分達が今どういう業務をやっているのかという事が、他の人から比較的見え易くなっているとの事で、お互いがお互いの業務をチェックできる事から、各人がコスト意識を持たざるを得なくなっている。市長がIT化に大変熱心で、資料をなるべく電子的なものに置き換えていくという、一種の実験を行っている。そのために、認証にも十分な配慮をしている。
 但し、勝手にプライベートな情報を職員が盗み取る事ができないようにする事は容易でも、そのシステム自体を壊そうと考えられた場合の対処はより困難となる。そういう意味で、セキュリティに万全という事はあり得ず、職員の意識が非常に重要であると言えよう。
 また、公文書管理データベースシステムもある。これは文書と目録をすべて電子化し、1つの決裁に関するファイルを一纏まりとして管理するもので、イメージとしてバインダーで留める事に該当する。例えば会議文書は、クリックすれば簡単に閲覧でき、添付資料も付け合わせて、できる限り紙を使わないようにしている。しかし当然の事ながら、どの段階から公文書と考えて良いのかという問題が出てくる。文書取扱規程における公文書というのは、公文書データベースに登録したものになる。また、公文書公開条例における公文書という事であれば、決裁完了処理が為されているものという事になる。
 原則として庁内では、決裁完了後すべての文書を公開している。もちろん個人情報などについての例外もある。決裁を過ぎたものについては基本的にすべての職員が閲覧できるが、あくまでも役所の中だけに留まる。外部に対してはインターネット版広報誌メニューがあり、これは外からアクセスして見る事ができる。申請・届出書類の電子化も行っている。書式をダウンロードしてプリントアウトできるが、まだネットで申請するところまでは行っていない。将来的にはネットで申請できるようにしたいとの事である。
 導入効果であるが、経費、人件費等の削減は年間約1億円になり、紙に関しては年間142万枚節減できた。従来は1年間に300万枚使っていたと言い事である。しかし、意思決定をサポートするための有効なシステムという位置付けではない点に、注意が必要である。意思決定後、事後処理としていかにぺーパーレス化をするかという事である。
 公共事業の調達に関しては、平均落札率が95.7%から85.7%に下がり、20億円浮いた。一時期政府は公共事業の調達に関してあまり電子化しなくても良いとの姿勢を示した時期があったが、既に横須賀市では高い成果を実現していた。事業規模により入札点数の上限を設けて、大手業者を排除する配慮も行われる。発注情報掲示板があり、誰でも見る事ができる。案件ごとの入札告示があり、入札結果の速報も即日掲示される。詳細が知りたい場合は、入札結果については詳細版がある。また、施工業者一覧も公表している。ここに名前が載れば、信頼がおける業者という事になる。こうしてインターネットを使う事で、談合が起きにくくなる。
 他に子育て支援センターや、ワンストップ窓口という事で、役所の外の駅前デパート内に「役所屋」というコーナーを設けて、市民の便宜を図っている。役所屋にはマルチメディア体験コーナーや健康相談コーナー、証明書発行関係のコーナーが設けられている。
 個人認証基盤の整備に関しては、ICカードを使う方向を検討している。暗号処理をして安全性を図っているが、まだ実験を行ったという段階である。これは多目的ICカードで、本人情報の共通プラットホームの上に、行政サービス、医療福祉サービス、各種民間サービス部分を載せ、そして決済ができるようにしてある。
 カードの発行主体は基本的に市町村であるが、広域連合等が発行する場合や、委託を受けた第三者機関の場合も考えられる。第三者機関とは、行政・民間が出資する法人を指す。経費の分担方法については、利用者はカード発行時に一定額を負担する事を想定している。受託者に関しては行政・民間が出資する。体育館やテニスコート等を使用したい場合は、カードを差し込んで、画面上で操作すれば予約できる。この様にICカードを導入する事で、市民活動、民間サービス、行政サービスの統合を図れる。
 また、災害が起きた時のために、災害情報通信ネットワークシステムを構築している。横須賀市の場合、奥まった地形が多いので、災害が起きると脱出できなくなる恐れがあり非常に危険な状況に陥る可能性がある。そのため、防災に関する意識が強いと思われる。それから経路探索と言って、通行止めなどが起きた際に、目標地点までどうやって行けば良いのかという事がすぐに画面上で分かる様にしている。避難先も表示する事を考えており、消防職員が情報収集訓練等を行っている。
 
 (11) まとめ
 この様に横須賀市の場合はまだ実験段階で、すべての業務がネットワーク内で完結している訳ではないが、徐々にネットワーク内に移植していくプロセスが進められている。これは1つの理想的な形態だと私は思っている。問題なのは、地方の自治体で首長の理解もなく、議員の理解もないような所である。こうした所でどの様にIT化を進めるかであるが、結論から言うと、最低レベルの情報化に関する基準を中央政府が設けるしかないと思う。そこまでは全自治体がやり、その上でさらに何かをやろうというのは各自治体で個別に考えるべき事だと思う。
 ところで住民の意見をどうやって集約させていくかという事であるが、こういう話こそ本当は電子政府を論ずる場合必要である。それは一種の世論調査としての機能を果たすと思われる。また実際の選挙において、議員と有権者間の情報の共有は、建前はともかく実際上は十分ではなかった。しかし、議員がどういう活動をしているか、或いは侯補者がどういう考えを持った人物かという事についての情報や、逆に議員側からすれば、一般の有権者がどういう政策を希望しているかについて、もう少し定量的なデータを集めるという事にも使えるはずである。








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